☆22 ねこちゃん、ほしいです!
レオルドの驚愕な才能を目にして一瞬、頭が真っ白になったが気を取り直し、私はぽんとレオルドの肩を叩いた。
「レオルド、あなたの趣味を聞いてもいい?」
「え? なんで?」
「参考までに」
隠れた才能って実はこういう趣味的なもので片鱗を見せている時があるのだ。だから少し確かめたかった。
レオルドはちょっと考えてから教えてくれる。
「筋トレしながら読書、かな」
――見事なまでに筋肉と知力が融合している趣味だ。どうなってんの。
魔導士が魔法を使うには、古代語で書かれた魔導書を読解し、習得しなくてはならない。つまり、魔導書が読めないと魔法がそもそも使えない。私は聖女に選ばれた時に聖魔法や他補助魔法などを扱うことが出来るようになる為、死ぬ思いで努力して身につけた。
自らの恵まれた体型から戦士を選んだようだが、レオルドは魔導書は読めるんだろうか。
「ちなみに読書って、どんなジャンルを読むの?」
「けっこうなんでも読むぞ。ファンタジーから経済まで色々」
多趣味なようだ。雑学王かな……。借金のくだりも冷静な頭だったら引っかからなかっただろうけど、彼は素直で高い壺を割ったパニックでいっぱいいっぱいだったんだろう。
でもまぁ、本を読むのが好きなら勉強もそこそこできるだろう。
「そんなレオルドさんに提案です。――魔導書に興味は?」
レオルドは私の言葉に目をぱちくりさせた。
「魔導書? なんで?」
「私が見たところ、レオルドには高い魔法の才があるみたいなの」
「……見た?」
意味が分からないという顔をされてしまった。
そういえば、レオルドは私が聖女の力を持っていることを知らないのだった。びっくりさせてしまうのもなんだが、いずれは分かることなのでここで説明させていただこう。
話しが長くなるので短くまとめて説明すると、やはりレオルドは驚いた顔で私を見た。
「お披露目の時……いたか?」
「……勇者の後ろその他で花吹雪撒いてましたが何か?」
苦い思い出がよみがえるからやめてください。
黒歴史であることを悟ったのか、レオルドはそれ以上問いかけるのは止めて、改めて私をじっと見た。
「俺に、魔法の才があるのは本当か?」
「ええ、まず間違いないわ。戦士としてそれほど力が伸びなくて悩んでいたんじゃない?」
「その通りだ。斧だけはなんとか扱えたが、それでも他の奴に比べたら弱い。戦士として戦うには限界を感じていたのは確かだ」
実際は、素手だと武器をしのぐので武器が邪魔だったとも言える。だが普通は武器の方が強いはずなのでそれを選択するのは自然の流れだろう。
「魔法……魔導士か、俺が……」
どこか感動しているようにも見える表情でレオルドが呟く。
魔法の才がある人間はごく少数だ。ルークやリーナにも魔法の才はなかった。後天的になんらかのきっかけで魔法の才に目覚める人もいるが、それこそ極々稀だ。魔導士はなりたくてなれるような職業じゃないのである。
「レオルドが攻撃魔法系が得意だと嬉しいんだけど……」
私は聖魔法と補助魔法などが得意だが、攻撃的な魔法は扱えない。バランス的にも彼が魔導士なら攻撃魔法系が使えるとありがたい。
もう一度、レオルドを細かく分類して見てみる。
≪魔法傾向≫
火系攻撃魔法 B→S
水系攻撃魔法 C→A
土系攻撃魔法 A→S
風系攻撃魔法 C→A
光系攻撃魔法 ――――
闇系攻撃魔法 ――――
聖魔法 ――――
補助魔法 ――――
空間系魔法 D→B
おもいっきり四大属性攻撃系魔導士だった!!
