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☆23 筋肉との会話に成功した

 レオルドを仲間に迎えてひと月程が経過した。

 その間、ルークは回復してはゲンさんの元へ行って修行し、ボロボロになっては回復してまた修行を繰り返す日々を送っていた。リーナは仔猫達と一緒に看板受付嬢としてポツポツとやってくるようになった依頼人の対応を任されて奮闘し、レオルドは筋トレしつつ魔導書を読み漁り、実戦練習の為に魔導訓練場を借りて魔法習得に励んだ。


 そんな中、私はというと。


「栄養学を勉強しようと思うのよね」


 分厚い本をテーブルに置いて、私は皆に言った。この間、ルークがはじめてゲンさんに習った日に買い物で購入したものだ。あの時から、私はまだ自分にも出来ることがあるんじゃないかと思っていた。

 聖女としての力はいつ女神の気まぐれで別の女性に移るか分からないから、聖魔法や補助魔法の訓練は欠かさないのはもちろんとしても、普段の生活面でも役に立つことがあるはずだ。

 そこで考えたのが、栄養学の勉強だった。

 私が毎日皆の食事を作っているのだから、栄養面をきちんと管理してバランスよく作れるようになれば、皆の血と肉となって健康で強い体作りを支援できる。


「へぇ、栄養学か。シアの飯は美味いから今のままでもかまわねぇけど……栄養面で支援が受けられるのは嬉しいな」

「そうだな。俺の嫁さん――あー、元嫁さんも栄養学勉強して家族の健康に気を使ってくれてたしなぁ」

「りーな、おねーさんをおうえんします!」


 と、全面的に喜ばれたので気合を入れて勉強することにしました。


 そんなこんなの一カ月。

 ルークは修行の甲斐あって剣の技量がEからCまで飛躍的にあがった。

 レオルドも魔法の才がFからDにあがり、火魔法ファイア、土魔法アースクラッシュを習得できたらしい。

 ただし――。


「おっさん、武器類にとんと才能がねぇーからな。魔法の媒介どうしよう……」


 魔法は普通、発動に魔力を伝い威力をあげる媒介の道具を使用する。主な媒介は杖なのだが、レオルドに杖を扱う才はない。使ったら暴発するだろう。魔導書とか、魔道具イヤリングとか指輪とかも試してみたらしいがダメだったようだ。

 でもまぁ、私はそうだろうな……と思った。

 レオルドは、なにかを持つことに向いてない。一カ月の共同生活で判明したのだが、皿洗いを任せたら割る、食事を運ばせると転ぶ、液体を持つと他人にぶっかける……といった具合だ。最終的に、おっさんは食事味見係となった。彼は「なんか、すまん……」としょんぼりしていた。


 おっさんが信じていいのは道具ではない。今までたゆまぬ努力で作って来た己の鋼の肉体である。

 ということで。


「レオルドは、筋肉を媒介にしたらいいんじゃない?」

「え……筋肉の媒介とか聞いた事ねぇーが……」


 知識豊富なレオルドでも、魔導士が己の肉体を媒介にして魔法を発動させるなど聞いたことないだろう。うん、私もない。おっさんは、どこまでも規格外なのだ。


「騙されたと思って、ちょっと考えてみてよ。いきなり筋肉を媒介になんて難しいだろうけど、レオルドの武器ってその肉体でもあると思うのよね」


 タフで固い魔導士なんてそうそういないのだから。

 レオルドは、もしかするととんでもない魔導士になるのかもしれなかった。

 彼は真剣に私の話を聞いてくれて、試してみると訓練場で頑張って筋肉媒介を必死に習得しようと励んだようだ。結果的には……。


「聞いてくれ、マスター。マスターのおかげで、おっさん――筋肉との会話に成功した」

「え……あ、そう……良かったわね」


 これは筋肉媒介に成功したのか否なのか、私には意味不明でございました。

 おっさんが満足そうなので良しとしよう。


 ルークもゲンさんとの修行の成果がメキメキと感じられるのか、嬉しそうに毎回報告してくれる。確かに体つきもしっかりしてきたし、顔つきもどこかキリッと引き締まった感じになった。魔物退治の依頼もはぐれスライムなんて私の支援魔法なしでいとも簡単に倒せてしまえるようになっている。

