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□18 誰も私を覚えていなかった

 リーゼロッテとメリルは二人並んで回廊を歩いていた。

 同じ場所に試練として送られたのは、どのような意味があるのだろうか。少なくともリゼとこの屋敷は関りがない。近しい血族が住んでいたところというだけ。それでもリゼは懐かしさを感じていた。壊れた父親の代わりに叔父が少しばかりの時間だったが支えてくれていたからだろうか。彼はずっと探していた、呪いを解く方法を……しかし、それは叶わなかった。叔父がアレハンドル村の森に移住したのには理由があるはずで、だがその資料のすべてが、歪んだ空間の中に閉じ込められた。

 彼は手掛かりを見つけられたのだろうか?


「……探してみる?」

「え?」

「希望の光を必死に探してる、それってお父様が残したであろう研究資料を見たいってことでしょう?」


 目は見えなくともメリルは周囲のことを手に取るように察知する。それは目が見える以上に多くが見えているということだ。魔人としての能力もあるかもしれないが。

 リゼは頷いた。声に出さなくても彼女ならわかると思ったから。メリルは少しだけ微笑んだ。


「私も興味があるんだ。お父様が必死になって研究していたもの……その結果を」

「……お姉様が言っていたの、叔父様の書斎にはアレハンドル村一帯の森に漂う瘴気、呪い、アルベナについての記述がたくさんあったって。悪魔とか邪神教とか、そういうのも」

「そうね、お父様は呪いの原因となっているアルベナ、いわゆる悪魔の存在を感じていたわ。ベルフォマの一部の人間にのみ伝わっていた秘術まで体得して、結界を屋敷に張って私とお母様を守っていた。お父様の研究は順調だったと思う、アルベナの真実までとても近づいた……けど誤算が一つだけあった。私の闇が、マレビトを呼び起こしたの。そして私はそのマレビトとオトモダチになった」

「マレビトと友達に?」


 マレビトとはすなわち異世界人のことだ。


「マレビトはその多くが女神が導いた生贄なの。だからなのか死した魂はアルベナの瘴気にのまれやすいみたいでね、多くが瘴気の中にとけこんでいるそうよ。そうして目を覚ましたマレビトの魂はノアの一部へと還った。ノアは哀れな異世界人の魂の集合体だから……」


 邪神教はノアを主とする反女神組織だとリゼは認識している。その大元が帝国にあるのではという話はまことしやかに流れてはいるが、帝国の建国の話を聞く限りまったくのでたらめではなさそうだ。そもそも魔人達の本拠地も帝国である。


「メリルは、ノアと友達になったから魔人になったの?」


 メリルはその言葉には首を振った。


「逆よ、ノアは私を堕とさないようにしてくれていたの。アルベナの瘴気は少しずつ私を蝕んで闇を大きく育てていたから。それに分家とはいえベルフォマの呪われた血は私にも混ざってる。少しだけ精神がおかしくなるの、人間の範囲内ではあるけど……ね。アシュリーとメディカも同じだと言えば納得するかしら?」


 アシュリーは、元勇者であるクレフトの実家でルークも関係のある家。そしてメディカ家はリーナの実家である。二家の異常さを考えれば呪いの影響は分家にも多少なりともあると言えるだろう。


「でも私は他の人より影響を受けやすかった。両親には愛されたけど、幼いころ王都で受けた過酷なイジメはずっと心の奥に残ってる。『私を愛して』『私を傷つけないで』『私を理解して』。それは怨嗟みたいに私の頭と心を支配した。衝動的に私はいじめっ子達に会いに行った。恨んではいたけど復讐する気はなかった、ただどうしているのか気になった。彼らは私を見て戸惑った末にこう言った『君は誰?』。誰も私を覚えていなかった。私を痛めつけ傷つけたことを覚えていないの。私は夢に見てうなされるほど記憶にこびりついているのに! 気がついたら手は血まみれで、全員息をしていなかったの。おかしくて、オカシくて笑っちゃった。いけないことをしたのに心はまったく痛まなかった! だから魔人になったの」


