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□17 嘘だろ、ぜってぇねーわ

「……なんだ、そのしんみりした顔は」


 超絶不機嫌そうな顔をしたクレフトが立っている。お互いの過去の記憶を巡り終わったらしい。


「いや、思った以上に酷くて脳みそ破壊されかけた」

「そりゃそうだろうな。なにも変わらず真っすぐ明るく育ったら、その方が不気味だろ」


 吐き捨てるように言ったが、己の過去のことを振り返るよりも気になることがあるらしく、クレフトは手元を見ていた。


「それは……」


 赤い小さな宝石が埋め込まれた指輪。今もルークの胸の前にぶら下げているが服の下に隠されていて、この指輪の事を知っているのはごく一部の人間だけだ。


「鈍感なお前が気づいていたかどうかは知らねぇーが、この指輪がずっとお前を守ってたぜ。俺と同じ『贄』の運命をかせられたはずなのに、どうして理不尽に追い詰められなかったのか……理解できた」


 ああ、やっぱりそうなのか。

 実際のところルーク自身に魔力がないせいもあって、その指輪が特別なものとはわからなかった。なくしても手元に戻ってくることから、いわくつきじゃないかとも思っていたがその指輪の力についてはアルヴェライトがほぼ答えのような話を教えてくれていた。


「お前には守ってくれる母親の指輪があり、気にかけてくれた司教がいて、生き延びるための手助けが常に傍らにあった。そりゃ、お前は『そう育つ』よな」

「クレフト……うん、そうだな。俺はすごく運が良かったんだ」


 否定はしなかった。

 クレフトの過去を見たこともあるが、ルーク自身が身に染みてわかっていることがあるからだ。


「お前と俺の立場が逆だったら、お前はここにいるお前と同じでいられたか?」

「……いいや」


 ルークは悪夢で見た、どこかの世界線で起きたできごとを思い出していた。


「ある意味、クレフトよりも酷いことになってたかもな。嫌いな、目障りな人間を片っ端から殺すことでしか安心できないような……可哀想な男に」

「……ふぅん」


 ルークのセリフに相づちをうったクレフトがどんな感情を抱いたかはわからない。でもそういえばともう一つ、どこかで見た光景を口にした。


「お前が勇者になれなくて不貞腐れてたところに浮浪者の俺と出会って、二人で騎士になるとかいう面白いものもあったぞ」

「はあ? 嘘だろ、ぜってぇねーわ」


 そうかもしれない。ただの夢だったかも。でもなんか笑える話だった気がする。その世界でシアはギルドを立ち上げてなくて、関係性も薄いものになっていたから寂しいといえは寂しいけれど。


「あ、でもそういえば」

「なんだよ?」

「たくさんの世界線を垣間見たが、ベルナール様が勇者になるルートはいくつかあったんだ。圧倒的にクレフトが勇者になって今に近いことにはなるんだが……。リンス王子の勇者ルートだけなんでなかったんだ――?」


 たまたま見た数が足りなかっただけだろうか。あのときの勇者候補は三人、ベルナール様、リンス王子、クレフトまたはルーク。クレフト率が高いとはいえ、ベルナール様もちょこちょこルートがあったのに。


「お帰りなさい、二人とも」


 赤い髪の女性、案内人が再び姿を現した。


「さあ、試練本番に挑んでいただきます。ここからはお二人で協力なさってください。でないと、生きて帰れないかと」


 不穏なことを言われた。


「力を得るには相応の対価と己の価値の示しを」


 案内人がそう言葉を紡いだと同時に、ルークとクレフトは闘技場のようなところへ飛ばされていた。少し見回しただけでわかった、ギルド大会が行われた場所でもあり、勇者選考の場ともなった会場。


「嫌な思いでしかねぇし、嫌な予感しかしないな」

「俺はギルド大会で大きな経験をつめたからそうでもないが……嫌な予感は俺もしてる」


 客席には多くの観客がひしめいていた。幻覚だとは思うが、なかなかリアルだ。そしてこの雰囲気、ギルド大会の熱というよりは……。


「勇者選考のときと似てるな」


 ルークはこの軸で経験したことがないので印象は薄いが、確かに夢に見た光景と似ているとは思う。


「変な気分だ。あのときは勇者に選ばれて気分は最高潮だったってのにな」

「……勇者になって、復讐は果たせたのか?」

「果たしたぜ、アシュリーの屋敷に行ってみろよ……立派な廃墟があるぞ」


 どうしてクレフトが勇者にこだわっていたのか、彼の過去を見たルークにはわかってしまった。それがいいか悪いかは、ルークがなにか言えることではない。


「って、無駄話してる時間はもうなさそうだなぁ。おいでなすったぜ俺達の『敵』がよ」


 ルークが視線を前に戻した先に映ったのは、思いもかけない人物達だった。


「いい試合にしようね!」


 そう元気に言ったのは。


「リンス王子!?」


 幼さを残した面と人懐っこい笑顔はまるで子犬を連想させるが、彼も一国の王子であり剣術を学ぶ騎士でもある。数年前には王位継承権を放棄し、代々名ばかりだった騎士団長を名実ともに務める若手のエースだ。彼もまた勇者最終選考の三人の一人だから、ここに登場するのはおかしくはないが、まさか敵側で出て来るとは思わなかった。

