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□7 神詠みの巫女

 山道を急いで登り、巫女のいる社を目指した。

 リゼには辛いスピードになってしまったが、がんばってついてきてくれた。途中でレオルドが背負うことになったが、まあ仕方のないことだ。

 そうして無事に社についたのだが……。


「リーナ!?」


 巫女に挨拶をすることも忘れて、真っ先に目にはいってきたリーナの姿に飛びついてしまった。敷布団の上に寝かされたリーナは穏やかな寝息をたてており、怪我もなさそうだ。隣でのんちゃんもすやすやと寝ている。


「心配はいりませんよ。生と死の狭間、黄泉平坂(よもつひらさか)へと一時的に誘われただけのようです」


 無礼をはたらいたも同然の私達に苦言することもなく、リーナの傍で座っていた巫女が静かに言った。巫女は特別な装束をまとった、漆黒の長い髪の女性だった。見た目は二十代前半くらいだろうか。黒々とした髪と瞳は、帝国人の中でも深い黒のように見える。それこそ異世界人とそう変わりないくらいの黒。色の違いはとても細かくて、帝国人で黒髪といっても黒の違いはそれなりにあるのだ。シン君も一見すると黒髪だが、少しだけ藍色が混ざっている。


「神詠みの巫女よ、一言の挨拶もなく社へ押し入ってすまぬな」


 神詠みの巫女とおばあさまに呼ばれた巫女は首を振った。


「お気になさらず。幼子が霧の彼方へ隠れてしまえば、心配するのも当然のこと」

「……うむ、かたじけない。それで巫女よ、この幼子……リーナは黄泉平坂へ誘われたというたな? どういうことじゃ?」

「えーっと、そもそもそのヨモツヒラサカ……って?」


 聞きなれない言葉に、きちんとした発音ができない。だが、そんなたどたどしい私にも巫女は嫌な顔一つせずに丁寧に説明してくれた。


「黄泉平坂とは、この世とあの世の狭間のことです。女神の下に召されぬ彷徨える魂はやがて、このカルデラ山に辿り着き、女神の管轄外である世界の外側……黄泉(よみ)へと行く為に黄泉平坂を通るのです」


 女神が管理できない外側のあの世……黄泉、か。そんな場所があるのか。


「この子が黄泉平坂に誘われたのは、一度黄泉へと渡った者がそう強く願い引き込んだ結果でしょう」

「え? 死んだ人が呼んだ……ってことですか?」

「本来、死者は生者と接触することはできません。彷徨える亡霊ですら、特定の条件がいる。ですが、霊山であるここでなら、ある程度の干渉が可能となります。と言いましても、生前それなりに強い力のある方に限られますが」


 その話を聞いて思い当たる人物が一人だけ頭に浮かんだ。彼女がどれだけの力を持っていたかはわからないが、リーナを誘った死者は……もしかしたら母親のシーナさんかもしれない。

 シャーリーちゃんがかぎとった匂い。それはリーナを害するようなものではなかったという話だ。そしてこうしてリーナも無事に帰ってきている。もし彼女の仕業だったのだとしたら、一体リーナになにを伝えようとしたのだろうか。


「まあ、なにがあったかはリーナが目覚めてから聞くとして、じゃ。ひさしいの巫女、何百年ぶりじゃろうか?」

「さあ……あまりに長い時ゆえ、正確な年数はわかりませんが……。アルベナの七つの心臓の一つが流れ落ち、女神の楔によって魔王となり果てたそのすぐあとに出会ったのが、最初で最後でしょう」


 どうやらおばあさまと巫女さんは顔見知り? のようだが、聞いていると知り合いとまではいけないほどの短い面会のような気がするが……。


「ぬしはそもそも、最初から他の異世界人、覚醒者とは違う能力を持っておったからの。自我のなかったあの時ですら、わしの……魔王の悲痛な叫びが聞こえておった」


 巫女は頷いた。


「私は数百年前、初代聖女メグミさんに託される形で聖女の任を引き受けました」

「二代目の聖女!?」

「ええ……魔王の瘴気に倒れる前からメグミさんは予感があったのでしょう。女神が仕掛けた残酷なシステム、そのパーツの一部になること。己の最期は、おそらくろくなものではないと。言霊を受け取った私は、聖女に選ばれたとき彼女の思いを継ぎ、世界を存続させるための部品の一つとなる決意をしました。ですが、異能により歴代聖女達が陥る死の巡回から離れることができ、今日までこうして生きながらえております」


 聖女は魔王を倒す旅を終えると自然と死んでゆく。子を残すことを許さない女神の意向によって、その命をなんらかの形で若く散らせることとなる。


「本当ならば、メグミさんの気持ちを汲み、アオバ殿の傍で力を尽くすべきだったのでしょうが……残念ながら彼とは意見が最後まで食い違ってしまいまして」

「最終的に大賢者殿と派手にやりあって二つ目のクレーター作っておったの~」

「「「えっ!?」」」

「……若気の至りです」


 昔の恥と思っているのか、巫女さんは渋い顔だが……。あの帝国の建国者にして大賢者のアオバさんと本気でやりあえる人物はそういない。ソラさんが過激な親子喧嘩をしたそうだけど、それと同等ということになる。

 なんか、変な汗でてきた。


「最終的に、私はここで彷徨える魂がひとつでも救われるよう祈り、導く任につくことになったわけです」


 そう巫女さんの過去話を少し聞いた後、彼女は一度佇まいを直した。


「さて、私のことはこれくらいでよいでしょう。あなた方がこの地を訪れることは予見しておりました。準備はできております……お話を聞きましょうか」


 ひんやりとした空気が巫女さんを包む。だが、それは嫌な冷気ではなくて、静謐を訪れたような澄んだ空気感のある涼しさだった。

 おばあさまが代表して口を開こうとした、そのとき。背後の戸が、音をたてて開かれた。

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