 お父様の努力を全部無駄にしちゃった。

 そう呟いたメリルは、その部分だけは後悔しているように思えた。


「ノアはね、私のはじめてのオトモダチ。マレビトの集合体っていう特殊な存在ゆえに、私の醜い部分を理解してくれる人格がたまにいてね、寄り添ってくれたの。ノアにはたくさんの価値観が存在してて、肯定と否定が数多に混ざり合ってる。人間は一つの価値観に固執しがちだから価値観や考え方の違いでいさかいが生まれるでしょう? でもノアはたくさんだから、だからオトモダチになれた。唯一無二、だからノアの願いを手伝うことにしたの」


 魔人達と行動を共にする機会が増えたが、結局のところ彼らがなにをしようとしているのか具体的なことはわからない。子供達を魔物化させたり、魂を抜き取ったりと悪行を重ねているがそれが目的とどうかかわってくるのかリゼには見えなかった。


「と、ここがお父様の書斎ね」


 慣れた手つきで扉を開くと、想像した通りの立派な書斎が姿を現した。たくさんの本棚にいっぱい詰め込まれた書物。貴重なものも多そうだが、空間がねじ曲がっている現在辿り着くのは困難だろう。もうないかもしれない機会、リゼはなにか手掛かりはないだろうかと必死になって書物を漁った。シアが言っていたように悪魔に関するものが多く、今までに得られた情報を照らし合わせても叔父の解釈は間違ってはいなかった。


(お姉様はいくつかの資料を見て、でもすべてを見ることはできずにここから追い出されてるから……)


 まだシアが見つけていない情報があってもおかしくない。

 なにか、なにかないだろうか。コーラル叔父様も、アズラエル叔父様もみんなみんな、私を心配してたくさんのものを残してくれた。二人とも志半ばで散ってしまったが彼らがしてきたことは無駄なんかじゃないと信じたかった。


「? これは」


 ひとつ、気になる記述を見つけてリゼは手を止めた。


「なにかあった?」

「なんだろう、これ。悪魔に関するものじゃないみたいだけど」


 当然ながらこういう専門的なことの知識はないのでさらっと見ただけでは理解はできないが。


「呪いの器を人工的に作る? 人形……クローン体の実験?」


 どうやらそれは呪いを強制的に解放させる手段の一つとして考案されたもののようだった。その実験は帝国の某所で行われたようだと記述されている。叔父は解呪の一手として期待を寄せ、情報を集めたようだが帝国で行われたことのため、多くが不明のままだった。

 ただ一つだけ。


「ほとんどの人形(クローン)は失敗に終わるが、唯一クレメンテ家に提供された個体が生育に成功。被検体(オリジナル)を凍結保存し呪いを人形(クローン)に移すことにも成功。経過を見守る……クレメンテ家ってベルナール様の家?」

「……人形(クローン)、ね。私はノアを手伝うだけでくわしい話は知らないけど……あのお兄さん確かに人間にしてはちょっと変だったわよね」

「そう……かな」


 理解は追い付かないし、本当の意味で理解はできなさそうだった。クレメンテ家にはスィードという長兄もいるのにメリルは納得したかのようにベルナールの方を指して言った。リゼには普通のお兄さんにしか見えなかったが。


「お父様、結局この案は手放したみたい。人形(クローン)とはいえ、悲しい犠牲者を増やすだけのようなものだし、そもそも人形(クローン)体の成功例も少なすぎる……リーゼロッテ?」


 リゼの呼吸が乱れていることに気づいたメリルは首を傾げた。

 メリルには見えないが、リゼの顔色は真っ青だった。


「これ、ベルナール様がってこと?」

「状況的にそうでしょうね。それがどうしたの?」

「だって、それってあの人が――」


 口に出したくない言葉をリゼが飲み込んでしまうと、メリルがなんともなしに代わりに言った。


「本物のベルナールの身代わりにされたってことでしょうね。あの人形(にせもの)は」

「そんなの、そんなの……」


 あんまりだ。

 リゼは力なく膝をついてしまった。バラバラと資料が散らばる。


「ベルナール様、聖教会から助け出したのにずっと目を覚まさないの。生きているのに死んでいるみたいで、怖くて。みんな心配してて……」


 いまだに眠り続けるベルナールの目を覚まさない原因はまったくわからない。その手がかりを探すのも今回の帝国旅行の目的の一つでもあった。


「……リゼ、覚えている? 魂が抜けた人間がどうなったのか」

「え? ――あ」


 眠っていた、死んだみたいに。


「彼が同じといえるかはわからないけど、彷徨っているのかもしれないわね。己の正体を知って自棄になったのか、理由は知らないけど」

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