□8 人生大逆転
「……ハァ」
深いため息がもれた。時代錯誤な漆黒の鎧を全身にまとい顔がわからない騎士。だが全身からにじみ出るのは苦労人気質というか、真面目な性質だった。
「黒騎士、アノ面子でコトが順調にいくわけがなかろウ。気にしすぎるト、禿げるゾ。中身は知らぬが、貴殿はおそらく我らの中デも一番若く……幼いだろウ」
「…………」
黒騎士、エースはキングの言葉に答えなかった。彼の中身を知るのはおそらくノアとクイーンだけ。キングも他の魔人と同じで彼の中身に興味はなかった。だが推測することはそれなりに容易な男でもある。冷静沈着にみえてたまに短絡的に動くこともあり、思慮に欠けるときがある。クイーンに振り回されているさまは、まさしく未熟な男子そのものなのだ。
「仲間意識などもとよりなかろウ。我々はそれぞれに目的があって、ノアの元へ集っていル。お前は真面目すぎるヨ。嫌いではないが、魔人としては中途半端ダ……。だからこそ、わしのような年寄りがかまいたくなるのだガ」
「キング殿……」
普段は感情をあまり外に出さない黒騎士だが、このときばかりは少し気落ちした様子をみせた。
「今の立場に迷いがあるのなラ、さっさと止めて去ったほうが賢明だとおもうガ」
「……イマサラ、戻レハシナイ。人トシテノ感情ヲ、保ッテイルトシテモ……後戻リ出来ルホド、綺麗ナ手デハナクナッタ」
「そうカ。……闇の世界の断罪者、そう呼ばれていたナ。あまりにも自分勝手な私刑ダ。どのような下賤な命にも一定の価値があり、それを損なうことを世界は許してイナイ」
「罪ハ罪デ、罰ハ罰。ワレハ最期、曇りなき刃に倒レルコトダロウ」
黒騎士のよどみない言葉に、キングは昔話を思い出していた。
黒騎士、黒騎士。
頭からつま先まで、すっぽり闇の鎧に包まれた正義の騎士様。
彼は正しい。
彼は優しい。
多くの悪を滅ぼして、多くの尊い命を救いました。
彼は多くに愛されましたが、いつしかその正義は度をこしていきました。
理由など関係なく、罪は罪。罰は罰。彼はいかんなくその正義の剣で断罪を続けました。
彼の通った道は、罪人の血で真っ赤に染め上げあられて、折り重なるような屍が散らかりました。
いつしか彼は、愛してくれていた人々から恐れられるようになりました。
なぜ、私を避けるのですか?
なぜ、私を傷つけようとするのですか?
私はあなたを愛していたのに。
みんなを愛していたのに。
あなたがたのために、正義を執行してきたのに。
裏切るのですか?
私はもう、いりませんか?
裏切りは罪なので、黒騎士は愛する人々を断罪しました。
彼は泣いていました。泣きながら、容赦なく罪人の首をはねました。
屍は山となって、彼の周囲には誰もいなくなりました。
誰が間違えましたか?
なにがいけなかったのですか?
正義はいけないことでしたか?
悲しみから人々を救うことは、間違ったことだったのですか?
