□3 過干渉の親は嫌われる
風が優しく頬を撫でていく。
ほのかに甘い花の香、森の草花や土の香りも……この丘に立つと世界のすべてが香るような気さえした。ここはどこだろう? 見覚えのない場所だが、とても懐かしい。
私に重なるようにして、女性がこの丘から世界を眺めているようだった。
ああ、なるほど――夢か。
たまに見る、誰かの記憶を辿るような夢。なぜこんなものを見るのか、いまだにわからない。おばあさまに話を聞いてもらって、そのまま眠ったようだが……これはいつの、誰の記憶なのだろうか。
「シア」
名前を呼ばれて思わず振り返った。丘から世界を眺めていた夢の人物も同じように振り返った。
「またここに一人で……黙って行くなよ、あの子が心配する」
「心配? 危険なことなんてなにもないのに」
私は驚きながらも少し彼女から離れた。記憶を辿っているであろう夢の人物は、私と同じ声をしていたからだ。離れてみて、ようやく気がついた。
……私じゃん。
あまりにも彼女は私とうり二つだった。黒い髪に茶の瞳の地味な印象をあたえる女性。あんまり言いたくないが平たい体型もすべて一緒だ。心配すると来てくれた人に対しても、どこか意地悪気な感じで、自分の本性を隠していない。
「確かに、君を害そうなんて勇敢な生き物はこの世界のどこにもいないだろうな」
呆れたように彼はため息をついた。
……見間違いでなければ、その人物はベルナール様そっくりである。声も雰囲気も同じだ。
「世界は安定してきた。もう私が調停役としてここに留まるに意味はないし、あまり居すぎても……ね?」
少し遠くから聞こえる、少女の声。
「お母様ーー! お母様、どこにいらっしゃられるの!? 隠れても無駄ですからね!」
「お母様ーー! 早くでてこないと姉さんがブチキレて森を燃やしかねないですっ!」
親を探すには若干物騒な言葉が飛び交う少女と、慌てている様子の少年の声。
「親離れさせないとね~」
「酷なことだ」
私そっくりの女、仮にシア二号と称しようか。シア二号さんは、二人の子供を持つ母親のようだが見た目は私のままで、年齢も変わらないように見える。しかし現れた子供二人はどう見ても十歳はこえていそうだ。老けないタイプか?
「あー! いた!」
「見つかっちゃったか~。じゃあ、もう一回にーげよ!」
ダッシュで子供達から逃げるシア二号。
「あー! なんでよぉー! お父様も見てないで捕まえておいて!」
「無理言うな」
……えーっと、ベルナール様そっくりの男の方は仮にベルナール様二号と称しよう。ベルナール様二号さんは、子供達の父親らしい。シア二号とベルナール様二号が夫婦で二人の子持ちか、どういう感情で見てればいいのかなコレ。
はたから見たら、和気あいあいとした家族だ。だが、どこか違和感もあった。シア二号の表情が、なにを考えているかはかれないせいか。あるいは……子供達二人が両親とまったく容姿が似ていないからか。
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「私、世界は神様が支配すべきじゃないと思うんだよね」
「まあ、それはお前が昔から唱えていた教育方針だったからな」
場面は前のシーンよりずいぶんとんだようだ。
子供達の姿はなく、シア二号とベルナール様二号が二人で世界を眺めていた。天上高くから。雲の上のどこの場所なのか、果たしてどうやってそんな上空までいけるのか。遥か下の地上では、酷い争いが起こっていた。
「神様が全部支配すれば、そりゃあ誰も死なないような幸せな人生がおくれるかもしれないよね。誰も泣かない世界なら幸せ。それはそう。でもさ、私は怖いんだよね」
「……怖い、か」
「うん。私はこの世界を愛しすぎてる……過干渉の親は嫌われるじゃん?」
「そうだな」
子離れしなきゃ、ね?
そう寂しそうに呟いて、二人はこの世界を去って行った。
『でもいつか、世界が神に助けを求めるようなときがきたのなら……。
かけつけるよ。どこからだって。
だって私、お母さん――だからね』
*********
「――シア二号!!」
「……なんじゃて?」
飛び起きた先は、眠る前の記憶の通りおばあさまのベッドだった。隣ですやすや寝ていたのであろうおばあさまが、目をこすりながら私の顔を見上げてきた。とても不思議そうに。
「二号が! 二号が!」
この世界から去り、なんか去り際に意味深な言葉を吐いていきやがりました!!
