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□10 結びましょう

「……静粛に」


 ぴしゃりと巫女の短い一言が響いた。

 大声をだしたわけでもないのに、口喧嘩になっていた私とクレフトの間に綺麗に届いて。


「はい」

「すみません」


 あのクレフトですら大人しく静かになった。クレフトの登場には驚いたが、子供のように騒いでいい場所ではない。恥ずかしい。


「あなた方が私を頼ってここに来たということは、なんらかの『(しるべ)』を手に入れたいからでしょう。ヒトたる者達は道を、ヒトならざる者達は終を……それぞれ示すことができましょう」


 ヒトたる者達、は私達のことだろう。私達は巫女の言う通りこの先をどう動いていくべきかの手がかりや、情報を求めている。だから道なのだろう。では、魔人達が望む終とはどういう意味だろうか。


 ちらりと彼らの顔を盗み見たが、骸の姿のキングはともかく表情は豊かな方のクレフト、いやジョーカーは無表情だった。不気味なくらいに。知らない人みたいな顔で、口喧嘩はしたもののやはりヒトだったときの彼とは少し変わったのかもしれない。それとも女神にとらわれていた生前よりも死んで堕ちた後の魔人化後の方が本来の彼なのだろうか……。どちらにせよ、相性は最悪で大嫌いな男だが。


「私の特殊な能力のひとつは、占術。当たるも八卦当たらぬも八卦……信じる信じないも自由。迷いの霧にのまれることなくここまで辿り着けた者達はすべて、この力を使う必要のある者。それは人も魔も、そして虚無も変わりません」


 ……虚無?

 巫女の口から出た言葉の一つに疑問を抱いたが、聞き返すことはできなかった。


「私が元々持っていた占術が、この世界に来たことで特殊能力(チート)と融合し、魔道具『揺り籠の門』と同じような性質のものとなりました」

「揺り籠の門? それって確か、以前ラミィ様が使った魔道具じゃ……」


 それで私とカピバラ様は過去の世界へ渡ったのだ。


「ラミィ……ああ、古の魔女様ですね。あのお方も元気にしていらっしゃるのでしょう。その揺り籠の門の認識であっていますよ。ただ少々ことなるのはただ過去の世界へ渡るだけではなく、過去の己が現在の己に求めるものの導を指し示します……試練を突破できれば」


 ん? なんか不穏な単語が聞こえた気がする。


「さて、人数も多いですし個々でするのも大変なのでまとめてしまいましょう。因果なのか、まとめた方がよろしい状況のようですし」


 ふわりと社の中の空気が変わる。魔力の渦が勢いを増して周囲をぐるぐると回っていた。


「あ、待ってクレ巫女。さすがにわし一人だけでは……」

「ご心配なさらずとも、戸の外にいる黒騎士も周囲で好きに散策している二人も同じように導きましょう。さあ、望むものを手に入れたいのならば、己が手で、試練を突破しなさい」


 巫女の声がどんどんと遠ざかる。

 リーナはまだ目覚めていないのに、あの子はどうするつもりなのだろうか。気になったが、渦に巻き込まれて行く私達とは別にリーナは元の場所で横たわっている。おそらくリーナはこの試練とやらから外されたようだ。意識が戻っていないからか、それとも別の理由があるのだろうか?

 そんなことを考えながら、意識は渦の彼方に吸い込まれていった。





 過去を見るのは二度目だ。

 前はラミィ様の元でカピバラ様との理解を深めるためでもあったし、昔の自分を見つめ直すきっかけともなったものだった。いぎたなく、弱い自分を精一杯虚飾して駆け抜けていった幼少期。父を得て、失った瞬間。今の時間は、苦しくて大変だけれど充実しているのだと、過ぎては消えていく過去の姿を見て思う。一度、経験しているからかそれらの過去の流れは落ち着いて見ていることができた。というよりも、ラミィ様の時とは違って、それらのことはあまりにも早く流れ去ってしまったのだ。まるでこの過去の時間が重要ではないと言うように。

 過去が終わると、私は一人真っ暗な何もない空間に放り出された。音も、色も、物も、記憶もなにもない。虚無の世界。時間感覚もないそこは、いつ発狂してしまってもおかしくないくらい精神をかき乱す。


 なにもない。ルーツが存在しない。

 突然現れて、あなたはそこからはじまった。


 自分はなにものか。

 さかのぼってもどこにも辿り着かない。


「アーカーシャが教えた通り、あなたには本来あるはずの『はじまり』が存在しません」

「……巫女様」


 なにもなかった虚無に巫女の姿が見えて、とてもほっとした。このままだったらどうしようかと思った。


「あなたにはなにもない。ですが、あなたという存在は確かにここにあります。とても不思議な現象。母から生まれず意図的に作られた生物でさえ、遺伝子というルーツが存在するというのに。あなたの身に流れるその血は、なぜかどこにもいきつかない。寄る辺なきリフィーノそのもの……」


 巫女は私の頬を優しく撫でた。私はいつの間にか気づかぬうちに泣いていたらしい。


「アーカーシャは叡智。すべてのことを知っていて、でもすべてを伝えることはできない。私は巫女、導く者。叡智のすべてを知ることはなくとも、狭き道も指し示せる。アーカーシャは、あなたを気にかけていましたよ。だからこそ、本来はできないことも今ならできる……あなたを失われ途切れたルーツへ結びましょう。結べるのは一度きり、見事試練を越えてあなたの望む導を手に入れてください」


 巫女の優しい声に導かれて、私はゆっくりと闇の中を落ちていった。

 知っているようで知らない。

 『誰か』のルーツになにもない私を結んで、ゆっくりゆっくり落ちていった。





 穏やかなまどろのみ中、急激な寒さを感じた。

 あったかい場所から急に外へ放り出されたかのような温度変化に慌てて目を開けようとして。


 バシャ!!


 顔面に水をかけられた。しかも凍てつくような冷たさだ!


「冷たあ!!」


 悲鳴と共に飛び起きた。あまりにも唐突な酷い仕打ちに、全身震えながらも周囲を見回す。そこはさきほどまでいた虚無の空間でも、巫女の社でもない。どう見ても屋外で、どう見ても街中である。しかも人通りのほとんどなさそうな薄暗い裏道。


「なんだ死体じゃなかったのか。死体だったら持ち物もらおうと思ったのに」


 とても残念そうな非道な台詞が聞こえた。視線を向ければそこにはバケツを持った薄灰色の髪の少年がつまらなそうな顔で立っていた。長い髪のポニーテール、一見すると華奢な体のせいで女の子にも見えるが、その口の悪さと声の低さは少年で間違いないだろう。

 だが、それ以上に。


「……シリウスさん?」

「あ? なんで俺の名前知ってんだお前」


 怪訝な顔をする少年は、私の知る人とはあまりにもかけはなれた態度だけど、私は知っている。父として傍にいてくれた彼は、私に優しくするために頑張って作った仮面だと。だからすんなりと受け入れることができた。


 子供時代のシリウスさんだ!!

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