□11 それぞれの試練
シアが昔のシリウスと対面している頃、他のメンバー達もそれぞれ試練の場に誘われていた。
「ここは……」
空間が歪んだと思った次の瞬間には、すでに意識はこの場所にあった。だがルークはその場所にまったくもって覚えがなかった。試練がどうたらと巫女が言っていたのでなにが出てくるのかと身構えていたが、いくら考えても記憶になくて戸惑った。
「……めんどくせぇ」
心底忌々しそうな低い呟きにルークは振り返った。そこにいたのは、ギルド大会で戦ったときとは少しばかり姿が変わってしまった元勇者、クレフト。生気が抜け落ちたかのようなその姿は動いているのが不思議なほど異質で、だが彼自身は以前よりはるかに活き活きとしているように思えた。
……たぶん、生きているは間違いなんだろう。彼は人としては死んでしまった。
「俺、この場所にぜんぜん覚えがないんだが……。クレフト関係か?」
「あーあー、そうだよ。くそみてねぇな思い出しかないゴミ溜めみたいな実家だ!」
ああ、とルークはその言葉に視線を上にあげた。たいそうご立派なお屋敷だ。目が痛いと感じるほどのごてごてとした装飾の、趣味が悪いと眉を顰めたくなるほど。富を見せつけることに全力を注いだような様は、おぞましささえ感じてしまう。
「気持ち……悪い」
記憶にないのに、ルークはその屋敷を見て具合が悪くなった。
「記憶になくとも、魂が覚えてんじゃねぇーの? たぶん、お前もここで生まれたんだろうしな」
「あ、クレフトお前――」
断片的な情報から、なんとなく予想はしていた。だが、クレフトが何も知らないなら、特にこのことについては深く聞くのは止そうと思っていた。
「知ってる。魔人として再誕したときにノアから色々と聞かされたからな」
「……そうか」
クレフトはそう言うと、門の柱を蹴飛ばした。魔人としての力が強いからか、柱はひび割れて無残に崩れた。今にも屋敷すべてを壊してしまいそうな様子のクレフトをルークは慌てて止めようとして、体が固まった。クレフトも予想していなかったのか、同じ場所を見て固まってしまった。
彼らの視線の先には、一人の女性の姿があったのだ。
「あらあら、そんな乱暴なことをしてはいけませんよ」
穏やかに微笑む女性は、ルークと同じ髪と目の色をしていた。
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「なるほど、俺達の試練ってのはこれか」
この状況をすぐに飲み込んだのはレオルドだった。
ここは思い出深い場所。特にレオルド、サラ、ヴェルスにとって避けて通れない過去である。
「いらっしゃい。ここにまた遊びに来てくれて嬉しいわ」
微笑む夫人は、昔と変わらない姿でそこにいる。
「サンドリナおばさま……」
サラが息を呑んだ。彼女がサンドリナの顔を見るのは二十年以上ぶりだろう。だがレオルドは少し前にその姿を一瞬だけ見た。そしてシアの話も聞いている。ヴェルスも特異な能力があるゆえ、サンドリナが今どのような状況に陥っているのかは知っているだろう。
「夫人、失礼を承知で聞くが……貴女は本物のサフィリス夫人か?」
「本物か……、ですか。すでに私はこの屋敷を彷徨う者。己が何者であるのか、このいびつな空間の中ではすべてが嘘でも真でもあるように思えてしまいます。亡霊のようであって、そうではない。私はなぜ、まだ生きているのか、このまま生き続けているのか。食事をしてもしなくても、寝ても寝なくても……私はなにも変わらず、この屋敷からも出られない」
己が本物かどうか、それは夫人自身が問いたいことのようであった。
「……すみません、夫人」
「いいのよ、ヴェルス君。あなたはいつだって、矢面に立って、友達を守る子だもの」
懐かしむその瞳は、レオルド達の記憶とまったく一緒で、確信こそないものの、彼女は昔出会った夫人本人であると三人とも思った。
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「結局ここに戻ってくるのね」
「……メリル」
リーゼロッテは記憶にない屋敷の中にいつの間にか一人で立っていた。覚えはないが、とても懐かしい気配を感じられる。不思議ではあるが、恐ろしくは感じないという少しだけおかしな感覚。リーゼロッテの他にもう一人、この場に誘われた者がいた。
クイーンだ。
しかし彼女はあの魔人の姿ではなく、リーゼロッテと友達として親しくしていたときと同じ人間の姿をして立っている。
「ここは好き。だけど私は堕ちた、どうしようもなく狂ってしまった……。もう戻れないとわかっていたから、大好きな人達を――したの」
リーゼロッテは残虐なその言葉を理解しようとはしなかった。
「でもお父様は強くて優しくて……こんな風になってしまった娘にまで最期の最期まで愛して……くれたから……私は」
中途半端にしてしまったのだという。それはある意味、その残虐な言葉以上に残酷なことだ。永遠の空間に閉じ込めてしまうという、生き地獄。
「体に不自由を宿して生まれてきた私を慈しんでくれたのは、愛してくれたのはお父様とお母様だけだった。幸せだったはずなのに、それだけで満たされていればよかったのに。欲張りな私は、もっと欲しくなってしまったのよ」
「……メリル、私」
「リゼと私は同じだと思っていた。いいえ、そう思いたかったのは私だけ。貴女はきっと堕ちたりしない、化け物なんかじゃない。呪われていたって、ちゃんとリゼは人間よ。辛くて悲しくて痛くても、部屋に引きこもって逃げたって、逃避することだけはしなかった。それは十分『強い』こと」
リーゼロッテはメリルの言葉に少し驚いた。心の弱い娘だとみんなは優しく包むように守ってくれたから。リーゼロッテ自身も自分のあまりの弱さに憤りすら感じていた。
「堕ちるのは結局は逃げ。そこにいたくなくて、全力で果てまで逃げて堕ちていく」
そう語るメリルの表情からは感情を読みとれない。盲目の両目は布で隠されている、目は口ほどに語るというがその通りだとリーゼロッテは思った。
己の導を手に入れるため、それぞれの試練が幕を開けたのだった――。




