□6 失せモノ探し
「ではいざゆかん! カルデラ山に」
私達は登山することになった……。
作戦を再び練り直した次の日、準備を終えて私達はヨコハマを発ち、くわしく調べたいというおばあさまに従って『カルデラ山』という場所へ向かうことになった。
カルデラ山、それは帝国屈指の霊山であるという。とても神聖な場所で、女神を信仰しない帝国の人々の魂が最終的に眠る場所だという。
登山かぁ……と、それなりに体力のある方ではあるが、登山経験は少ない私は不安を覚えた。他メンバーも、王国内に高い山がないこともあって本格的な登山はやったことがなさそうで不安な顔だ。
「なぁに、山頂までいく予定はない。中腹あたりにある巫女に用事があっての」
一日もあれば登れる距離であり、途中にいくつも小屋が設置されているそうなのできちんと準備してのぼれば子供でも問題ない行程だと知り、少し安心した。サラさんと一緒にしっかりと準備し、お散歩ですら息がきれる長年の引きこもりリゼのケアも念入りにした。
意気込むおばあさまの後ろからぞろぞろと入山していくが……。
さっそく気持ちが悪い。
なんかいいる。
いろいろ、いる。
まったくわからないルークは、なんともない顔をしているがその他おばあさまとシン君以外は、徐々に顔が青ざめている。リゼは体力面でも不安だが、わかる方の人間だ。懸念点が増えた。そうか、霊山ってそういうことか……。
「みんな、しっかり気を持って。腹のおへその下あたりに意識を集中して力をこめるとのまれにくいって司教様が……」
といって声がすぼんだ。司教様のことはあんまり考えたくない。しかし、色んな知識や教えのほとんどは司教様から教わっている為、ぽんと頭に出てきてしまうから嫌だ。
「り、リーナ! 特にリーナは気を付けて……リーナ?」
頭の中の司教様を振り払って、一番気をつけなくてはいけないであろうリーナに声をかけたが。
「あれ? リーナは!?」
「ついさっきまで、ここに……。どこいったんだ!?」
深い霧がでているわけでもない。ただの開けた山道で子供が消えるのはあまり想像できない。しかも子供達を囲むようにして大人組が歩いているのだ、リーナがそれれば誰かが気づく。それにリーナは勝手に行動するタイプではない。
忽然と、本当に霧のように消えてしまった。
「……ふむ、これはまいったのぉ」
おばあさまがうなり、慌てる私達に強い口調で言った。
「わしらものまれたら出てこれまい。やみくもに探すより、巫女を頼る方が賢明じゃろ」
「巫女さんに!?」
「失せモノ探しは得意分野じゃ。それに山を抑えられるのも巫女のみ、よいか皆のもの冷静に。巫女が管理する山で悪さをするようなモノはおらん。なにがしか、理由があっての事じゃろう」
心配はない。
いなくなったことに不安は残るが、おばあさまは強く巫女に頼るよう私達に言った。そう、色々といるけれどアレハンドル村の近くにあったあの呪いの森より断然空気が綺麗だ。余計な圧はあるが、彼らとてそうしたくてしているわけではない。住む領域が違っているせいで、こちらに体調面で悪い影響を与えてしまっているだけなのだ。
「シャーリーも、だいじょうぶだとおもう」
シャーリーちゃんだけが、なにか気がついたのか遠くを見つめていた。少し鼻をひくひくさせて。
「におい、だいじょうぶ。リーナにつたえたいことがあるって、いってた」
「……そう」
その言葉にようやく少しだけ落ち着きを取り戻し、私達は足早に巫女の住む中腹へと歩き出した。
「ここは……?」
リーナは一人、深い霧の中にいた。さっきまであんなに晴れていたのに、いつの間にかひとりぼっちで霧の中。少し不安をおぼえたが、腕の中にはのんちゃんがいてくれていた。
「だ、だいじょうぶですの! りーなちゃんは、あたちがおまもりするですの!」
鼻息が荒いが、少し体がぷるぷると震えている。のんちゃんもまだ子供スライムだ。怖いものは、怖い。
「ありがとう、のんちゃん」
ぎゅっと震えるのんちゃんを抱きしめて、少しずつ進む。前に進んでいるのか戻っているのかもわからないほどの濃い霧。声を出してシア達を呼んでも返事は返ってこなかった。
