□9 歓迎しましょう
「あ、あなた達はっ!」
社の戸を開いたのは見覚えのある、そしてとても会いたくない類の連中だった。
「……あなた方の来訪を拒みは致しません。ただし、礼をかくようでしたらそれなりにお覚悟を」
穏やかで澄んだ声音だが、その言葉は鋭く彼らに釘をさす。巫女の動じぬ真っすぐな態度に、突然の来訪者……魔人達が静々と礼をした。
「ノアの名代で参った、字をキングと申ス。真名はとっくに失ったゆえ、字で名乗ることをお許し願いタイ」
「ええ、もちろんよろしいですよ。古き時代より、光を呪った哀しき魔性よ……あなたを歓迎しましょう」
丁寧な態度をみせたキングは、すぐに巫女の許しがでたがキングの後ろに控えていた他一名は社の中に入ろうとしなかった。あの黒い鎧は黒騎士、エースだろう。
「我ハ、中ニ入ルノハ遠慮シヨウ……」
そう呟くように言うと、戸の傍から離れて外へ足を向け歩き去ってしまった。驚きはしたが、キングと同じく目的があってここまできた様子だったのに、なぜ入らなかったのだろうか?
「……中途半端な子ですね」
「幼き精神ゆえ、不安定になりやすいのダ。見逃して欲しイ」
「ふふ、別に私は彼に説教をしたいわけではありませんよ。……それで? 戸の影に隠れているもう一人はどうするのですか?」
私は気がつかなかったが、ルークをはじめレオルド達や巫女ももう一人の存在を感じていたようだ。みんなが戸の外を注視している。キング、エースときたらあとはジャックかクイーンだと思うけど……どっちが来ても面倒なことになりそうだ。それを悟っているからかリゼの顔がいっそう強張っている。
……ジャックだったらどうしよう。私としてはクイーンより厄介な相手だからなぁ。
「別に隠れてねぇーよ! お行儀よくタイミングをはかってやってただけだ」
隠れていると言われたことが癪にさわったのか、最後の一人は勢いよく戸を開いた。現れたのは痩躯の青年。剣士がよく身につける軽めの防具をつけていて、色合いがやたら派手だ。背格好はルークに似ているけど身長は少し低いだろう。白い髪に右は翡翠、左は緋色のオッドアイ。容姿は整っているが、身ににじみ出るような傲岸不遜な態度が顔に出ている。そんな青年だった。
他に魔人がいたとしても不思議ではなかったが、新顔の魔人とは予想していなくてあっけにとられた。
……ん? あれ……?
新顔と思ったけど、なんだかどこか見覚えがあるような。
「はん! 久しぶりだなぁ、地味女! 相変わらずアホみたいな顔してるじゃないか」
「――あぁん?」
彼から発せられた言葉に、自然と反抗の声が漏れてしまう。
なんだろう、この腹の底からふつふつと沸き上がるようなイライラ感。とても不快である。生理的に無理なタイプの悪寒。目があっただけで戦闘態勢の鐘の音が鳴り響くようなこの感覚。
今まで生きてきて、こんな天敵と相対したのはただ一人。しかし、その唯一の男はギルド大会で国外追放の罰を受けることになったはずだった。そしてベルナール様の話によると、その刑が執行される前に彼は何者かに……。キングもあいつは死んだはずだと言った。だからカタコンペに墓石が彫られていた。でも待って、こうも言っていた。
魂がここに来ないと。
「ま……さか……、クレフト……?」
「元勇者か!?」
かすれた声が出てしまった。思うところがありすぎて、どんな感情を抱けばいいかもわからない。私の言葉に気がついたのかレオルドも思わず声をあげてしまっていた。ルークは隣でなんとも言えない顔をしていた。
「元勇者って言うな!」
「生きていたの!? でも、じゃあなにその姿……」
クレフトは癖のある髪質だったが、色は金色だった。瞳も両目とも翡翠で、こんなアルベナのような色合いではなかったはず。それに以前に比べてとても痩せていて、色白……いや青白い肌なのだ。健康的とはとても言えない。
「クレフト・アシュリーは、牢獄で死んだ。今の俺は魔人ジョーカーだ」
「魔人……ジョーカー?」
彼らがそろってトランプになぞらえた呼び名なのは知っている。でもジョーカーって切り札としての意味もあるし、どの柄よりも強い反則的なカードでもある。
色んな意味でなんか腑に落ちない。
「ノアが言っていたヨ。彼は魔人になるはずではなかっタト。大会の最後、女神に無理やり精神をのっとられたせいで廃人化した彼をノアは慈悲で始末しようとしたそうダ。だが、彼はその過程で思いもよらぬ魔人となったノダ」
大会の最後……って、リーナがクレフトに人質にとられたあのとき?
そうだ、私ずっと引っ掛かっていた。クレフトならやりかねないだろうけど、でもあの時は確かに様子がおかしかったのだ。意味不明な言葉を口走っていて、目の焦点もあっていなかった。
「ノアですら予想できなかった事態。だからこそノアは彼をジョーカーと称することにしたのダロウ」
言葉が出ない。
私は、クレフトに対してそれなりに罪悪感があった。受けた仕打ちを考えれば、絶対に受け入れがたいけれど彼の境遇を考えればそうなってもおかしくはなかった。彼は無意識に、私という存在がいつか己の命共々存在意義すら踏み台のようにされて奪われる……そんな予感を抱いていたのだろう。彼は、口が裂けても言いたくないけど天才だ。武も感覚も優れているから。理由はわからなくとも、それを悟ることはできるような人だった。
彼の態度を根にはもつけど、私は今後一生クレフトに後ろめたい感情を抱きながら生きていくんだと思っていた。
「なんつー顔してんだよ、地味女。ただでさえよろしくない顔が、ますますブスになってんぞ」
「あぁん!? もういっぺん言ってみなさいよ元勇者ぁ!」
「元勇者って言うんじゃねぇー!! ブスブスブス、性格もブス!」
「あんたにだけは言われたくねぇーんじゃあああああ!!」
クレフトに罪悪感抱いていたのが馬鹿らしくなってきたなぁ!
一生抱えることにならなくてよかったわ! ありがとう!
文字通り強めの口喧嘩がはじまってしまったが、事情をよく知らないリゼやサラさんとシャーリーちゃんはしょうがないとして、ルークとレオルドは比較的冷静だった。
「クレフトが魔人……そうか」
「ルーク? どうした、なんか嬉しそうだな?」
ルークはレオルドの問いに首を振った。
「違う、そうじゃない。そうじゃないけど……ちゃんと話す機会がありそうなのは……うん、それだけは」
魔人となったことを喜ぶものではない。だがルークはそもそも大会での出来事が不完全燃焼だったのだろう。ルークにとっても彼は、ひとつの壁のような存在だったのだから。
「聞きたいことがいっぱいあるんだ。いい加減、向き合わないといけないと……ようやく踏ん切りがついた」
「自分の過去、か」
ルークは静かに頷いて、深く息を吐いた。