慌てた様子の私をなだめながら、おばあさまは夢の話を聞いてくれた。
「ふむ……。なんとも興味深い夢じゃの。しかし、神……神か」
「もしかしたらあの二号が、女神をつかわして絶対滅ぼさんシステムを作ったのかも――!」
だとしたら恨み言も言いやすい、同じ顔だから。性格も同じくらい悪そうだし、殴り合いに発展しても胸も痛まなそう。
「いやいや、まだ早合点じゃろ。主が見たのがどっちの神かわからん」
「どっちの神……? え? 神様って二人いるんです?」
「んーとじゃな、始祖のアルベナより前に栄えた文明がある。今を生きる者達はアルベナ以前の世界は知らんじゃろうが、世界の理に近い者達はその時代を旧時代とも称する。始祖アルベナの時代を旧時代と現代の学者が記したりもするが、本来はそれ以前の時代があるっちゅうことじゃな」
世界はあまりにも謎が多い。歴史書が間違いだらけだとしても今更驚きやしない。
「この世界そのものを作った神がおる。その神は古き神と呼ばれ、いつの間にか世界から消えたとされる。長きにわたり神が不在となり、再び世界に新たな神が降臨した。新しき神の命を受け、その時に世界に残っていた旧時代の遺物は女神ラメラスによってすべて破壊され、生き物の頂点にたっていたアルベナの一族も始祖を残して殲滅された。その後どうなったかは……想像できるじゃろ」
想像もなにも、その光景については以前リゼに触れた時に垣間見た。酷いものだった。相手に情があるとは思えないほどの圧倒的なまでの殲滅。慈悲の女神? いったい誰がそう言いだしたのか、と詰め寄りたいくらいの凄惨な光景だった。
女神ラメラスは、実際には慈悲と慈愛の女神ではなく、戦乙女なんじゃないだろうか。ラメラスのうえに新しき神とかいう上司がいるなら、女神の格とは少し相違がある。
「そういえば、聖女であったころ主は聖獣を連れておったろ? 今どうしておる?」
「元気ではあるんですが、精霊界の狭間から出て来ないですね。聖女としての力は失ってますし、称号なんて最初からあってないもんでしたし……契約もきれてしまうものと思っていたんですが、女神がこっち方面はなにもしてこないので」
「……わし、記憶にちょいちょい女神の姿が残っておるのだが……ずっとまさかまさかとも思っておったが。……もしや女神、脳筋では?」
私もそう思うんだよなぁ。なんとなく。カピバラ様が言うには、感情を理解できているかあやしいし、地上の人間に興味もあるかどうかもわからない。などという証言があがっている。
「なんというかどっちかというと躍起になっているのは教皇の方なんですよ。自分は女神とほぼ同一とも言ってましたが、どこまで本当なのか」
「いや、教皇の言葉は妄言ではないぞ? 確か教皇の中身は女神の魂の一部を人間により近づけ、地上で生きていけるように適合させたもののようだ」
適合した結果があのヒステリー女か……怖いな。
「お前達は、目的通りまだしばらく帝国の見聞旅行を続けるのだろう?」
「そのつもりです。新たに気になる情報もありましたし」
リーナの父親、アレンさんのこと。
「帝国は女神の意思にそわず発展してきた稀有な国。他のどの場所でも手に入れられぬものも多かろう。だが忠告をするとすれば、帝国もまた一枚岩ではないし、主らの本当の意味で味方というわけでもない」
「……はい」
帝国が味方だとは思わないが、立ち位置が難しい。特に私は。もし、皇帝の思うような血筋ではなかったとしたら手のひら返しは簡単に起こりうる。ベルナール様のこともおじいさま達に任せっきりだし。彼がどうして未だ目覚めないのかもわからない。
シア二号とベルナール二号。
彼らはいったい何者だったか。私の見る夢には意味がある。だからこそ、この二人こそが今後の鍵のような気がしてならなかった。