 それに……。


「もちろん一対二なんて理不尽な形式じゃないわよ?」

「シア!」

「まな板地味女!」


 クレフトの呼び名にシアが笑顔で青筋を浮かべた。


「リンス王子、あのイキリ散らかし男は私がひねりますね!」

「うん! 頼もしいよ姐さんっ」


 おっかない。


「ま、まさかシアも敵なのか……?」

「当たり前でしょ! 私は聖女、聖女は勇者のサポートをするものよ」

「……勇者?」


 はっとしてリンス王子の手元を見れば、確かにしっかりと聖剣を手にしていた。聖剣を持つリンス王子は、クレフトや俺はもちろんベルナール様が持っている姿よりも一番様になっている。まさしく光の勇者だ。


「この世界は、女神が絶対に許さなかった一時(いっとき)。存在しない世界線。なぜだかわかる? ――私が平穏で幸せな一生を過ごせた『唯一』の世界線だからよ」


 目の前にいるのはシアの情報をもとに構成されたものだろう、案内人と同じ仕組みだ。それでもそれを口にする彼女にルークは息が詰まった。


「バカっ、気ぃ抜くんじゃねぇー!!」


 怒声と共に横に蹴り飛ばされた。ルークがさっきまで突っ立っていた場所に鋭利な光の矢が突き刺さっている。


「あなた達が恐れるのは『(居場所)』。(きょうふ)を倒さない限り、二人はどこへも行けない。内の底にある恐れを受け入れ、前に進むといい」


 と、言うわりには本気で殺されるかと思う攻撃だったが。


「悪いクレフト、助かった」

「別にお前を助けたくて助けたわけじゃねぇーからな! お前が欠けたら物理的に不利になるだろうが!」

「うん、はいはい」


 二人は剣を抜いた。


「一瞬でも気を抜いたら負けっていうか死ぬなこれ」

「俺、リンス王子ってちらっとしか見たことないんだが……剣術の腕の方は?」

「見た目と違って可愛い子犬だと思ってたら痛い目みる、とだけ言っとく」


 なるほど強いのか。勇者候補の最後の三人目である以上、実力は確かだと思ってはいるが、実際に戦ったことのあるクレフトや、戦っている姿を見ているベルナール様と比べるとどうしても甘い想像になってしまう。


「あのときは俺が勝った。だが当時リンス王子は16歳、あれから二年たっている現在の年齢設定なら正直わからねぇな」

「そうか、えーっと……分担の相談なんだが」

「あーわかってる、地味女は俺が叩く。つーかあっちもその気だろ」

「正直助かる」


 立ち向かうべきはまずルーク自身であるとわかっているが、それでも手が震えるのはシアや案内人が言っていた通り彼女に恐れがあるからだ。認めて受け入れて、前に進まなければ結局は一進一退になる。


「まあ、偽者だろうがなんだろうがあのムカつくまな板をボコボコにできるなら試練受けてる意味もあるよなあ!!」

「簡単にボコボコにできると思わないことね! こちとらこの世界線でもあんたへの恨みつらみは覚えてるんだから!」


 戦端がひらいた。激しい攻撃をお互いに浴びせまくるのはクレフトとシア。剣士と聖女という普通なら一対一にならないような対戦表だがシアがシアである以上、成立してしまう。とはいえメインで攻撃を繰り出すのはリンス王子だ。二人の息がぴったりで隙をみせない。シアは聖女修業時代に城で王子達と仲良くなっているから、お互いの信頼もあついだろう。

 そうだ、ぴったりだ。確かにリンス王子が勇者になるのがシアにとって一番良かったのかもしれない。

 とはいえルークとクレフトの相性も悪くない、どころか。


「くそっ、戦いやすい」


 クレフトが愚痴るくらいには阿吽の呼吸となっていた。なにも言わなくても、合図をしなくても自然といて欲しいところにいるし、して欲しい時に攻撃してくれる。正直、とても戦いやすい。まるで実感はないが、半分同じ血が流れている兄弟だということだろうか。


 戦いは一進一退、膠着状態となった。

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