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□19 一番しちゃいけない過ち

「そうですか……メリルが魔人に」


 これは試練である、と告げられていたがレオルド達が送られた先は緊迫した雰囲気ではなかった。巫女が作り出した幻覚とも思ったが、サンドリナ夫人を見ていると本物としか思えない。ここの空間自体が歪んでいるため幻覚と同じようなものともいえなくもないが……ここばかりは、現実のアレハンドル村の森にあるあの屋敷とつながっていると感じられた。

 サンドリナ夫人の案内で中庭にてお茶を飲みながらそれぞれの事情を話すと、夫人は懐かしむように、そして悲しみをこらえるようにそう口にした。


「夫人は屋敷の外のことは……」


 夫人はサラの質問に首を振った。


「時の流れすら歪んだこの空間では、窓の外を見ようとも庭へ出ようとも進んでいるのか戻っているのかまるでわかりませんから」


 中庭には、子供が喜びそうな遊具がたくさんある。娘のメリルのものにしては幼すぎる遊戯だ。これらは屋敷に出入りすることができたレオルド達のために夫人が用意したのだろう。成長するにつれて屋敷から足が遠ざかり、いつの間にか失われた場所。


「ここには強い呪いがかかっている。おそらくは魔人クイーン、つまりメリルが作り出したものだろう。魔人の能力はアルベナと同じ、強すぎる感情が呪いに変わる。俺達がこの屋敷に出入りできたのは俺達もまたアルベナの呪いにかかっていたからだ」


 ヴェルスが長い時間をかけて調べ、そして長年さいなまれる悪夢によって導き出した答えを口にした。


「あなた達が特殊な子供達だとわかってはいました。たまにくるお客様はみんなそのような感じでしたから。彼らは通り過ぎるばかりのお客様でしたが、あなた達は寂しくこの屋敷で一人、夫と娘の帰りを待ち続ける私を気づかって何度も遊びに来てくれました。とてもうれしかったです」

「夫人……」


 夫人の気持ちを考えると胸が痛む。レオルドとサラが言いよどむ中、ヴェルスははっきりと言った。


「あなたがいくら伯爵と娘を待っても、どちらも帰りはしません。伯爵は魔人と化した娘に殺され、娘は母であるあなたをこのような場所へ閉じ込めたのだから」

「「ヴェルス!」」


 レオルドとサラはあまりに歯に衣着せぬいい方に苦言を呈しようとしたが、夫人がさえぎった。


「その通りね。あのとき、突然すぎてなにが起こったのか私には理解できなかった。でもどのくらいの時が流れたかわからない中、さまよう私は多くの知らなかったものを見た……。それらに目を閉じて、考えたくなくて耳をふさいだのは私なのです」


 夫人ならば夫の書斎に行くことができただろう。けれど中身を見るのが恐ろしかったに違いない。伯爵は呪いについて研究できるほど知識があったが、他家から嫁いできたご令嬢である夫人はなにも知らず、アルベナの呪いとはまったく無関係な家系出身だった。まさか嫁いだ先に大きな闇があろうとは思いもしなかっただろう。いつまでも続くと思っていた幸せは突如崩れた。その戸惑いは計り知れない。


「私はなにも見ようとしなかった。知ろうとしなかった……そんな私の弱さが、悲劇の一端をになってしまったのです」

「そんな……夫人はなにも」

「悪くはないですか? あの子の変化に気づきながら、なにもできなかった私が。真っ赤に染まったその手ですがるように私に問いかけてきたあの子が――本当に欲しかった言葉をあげられなかった私が。終わりのない後悔をしているの……あのとき、あの子を理解してあげられていたら、と」


 所詮、母と子は他人だ。血のつながった家族でも自分とは違う人間を世話するのだから、すれ違いや間違いをおこすのはしかたのないこと。そこにどう折り合いをつけるのか、決めるのはそれぞれの家庭である。冷たく考えればそう言えるが、レオルドとサラは子供を持つ親としてサンドリナ夫人の気持ちには共感を覚えてしまった。

 気持ちがわかるからこそ、言えない。夫人の後悔のループを強制的に断ち切らせる残酷な言葉をヴェルスですら口には出せなかった。


「ここはね、牢獄だと思っているの。娘を理解できなかった、助けられなかった母の罪過。誰にも裁けないから私は永遠にここで懺悔する。思い出のつまった、孤独の檻の中で」


 誰が悪いとか、何が悪いとか、この世界の誰にも罪状は告げられない。ただ己を責め悔いる一人の女性がいるだけだった。


「サンドリナ夫人、メリルとはそのあと一度でも話したりしていないんですか?」

「いいえ、あの子の気配をたまに感じることはあったし、姿を見かけることもあったけれど……」


 現実が幻かもわからず、空間のゆがみもひどいため近くに姿があったとしてもそこにつながる道がないことがほとんどであった。そう話す夫人にサラは一呼吸おいてから、強い眼差しで夫人を真正面から見つめた。


「あなたは本当にメリルを追いかけましたか? いえ、それ以前に本気でこの屋敷から出ようとしましたか?」

「それ……は」


 夫人は屋敷をさまよっている。出口を探しているようにも見えたが、話を聞いているうちにサラは一つ確信にたどり着いた。


「勝手を言ってごめんなさい。でも私にはどうしても夫人が本気でメリルを追ったり、外に出ようとしているようには思えないんです。あなたは自らこの屋敷をさまよっている。……実際、この屋敷から出るのは難しいのかもしれません。でも絶対じゃないかもしれない、外に出たいなら、外に出て現実の今を知りたいなら何度もあきらめずに探さなくちゃいけない。でももうあなたはあきらめているじゃないですか」

「サラ……」


 勢いあまって立ち上がったサラをレオルドが少し心配そうに見上げた。


「親ってけっこう勝手なんです。それがきっと『幸せ』だからって、娘が背負うべき重荷を別の子になすりつけた。私は知らずに生きていました、大切な人が苦しんでいるのにも気づかないで! ずっと! 自分の罪を知ったとき、私耐えられなかった……償おうとして結局、夫と娘に怒られちゃいましたよ。だから言います、一番しちゃいけない過ちをそのままにしないためにもメリルに会って話すべきです」


 メリルがなにを考えているのか、本当の望みはなんだったのか。

 それを知るのはメリルだけなのだから。

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