空間系魔法も使えるってことは、おっさん転移魔法も使えるよ! やったね。転移魔法は貴重だからすごくありがたい。容量たっぷりのアイテムボックスも作れるかも。これ、私はできないんだよね。
「……どうだ?」
「うん、すごいわ。四大属性攻撃魔法と空間系魔法が習得できる可能性がある」
「ほ、ほほほ本当か!?」
椅子をガタンと後ろにひっくり返らせるほどの勢いで立ち上がり、鼻息荒く迫られた。
近いぞ、おっさん。
彼の額をそっと押しつつ、身を引いた。
「嘘つかないわよ。レオルドが攻撃系魔法覚えてくれるとこっちは大助かり。ヒーラー兼補助、剣士、魔導士、天使が揃ってるからバランスいいでしょ」
「天使?」
「いるでしょう?」
ちらりと仔猫と戯れるリーナを見て。
「いるな」
真面目に彼は頷いた。
天使と仔猫は無敵なのだ。
「魔導書の話だが、問題ない。俺、古代語読めるから」
「ええ!?」
彼の言葉に私は驚いて椅子からずり落ちた。
古代語とは、今から千年以上昔に大陸で使われていた言葉で魔法を使う為の基本的な言語である。呪文は現在の言葉に直しているが、古代語版の呪文をしっかりと理解していないと現代語の呪文を唱えても意味がない。
古代語を読める人間は、現在魔導士か魔導士を目指す者くらいで、それ以外の人には不要なもののため扱える人数は少ないのだ。明確に、魔導士になると決めているなら古代語を勉強していてもおかしくないが、レオルドは戦士だ。
そんな彼がなぜ古代語を?
私が不思議そうな顔をしているのを見て、レオルドは答えを教えてくれた。
「実はな、おっさんこう見えても王立学校卒なんだよ」
「お、おお王立!?」
おっさんに対する驚きの連続で、私はびっくりしすぎて顎が外れそうです。
王立学校というと、ここ王都にある名門校だ。王国の子供達は基本、六年間の義務教育を受けることになっている。それ以降は自由だが、成績が良くさらなる向上を目指して上級学校へ進学する子供もいた。王立学校はその最上級学校に分類され、王国の頭脳と称される者達が通う所だ。
そこを無事卒業したとなると、レオルドはなぜギルドで戦士をやっているのか分からないくらい頭が良いはずなのである。
どうしてこうなったの?
「王立で古代語も勉強してな。ちょっと杖使って魔法使ってみたら暴発したんで魔導士は諦めたんだよ」
「杖……」
才能がないのは杖の方で、魔法の才はSである。基本的に魔法は杖を媒介にして発動させることが多いので初見で杖を使ったのは当然のことなのだが、運が悪かったな。
「でもレオルド、王立卒者なら就職先は研究者とか、王宮士官とか色々あったんじゃないの?」
「ああ、そうだな。でも俺、基本的に堅苦しい場所は苦手でな。貴族が多い場所も好きじゃないし、どうせなら人の役にたとうと教育者を目指したんだ」
「え? 先生ってこと?」
「そうだ。一年くらい、学校で子供達を教えてたな」
「それがなんだって、戦士職に……」
レオルドは、ふっとどこか懐かしそうな、でも哀愁の漂う顔で私から目を反らした。
「あれは十年前の蒸し暑い日のことだった……」
「その話長い? 短くまとめてくれると嬉しいんだけど」
年寄りの話は長い。もう時間も遅いし、リーナは仔猫と遊びながらもうとうとしている。ルークもいつの間にか小さく寝息を立てていた。私も色々あって疲れているので巻けるなら巻いて欲しい。
レオルドは私に突っ込まれるとちょっと間を開けてから、一言で話を終わらせた。
「子供達には慕われてたと思うが、うっかり転んで学長のヅラを飛ばし、俺のクビも飛んだ」
おっさんの人生は、ドジッ子属性に振り回されているのだろうか。才能は悪くないのに。
「とりあえず今日は終わりにしましょう。夕飯は……もうみんな眠いみたいだし仕方ないわね」
「悪いな……」
「新しい家族が増えるのに悪いことなんてないわよ。部屋はまだ余ってるから好きな部屋使って」
私はリーナを抱っこし、ルークはレオルドに任せて部屋に運んでもらった。
仔猫達は私の足元をぐるぐる回ると、最終的にはレオルドにくっついていった。眠そうなリーナを抱え、部屋に戻るとお風呂を支度して、ささっと入浴した。男連中が増えたので鍵魔法と『女子入浴中』プレートは忘れずかけておく。お風呂からあがると、リーナをタオルで拭いてやる。
……痛々しい痣は、まだ少し残っていた。
リーナの母親はもういないから、この痣の罪を訴える相手もいない。残しておく意味もないので、すべて治療しようと思う。リーナもこの痣を残して欲しいとは言わなかった。でもどこかせつない表情で消えていく痣を眺めていた。