孤独の世界で黒騎士は水面にうつる己の姿を見ました。
ああ、ここにも罪人がいた。
お前がもっとも罪深い。
罪人は、死すべき。
水面が赤く染まり、黒騎士は最期に自分自身を断罪しました。
もうそこには、正義の騎士も、悪人も……誰もいませんでした。
なんとも子供に聞かせるには恐ろしい童話である。だがこれには実際にモデルがいる。それはキングもよく知る人物だった。彼は優しく、正義感に溢れる騎士だった。だが彼の人生は、この童話に近しい形で流れて終わる。
正義とはなんだろうか。誰かを守り、悪を断つことは悪い事ではないはずなのに。
どこかがズレて、そこから亀裂がはいり、そして最後は壊れてしまうのだ。それが人間の危うい精神であり、繊細な部分である。けれどそれがあるから人は悲しみを乗り越える力を手に入れることもできるのだ。それが支え合うということ。心がなければ、それはもうできないことなのだから。
「己の最期を覚悟しているノカ」
「アタリ前ダ、コワレタ化け物ヲ生カシテヲク必要ガ、ドコニアルト言ウノカ。罪人ハ、滅スベシ。ソレハ己ノコトデアロウト変ワリハシナイ」
「そうカ」
魔人は、己が取り返しがつかないほど壊れていることを理解している。人間であり続けられないから、堕ちて魔人になるのだ。死して堕ちたジャックとハートは事情が違うだろうが、生きたまま堕ちた魔人はすべてそれに当てはまる。
「……ちっ、くだらねぇ」
背後から悪態が聞こえて二人は振り返った。
とある事情により巫女に会いに山に登っていたのに、自分勝手すぎる魔人達はそれぞれ散ってしまっていた。ハートはどこかに隠された様子だったが、心配などする必要もない。現れたのはマイペースに二人についてきていた新参の魔人だった。
「ジョーカー、いつの間にかいないと思っていたガ、ちゃんとついてきていたのダナ」
偉いなぁ。と、おじいちゃんムーブを自然とかましてしまったキングに、ジョーカーはもう一度舌打ちした。
「好きで山登りしてんじゃねぇーんだよ、こっちは!」
文句をたらたら言っているが、二人はかまわず普通に山を登っている。だから必然的にジョーカーもちゃんと歩いている。隊列を組めているという点で、ジョーカーは黒騎士とキングからの好感度は高めだった。悪態の語彙が少ないので、口が悪いが二人としてはただ可愛いと思えるだけであった。
「なまあったかい空気はやめろ!」
「ハイハイ」
「……ウム」
魔人が集まっている割に空気は軽めだ。
「……まさか、人間のときよりも魔人になった方が活き活きしているうえに可愛げが生まれるとは、世の中不思議なこともあるものダナ」
「同意見ダ」
堕ちて魔人になれば、それなりに性質も変わるものだがジョーカーに至っては生前、つまり人間だったときとあまり変わっていない。それどころか憑き物がおちたかのように快活になっていた。不思議である。これに関しては一番ノアが驚いていた。
「アレハ、ギルド大会デ使イ捨テルダケノ予定ダッタガ……誰ノ予想モ超エタ。マサカ、タダノ贄デ終ワルハズノ男ガ……」
「墓も作っていたガ……なるほど、いつまでたっても魂がカタコンペにこないはずダ」
しみじみと二人は頷きながら、それなりの速度で山を登る。容赦はない。ジョーカーはがんばって歩きながらも保護者のような態度の二人にご立腹だった。
「ふん! あのままで終われるわけがないだろ。決勝の最後……ルークに負けたあたりから記憶がないんだっ。気がついたら牢に放り込まれてて……俺が子供を人質にとった? んな馬鹿なことあるかよ、知らねぇよそんなの!」
思い出して怒りがぶり返したのか、踏みしめる足に力がこもる。
「俺は俺がどうしようもないクズ野郎だってことを理解してる! 子供を盾にするようなことも実際やることもあるかもしれない。ないとは言いきらねぇ!」
すがすがしいほどのあっぱれクズ発言。二人は特に何も言わなかった。
「けどあのとき、俺は子供を人質にした覚えはないんだよ! 俺の意思じゃない、俺が決めたことじゃない! それがなによりも腹立たしい」
ダンダンと地団太踏んで。
「いっで!!」
足首をくじいて転がった。
バ可愛い。
「贄とかいう役割も気にくわない。俺の人生台無しにしやがって……あーあー、俺自身の問題でもありますよぉ? わかってるっての! でもチャンスがかたっぱしから潰されてたと思うとなにしてくれやがってんだー!? って思ったっていいだろーー!」
転がってわめいて忙しい男である。
優しい黒騎士はジョーカーを小脇に抱えて歩いてくれた。その間もギャーギャーうるさい。
「こうなったら人生大逆転狙うっきゃねぇ! 地味女もルークの野郎もクソ女神もまとめて踏んずけてその上で高笑いしてやる!」
「人生大逆転どころか人生終わっておるのだガ」
魔人になった時点で命を失っているも同然だが、ジョーカーはその辺は気にしていなさそうだった。ある意味真っすぐで邪気が逆にない。
人生は終わっている。
だが……。
「本当の意味デ、彼の……クレフト・アシュリーの人生はここからはじまるのかもしれんナ」
生まれた瞬間から、女神の贄となる定めとなった哀れな男。
彼の生い立ちがどれほど悲惨なものであろうと、やらかしたことを考えれば容認できようもない。だが、彼は魔人に堕ちた。人生が終わって、そしてはじまるとは皮肉なものだ。
そうして彼らもまた、巫女の社の戸を開いたのだった。




