□12 じゃあ、捨ててくる
「いくら俺らが闇ギルドの人間だからっつっても、誘拐はグレーだぞ」
「誘拐じゃねぇーし」
誘拐はどんな組織に所属してようがグレーじゃなくてアウトだし、犯罪だし……などというツッコミができる雰囲気ではなかった。巫女さんが言っていた通りなら、ここが私の試練の場であることは確かだ。そして現れたのは14歳くらいのシリウスさんで、見知らぬ街で……。どうしたもんかと悩んでいるとシリウスさんが行く当てないならうち来るか? という驚くべき提案をくれたのでついてきた。私にとってここがどういう試練となるのかわからないが、その足掛かりでもなにか欲しい。
で、連れられて行ったのがそれなりに立派な三階建ての建物で、三階まるまる居住区になっており、予想通りにもう一人、18歳くらいの司教様……レヴィオスがいた。写真で見たことはあったが、目の前にするとなおさらめちゃくちゃな美少年である。彼から放たれるアルベナの力の威圧感も慣れた身だとそのイケメンの前にかすむ。
三階に上がるさいに見た看板には『探偵事務所』と書いてあった。知っている情報を整理すると、司教様とシリウスさんが表向き探偵として働いていたのが二十歳手前くらいまでだったと聞いている。そして表向きということは裏側もあるということで、その裏の顔が『闇ギルド』に所属しているということだった。ということはこの二人は今、二足の草鞋を履いている感じだろう。
「なんか行く当てなさそうだったから」
「いやいや、だからって連れ帰るな。俺達だって余裕があるわけじゃないだろうが」
このあと仕事の依頼も入ってんだぞ、とレヴィオスは困り顔だ。私の知る40過ぎのおじさん司教様と少し違って余裕があまりないっていうか、それなりに彼も若い頃はちゃんと対処に困ったりがあったんだなと変に感心してしまう。
そしてシリウスさんは私の知っているシリウスさんとはかなり性格が違う。自由というか、適当というか、大雑把というか。私の手前、演技をしていたことはわかっているんだけど、こうして目の前で話されると実感も違う。
「じゃあ、捨ててくる」
「捨てんな! ――はぁ、ちょっと考えるから待っとけ」
あれぇ、不思議だ……司教様の方が常識人に見える。
「部屋は……客室があるからいいとして。お前、年は? まだ子供だろ?」
「……19歳なんですけど」
「成人しているうえに年上だと!? 嘘つけ、どうみても童顔幼児たいけ――」
ばきぃ!!!!
「なにか文句が?」
「……なんにもないです」
おほほ、うっかり手に強化魔法がかかって椅子をへし折ってしまったわ。修繕できるかな?
反射神経のごとくやってしまったが、これで驚いてびびる司教様はとても新鮮でなんか楽しい。
「成人してるなら雇っても違法じゃないな。本当に行く当てないのか? 話せる事情か?」
「えっと……行く当てはない、です(この時代だと)。事情は……かなり複雑なので(巫女さんの試練とか言えない)」
「そうか。じゃあ……うちでしばらく住み込みで働くか?」
「え、いいんですか?」
はじめからなんとなく違和感というか、そういう流れになるようになっている気がした。その感覚は間違いじゃないだろう。だって司教様はこんなに簡単に人を受け入れるようなことはあまりしないし、シリウスさんだっておそらく『そういう』人じゃない。ここは過去に似て非なる場所だと思った。
「ちょうど面倒な仕事も入ってるし、バリバリ働いてもらおうか」
「それは……探偵業の方です?」
「もちろん探偵業の方だ。『裏』がしたいなら止めないが?」
私は少し考えて。
「裏の方を手助けするかはともかく見学はしてみたいですね」
「……へぇ? 変なヤツだな。闇ギルドに自分から関わって行こうなんて一般人はそうそういないが」
まぁ、いないよね。違法集団だし、正式なギルドを立ち上げられない時点で後ろ暗いなにかはあるものだ。彼が闇ギルドであることを口に出したのは、おそらくそういう風な流れだからだろう。普通は言ったりしないものだし。わざわざ流れで闇ギルドであることを明かしているのだから、試練はそっち方面と考えると近いかもしれない。ただ、試練の場とはいえ闇ギルドを積極的に手伝うのもよろしくはない。
たしか、このときの司教様達は闇ギルドをやってはいてもそっち方面はほとんど裏情報を得るくらいにしか使っていなかったはずだ。この時代の数年前までは経済的にも切羽詰まっていたし、若かったということもあって焦りも大きく、ギリギリアウトなラインもかなりやっていたらしいが。
「ヤバイ山になるかどうかは正直その場の状況によるが、まあ大丈夫だろ」
それは大丈夫にはならないフラグでは?