 騎士の訓練場に放り込まれたりもしたらしいが、彼ら相手にいい勝負まで持ち込めるようになったそうだ。


 これ、一カ月だ。かなり濃い一カ月となった。ルークもレオルドもまた時間をかければかけるだけ強くなるだろう。私も負けていられない。

 そう、焦りすら感じはじめた頃、私の元に一通の手紙が舞い込んできた。


『親愛なるシアへ――』


 綺麗な文字で綴られたその手紙を読んだ私は、いよいよだと皆を居間に呼んだ。

 ルークは丁度、回復期間中で動けるようになっており、きちんと椅子に座った。リーナも仔猫達と一緒に椅子につく。レオルドはやや遅れてきて、慌てて椅子に座る。どうやら新しい魔導書に夢中だったようだ。

 彼らを見回して、私はこほんと一つ咳払いをしてから口を開いた。


「レオルド、ちょっと待たせちゃったけど例の件、なんとかなりそうよ」

「例の件?」


 レオルドが、覚えがなさそうな顔で首を傾げた。

 あれ、一カ月たって忘れちゃったのか? あの連中もあれから静かなので忘れるのも無理はないかもしれないけど重要なことだよ……。


「百万Gをギルド銀行で借りるって件よ……」

「ハッ! そうだった!」

「借金は消えたわけじゃないんだからね。……で、借りるにあたって必要になる連帯保証人になってくれそうな人と交渉してたんだけど、それが交換条件付きでなんとかなりそうなの。ということで!」


 パンッと手を打って、にっこりと笑った。


「皆、おでかけするわよ! 自分が持ってる一番良い服着て、身だしなみを整えてね!」


 え? なんで?

 という不思議そうな顔をする彼らの背を押して、私はきっちりと身支度を整えさせた。

 なんたって、これからおでかけする場所は――――貴族のお屋敷なのだから。





 綺麗に身だしなみを整えた私達は、馬車を手配し一路、王都の北側にある貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街に向かった。ルーク達は途中で貴族街に入ったのを知って、青い顔をした。


「シア……まさかとは思うが、連帯保証人の相手って貴族……?」

「そうよ。百万Gをぽんと払える相手なんて貴族か大商人くらいでしょう」

「貴族怖い、貴族怖い、貴族怖い」


 体の大きなおっさんが、膝を抱えながら震えている。どうやらかなりトラウマになっているようだ。リーナがよしよしと慰めている。ちなみに仔猫達はお留守番だ。最後までついていく気満々だったが、貴族の屋敷に連れて行くわけにはいかない。涙をのんで置いてきた。