「おねえさん、おにいさん……みんな」
どんどんと呼ぶ声は小さくなる。
「……おかーさん」
リーナの小さな足が止まる。のんちゃんは、か細い声に顔をあげた。そこには今にも泣きだしそうな幼子の顔があった。
「おかーさんみたいに、おねえさんたちに……あえなくなったら、どうしよう。どうしよう……」
「……りーなちゃん」
ぷにぷにとボディをリーナの頬にあてて慰めようとしたが、リーナの瞳からは次々と大粒の涙がこぼれてしまった。
「ないちゃ、ダメ! りーなは、わたしは、はやくおとなになるんです……。ぎるどのめんばーで、きちんとおしごとして、りっぱになります」
リーナは涙を止めようとのんちゃんのボディ顔を埋めた。だが、それはただのんちゃんのボディの水気が増えただけだった。
のんちゃんがどうしようかと迷っている間、リーナは窒息しそうなほど長くのんちゃんのボディに顔を埋めていた。すると、どこからか美しい音色が聞こえてきた。
「がっきの……おと?」
リーナにはあまり聞き馴染みのない音色だったが、弦楽器であろうことだけはわかった。そちらへ行ってもいいのかわからなかったが、彷徨うよりはましだろうと、そっと音の方へと歩き出した。
音色は、少しだけ悲しい。
悲しいけれど落ち着く感じのある不思議な曲調だった。
(あ、これ……おかーさんをおくるときに、しんかんさんが、ひいてくれたおとににてる)
それはレクイエム。死者への弔い。
なにか悲しいことがあったのだろうか。
誰かをおくるために、その人はここにきたのかもしれない。
ここは霊山だから。
「……あ」
気がつけは霧が晴れていた。森の中に一人の男が立ち、楽器を奏でている。あの形状はたぶん、ヴァイオリン。貴族くらいしか嗜む者がいない上流階級の習い事だったはずだ。彼の背格好を見ても、一般人よりはとても洗練した雰囲気で、貴族っぽいといえば貴族っぽい。
リーナは恐る恐る近づいた。
「……ん?」
傍までくれば、さすがにリーナの存在に気付いたのか男は振り返る。
優しそうな、穏やかな眼差しの男だった。銀灰色の髪は、ベルナールにも似ているがもう少し灰色が強い色合い。翡翠の瞳の目元はちょっとだけタレていて、ふんわりとした印象を与える。
「どうしたの? 迷子かな?」
声音も穏やかで優しかった。
「あの、あの……」
迷子です。ちゃんとそう言いたかった。自分の名前とギルドを言って、助けを求めなければ。頭ではわかっているのに言葉が出ず……。
「ふ、ふえぇん」
どうしてかがんばって止めていた涙が堰を切って流れ出し、止まらなくなってしまった。
困らせてしまっている。そう思ったが、どうすることもできず泣き続けていると、ふわっとリーナの体が浮いた。
「よしよし。怖かったね、大丈夫だよ」
男がリーナを抱きかかえてあやしてくれていた。
冷たい。男は体温がないかのようにルークに抱っこされた時よりもひんやりとしていた。だけど、不思議と落ち着く。
見知らぬ男性なのに、まったく警戒心が募らない。ぜんぜん怖くない。オーラが……見えないことが気になったが、それどころではなかった。
リーナは顔を男の肩に埋めて、甘えるように胸元を掴んだ。
「大丈夫。ちょっとだけイタズラ好きな子がいるみたいなんだ。僕も仲間からはぐれさせられた一人でね。たぶんもうちょっとしたら助けてもらえるんじゃないかな。危険な気配はしないから」
言い聞かせられてリーナは頷いた。
「いい子だね。じゃあ、君の暇つぶしになろうかな。ヴァイオリンは……ダメかな、つたないけど歌でも歌うよ」
それは子供への子守歌。
ゆりかごの中にいるように、リーナの意識はどんどんまどろんでいく。
聞いたことのある歌。
懐かしい歌。
誰が。
誰が歌っていたの?
もう少しで……霧の中に……誘われた意味が……伝えたいことが……わかる……気が……。
意識はどんどん遠くなって。
気がついたら。
「「「リーナ!!」」」
大好きな仲間の元へ戻っていた。




