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□4 今の俺は、奇跡だ(sideルーク)

「……」


 ルークは一人、扉の前で静かに佇んでいた。

 盗み聞きするつもりはなかった。シアがなんだか思いつめたような表情をしていたので心配になっただけだ。だが入って行った部屋は魔王であり、シアの祖母のような存在であるペルソナ。問題はないと思った。でもやっぱり彼女が頼るのは自分ではないとも思った。

 モヤモヤするのはおかしな話で、シアがルークに相談するような内容でもないだろうし、己にきちんとした回答を彼女に返せるかといえばそうではない。

 ……この傾向は前からあった。

 なぜ、自分を頼ってくれないのか。

 なぜ、本当に必要なことは話してくれないのか。


 自分ではなく誰かを頼るシアを見るたびにモヤモヤとした感情が渦巻いた。その意味をルークはもうわかっていた。


 必要とされない自分に価値はない。

 怖い。

 そう、怖いだ。

 シアや、ギルドの仲間達がルークを見捨てることはなにがあってもないだろう。ルークの本性が極悪人だったとしても、これまでのことが帳消しにならない限り、彼女達はなにかしようとするだろう。それでも、そう思っていても、ルークはずっと怖いのだ。

 今でもクレフトと自分が重なる。

 シア達に糾弾されるのはクレフトではなく、いつの間にか自分になっている。


 それはどこかの世界と、時間の軸に確かにあったこと。その力の片りんを最近何度も味わっている。それどころかその力でシアを元の軸に戻すようなこともしてのけた。

 時間は進む。そのたびに何度も何度も選択があり、分岐がある。細かな選択は大きな道から違えたりはしないが、人生にはいくつかのターニングポイントが存在する。そこで選択を違えれば、その先は大きく変わる。


 ルークが勇者で、シアが聖女で。

 クレフトでなければうまくいったのか? いいや、そうはならない。ルークとクレフトは同じなのだ。立場がまったく同じ。クレフトがルークの今の居場所であるここに来ることはどの軸にもなかったが、勇者の立場になる軸のルークはどれも精神が壊れてしまっていた。自分と本当に同一人物なのか疑ってしまうほど相違がある。


 壊されるんだ、どうあがいても女神に。

 そうなるように仕向けられる。そうなるように作られている、俺達(ルークとクレフト)は。


(今の俺は、奇跡だ)


 多くの世界で多くの軸を垣間見た。今この世界線のルークほど恵まれた時間はない。ここまで生きていることもほとんどなかったのだ。だいたいは勇者にもならず、シアに出会う前になにがしか死んでいる。運よく出会えても、ポラ村の事件で死ぬ。ずっとその先にルークはいなかった。

 だからこそ、怖いのだ。

 親から捨てられそうになっている無力な幼子のように、(シア)の気を引きたくて仕方がない。無価値だと思われたら、そこで終わってしまうという脅迫概念が己の首を絞めていく。


「……俺の方が年上のはずなんだけどな」


 そう思ってしまう自分のなんと情けなく恥ずかしいことか。彼女は常々お姉さんぶるが、実際そう見えるほどルークは精神が未熟なのだろう。


「ルーク、今いいか?」

「え? あ、ヴェルスさん」


 足を引きずるように廊下を引き返していたルークに声をかけたのはヴェルスだった。彼は特に誰かと共にいようとはせず、一人色々と調べたりしている様子だったが……。

 ルークはヴェルスとアギが泊まる部屋に通された。アギは出ているようで、部屋の中は二人だけだ。適当に腰かけろと言われたのでルークは椅子に座った。お茶もお菓子もない、重苦しい空気とキツイ顔の男の顔が正面にある。彼はレオルドやサラの幼馴染だが彼らとはまったく空気感が違うし、おもてなしの気持ちがあまりない。あったとしたらドがつく不器用である。


「俺とお前には共通の能力がある……のは、もうわかっているな?」

「……はい」


 そもそもルークが自分の中にある力がなんであるか知るヒントとなったのはヴェルスの話からだった。彼もまた様々な世界線を垣間見ることができる。


「アレハンドル村に縛り付けられた巫女とお前の血筋の中にある血族はおそらく同じなのだろう。お前がどこの出なのかなど、今更知る意味もないが……。その顔、近しい者は誰か感づいているな?」

「そう……ですね。確証はないですが、ずっとひっかかっていたので」


 初めて会った時から、いやその直前、ただすれ違っただけの時から彼女との因果は感じていた。それがなんなのかその時は想像することもできなかったが。


「聖騎士カーネリア。魔人キングが黄昏と呼んでいた赤い髪の女性です。彼女に家系は近しいのかそれとなく聞いたこともあったんですが、遠い祖先に近しい者がいたのかもしれないと……たぶん、はぐらかされたんだと」

「赤い髪の聖騎士か。赤い髪に黄金の瞳など世の中溢れているが……それでもお前は彼女に『近い』と思ったのか?」


 ルークはうなずいた。あの時はそれほど気にとめなかった、それどころじゃなかったのもあるがカーネリア自身、ほとんどルークに近寄らなかったのだ。


「彼女の出自、できればくわしく知りたいと。俺の実家のことはどうでもいいです、たぶんろくなもんじゃないので」


 少し前の立場を思えば、知ってどうするというものである。必要なのは母方の血筋の方だ。


「しかし聖教会所属では、調べるのは難しいな。帝国は徹底的に女神を排斥しているゆえにそちら関係のものはほとんどない」

「……そうですね。なのでひとまずは帝国で出来ることを手伝うだけです」

「の、わりには浮かない顔だがな。ずっと」


 ルークは無理やり引きつった笑顔を見せた。


「大丈夫です。大丈夫、俺、前よりずっと強くなっているはずなんで……もうちょっとなら」


 せめて、シアの肩の荷が少しだけ降りて、リーナの父親の件が落ち着く頃合いまでは。


「がんばらせて、がんばらせてください。でなきゃ自分が情けなさ過ぎて嫌になる」


 ヴェルスは眉を寄せて、視線を外した。


「別に俺には関係のないことだ、好きにしろ。……だがひとつ俺から言わせてもらえば」


 ――ギルドの仲間がどうの、家族がどうのと幸せそうに語っておきながら、誰もかれもが核心を話さずぬるま湯にのうのうとつかっているだけの集団に見えるな。以前はもっとマシだったぞ。



 ヴェルスの鋭くえぐるような言葉に、ルークはなにも言えなかった。

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