次の日の朝、朝食の準備をしているとハラペコなルークがゾンビみたいに這ってやってきた。体はまだ痛むようだが動けるようにはなったらしい。
そしてレオルドとリーナもやってきた。リーナはいつもなら『おてつだいします!』と言って手伝ってくれるのだけど今日はなにやらレオルドと顔を突き合わせて話し込んでいる様子だった。仔猫達がレオルドの広い背中にぶらさがって遊んでいる。
一人分食事量は増えたが、一気に作ってしまうのでそれほど手間は増えない。ただ材料が勢いよく減っていくので買い物は増やさないといけないだろう。
朝食を並べて、いただきますをし賑やかな朝が過ぎていくと、食後のティータイムだ。
「私はコーヒーにするけど、皆はなにがいい?」
「俺もコーヒー、ブラックで」
ルークは甘いものが苦手だ。紅茶は出せば飲むが、フルーティーなものはあまり好きじゃない様子だった。なのでコーヒーも無糖を好む。
「りーなは、ここあがいいです」
対するリーナは甘いものが大好きである。私も甘いものは好きだからココアも常備してあるが、コーヒーは朝に飲むには眠気覚ましになっていいので、朝食後のティータイムはコーヒーを飲むことが多い。
最後にレオルドが手を上げた。
「おっさんもコーヒーかな。ミルク三つと砂糖スプーン十杯で」
「……おっさん、それもうコーヒーじゃねぇー」
ルークが頭を抱えた。
私もそんな甘々でジャリジャリしそうなコーヒーは飲みたくない。
「はいはい、レオルドもリーナと一緒のココアねー。ちょっと待ってて」
私の頭の中に、レオルド『甘党』が追加された。
おっさんは、ちょっと不満げだったがルークが胸やけを起こしそうなので強制ココアでございます。
飲み物を配り、のんびりとティータイムを過ごしているとリーナとレオルドがおずおずときりだしてきた。
「マスター、ちょっと頼みがあるんだが」
「おねーさんに、おねがいがあるのです」
神妙な顔つきだったので、なんだろうかとコーヒーカップを置いて二人を見た。二人は視線を交わして頷くとテーブルに額がつきそうなくらい頭を下げた。
「ギルドで仔猫二匹の面倒みさせてくれ!」
「ねこちゃん、ほしいです!」
「なあー!」
「なうー!」
仔猫二匹も一緒にレオルドの背中から訴える。
あー、そうだった。なあなあになってたけど、この仔猫達どうするか決めていなかった。レオルドに懐いているようだし、飼ってもいいんだけど……。
お約束は交わしておこう。
「いい、リーナ、レオルド。生き物を飼うには相応の覚悟と責任が必要です。それは分かってますね?」
二人は深く頷く。
「仔猫達の面倒はきっちり責任を持ってやるのです。ご飯も、おトイレも、病気になったら病院にも連れて行くんですよ」
『はい!』
「ではよろしい。仔猫達をうちで飼いましょう!」
やったー!!
と、リーナとレオルドは万歳して喜んだ。
二人ならちゃんと面倒を見てくれるだろう。でもまぁ……この仔猫達、朝が早くてリーナよりも先に台所へ来てご飯をねだるので、ご飯係は私になりそうだけど。
ティータイムを終えると、ゾンビ状態のルークを留守番させて三人で買い出しに出かけた。
なくなりそうな食材もろもろを購入して、荷物をレオルドに持ってもらう。
「そうだマスター、ギルド銀行へはすぐに行かないのか?」
「うーん、そうしたいのは山々なんだけどちょっと待ってくれないかな。百万Gってそこそこ大きなお金だからたぶん借りるのに連帯保証人が必要だと思うのよね」
「あ、そうか……」
ちゃんとお金を返してくれるかどうか、銀行は見るし。もしもの時に備えて代わりに払ってくれる連帯保証人を立てる必要が出てくる。連帯保証人になれるのは、身元がしっかりしている人で、その金額を払える経済力のある人物となる。
私の中で、心当たりのある人は……一人だけだ。頼むのは心苦しいんだけど、他に頼める人物もいない。
「連絡とってみるから、それまで待機ね」
「そうか、面倒かける」
気の重くなる空気が漂う中、ついてきた仔猫達が紙袋をがさがさやり始めた。
「なにか気になるものでもあるのかしら?」
「ああ、ご飯だろ。この中にある」
「おいしい、ごはんです!」
全開の笑顔で二人が紙袋から取り出したのは――――。
「猫ちゃんまっしぐら! とろける味わいご飯『黄金のスプーン』!」
…………。
い、いつの間にそんなめちゃくちゃ高級な猫ご飯買っとるんじゃああぁぁ!!!!
可愛い仔猫にデレデレの二人がおねだりに負けてしまうので、私が全力で財布の紐をきゅっと引き結んだ。
私は心を鬼にする。とりあえずこの『黄金のスプーン』は返品です。