 貴族という単語にわけもなく不安を感じて緊張している面々を尻目に馬車はどんどん目的地へと進んで行った。そしてとある白薔薇の生垣の門の前で止まった。


「あ、ここね」


 真っ先に降りて住所を確認した。私もこの屋敷に来たのは初めてだ。屋敷違いなどしたら大変面倒なことになるのでしっかりと確かめる。

 目印の白いドラゴンのレリーフもあるし、きっとここだ。


「シア……本当に行くのか?」

「そんな怖気つかなくたっていいのよ? ルークも知ってる人なんだから」

「え? 俺、貴族に知り合いなんていたかな?」


 言ってなかった? あ、言ってなかったかも。

 そこまであの人にとって重要でもないので、こちらから言う事もなかった。

 リーナはレオルドの手を引いて降りてきて、ガクブル状態の男共の背中を叩いた。


「りーなもこわいですけど、きあいをいれます!」


 ぽんぽんっと気合が注入されて、みるみる男共の表情が和らいだ。

 これが、天使の御業か。


「もしや、シア様でございますかな?」


 門前でそんなことをやっていると屋敷の方からロマンスグレーの髪の、渋いおじいさんがやって来た。黒い使用人の執事服を着ているので屋敷で働いている人だろう。

 私は丁寧にお辞儀して挨拶をした。


「ご招待に預かりました、シア・リフィーノです。今日はよろしくお願い致します」

「私は執事長のロランスと申します。このたびはお会いできて誠に喜ばしく思いますよ」


 なんだかすごくニコニコされた。

 彼、いや彼らは私を使用人達にどのように伝えているのだろうか、聞くのが怖い。

 やたらご機嫌なロランスさんに、案内され私達は屋敷の中へと案内された。


 広い玄関ホールに、煌びやかなシャンデリアがぶらさがり、まさしく貴族様のお屋敷といった雰囲気だが、調度品は高そうだが品があるものばかりで、屋敷の持ち主のセンスの良さが窺える。

 広間に通された私達は、「しばらくお待ちください」と言われ、目的の人物が来るまでしばし普段は飲むことができないような高級なお茶とお菓子をいただきながらのんびり待った。

 のは、私だけでルーク達はまるで置物みたいになっていた。

 副団長のところに行った時もこんな感じだったな。私が慣れているのがおかしいんだろうか。


 置物どころか石化状態になりそうな彼らを心配しつつ、十分ほど待つと広間の奥の扉がバーンと音を立てて開かれた。


「――シア!!」


 文字通り飛び込んできたのは腰まで伸びる銀色の長い髪を靡かせた翡翠の瞳の美しい青年だった。肌は陽の光を知らないかのように白く滑らかで、四肢は細く華奢な印象を受ける。面立ちが中性的すぎる為、一瞬美女とも間違えそうだが、声音は確かに男性のものだ。

 急だったので私は慌てて立ち上がって、彼に向かって頭を下げた。


「お久しぶりでございます。クレメンテ子爵――」

「そんなかしこまらなくてもいいよ、シア。公の場でもあるまいし、昔みたいに兄様って呼んでくれれば!」

「無茶言わないでください、スィード・ラン・クレメンテ子爵様」


 きっちりフルネームで呼ぶと、彼はがっくりと肩を落としてしまった。

 彼とは聖女修行時代に出会ったのだが、あの頃はまだ子爵は継いでいなくて王宮士官として働くお兄さんだった。身なりも気品もいいとは思っていたが気さくな方だったのでついつい気楽に、彼が希望した『兄様』呼びをしてしまっていたのだが、真実を知った時、私は口から魂が抜けるかと思った。

 まさか『彼』のお兄さんだなんて思わなかったんだよ!


「クレメンテ? って、あのクレメンテか?」


 レオルドが何かに気が付いたのか、そう呟いた。


「おっさん、知ってるのか?」

「……なんだったかな、何かの広報で見たような……! あ、そうだ。王国三大イケメンの一人が確かクレメンテ子爵家の次男――」


 レオルドの台詞の途中で、今度は玄関ホール側の扉が開かれた。

 背後から冷たい空気が伝わってきて、振り返るのが怖い。先に振り返ったルークがなぜかなんとも言えない顔をして、リーナがキラキラとした笑顔を浮かべ、レオルドがびっくりした顔をしている。


「兄上、シアを呼んだのは俺ですよ? 相手は俺がしますのでどうぞ執務室にお戻りを」


 鋭い声音にスィードはちょっと悲しそうな顔をして、イケメンな弟の顔を見た。


「そんな邪険にしなくたっていいじゃないか、ベル君……」


 その名に引っ張られるかのように私が振り返ると。

 扉の先に、麗しの王国騎士にして王国三大イケメンに数えられている……らしい、誰もが振り返る男、ベルナール・リィ・クレメンテが、笑顔で立っていた。

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