突っ込みたかったがそういう間柄でもなくて軽妙なコミュニケーションがとれない。年下だがかなり丁寧な態度と敬語を使ってしまうのも相手が司教様だと強く印象づいているせいでもある。40代司教様の方がまだあたり強くできるんだけどね。
「今夜の仕事、ちょーっと手伝ってもらうぜ」
「……ちなみにどのような仕事ですか?」
うーん、となんと言おうか考えているレヴィオスを横目にシリウスさんがいたってシンプルに答えた。
「悪魔の誘拐」
それはアウトなのかセーフなのか。
「誤解を生む言い方をするな! えーっとだな、色んな方面から狙われてる女の子がいるんだよ。どっかの俺らよりよっぽど悪い奴にとっつかまる前になんとかして南の王都の方に送りたい」
「女の子を王都へ? あ、そういえばここってどこ……」
「は? この街がどこなのかも知らないのか?」
不思議な顔をされたがそれ以上は突っ込まれなかった。これもそういう流れとして進むのだろう。だから彼は素直にこの街がどこなのか教えてくれた。
「ここは帝国最南端の街、アドゥスだ。南の王都っていうのはラディス王国の王都のことさ」
「帝国から王国へ? どうして」
「もちろん悪魔にとっては帝国より王都の方が安全だからだよ」
ん? でもそれっておかしくないか。
帝国は悪魔の存在を肯定していないし、アルベナを悪しきものとする教えも聖教会のものである。帝国には聖教会の力は及んでいないのに。
「帝国は色んな意味で残酷なんだよ。悪魔であろうとなんであろうと女神を倒す刃の欠片にでもなりえそうならなんでも使う。それが生きた人間だろうが、ただの兵器だ。ラディス王国は聖教会が主な宗教だが、あそこは面白いことに多方面のそれこそ異世界の文化も受け入れ、八百万の神なんてものもおおらかに受け止める。信じる信じないも、個人の自由だ。だからこそ、逆に帝国から出した方が安全なことも多いんだ」
帝国は中から外へ出るのも大変な手続きがかかったりする。そんなもろもろをなんとかするのも闇ギルドの仕事の一つであるらしい。きっちり情報統制のための呪いはかかるようだが、国外へ逃げるだけならその呪いもあまり意味をなさない。
「わかった。女の子を助けるためにグレーなことをするなら私は許容できます」
「お、いいね。灰色を咀嚼できるやつは嫌いじゃない」
シリウスさんは私のことにはあまり興味を持たない様子で、話しついたかぁ? とぶらぶらとしていたが、レヴィオスに準備の手伝いを押し付けられてじゃっかんむくれた。シリウスさんはなかなかの粗暴者のようだが、兄にはかなり懐いている様子だ。口には出さないが、シリウスさんにとって現状、大切な人間は彼しかいないのだろう。なんだかちょっと寂しい気持ちになった。
そして時間になるまで準備を手伝い、いざ夜中に女の子を助けるミッションを遂行するべく街へ繰り出したのだった。
んで。
「ちょーっと乱暴すぎじゃないですかね!?」
女の子を助けるために我々はここに来たはずである。なのに彼らがやっているのは、その女の子を必死に守ろうとする男の子をぶちのめそうとする行為だった。
「しょうがねぇーじゃん、あいつ弱そうだし」
つまるところ弱い男に守られたところで女の子は助からないので、一回男の子には気絶してもらってこっちで保護して逃がすという段取りに変更したいようだ。だが、意外と男の子方もねばっている。すごく可哀想。こっちの方が悪役である。
悪魔と呼ばれる女の子は、白い髪に赤い瞳のアルベナ病の子のようだった。儚げな印象ながらも芯の強そうな瞳をしていて、守ろうとしてくれる男の子に寄り添っている。
うーん、引き裂いてはいけないカップルに見えるんだがどうでしょう。私は悪いことをしている気がする。
「おいおい中途半端な実力だな面倒くさい。ちょっと本気出しとくか」
司教様は聖教会の規定で光物、つまり刃物を武器として使用できない。だから剣をとって戦う姿をほとんど見ることはなかったが、彼の本領は魔剣である。
「せいやっ!」
黒い刀身の魔剣が鋭く少年を襲う。実力差は明らかだが、しかし彼はまったく引かなかった。
「セラ、俺のことはいいから逃げろ!!」
――え? 今なんて。
「ダメだよイヴァース、あなたを置いて逃げられない!」
覚えがある。
よくよく見れば面影もある。
「ああーーーー!!」
「うっるせ、なんだよ!?」
レヴィオスに睨まれたが私はそれどころではなかった。
その二人は間違いなく、若返りし頃のイヴァース副団長とセラさんだった。




