■41 ちょっとだけおねーさん(side:お留守番組)
シア達が屋敷に乗り込んでいた時、リーナ達はホテルで待機していた。なにかあった時のためにサラが警戒と連絡の準備を万全にしていたし、リーナとシャーリーの二人はお互いに寄り添ってお話をしていた。情報をまとめる、という探偵ごっこのようなものだったが気がまぎれるし、意外にも二人はとても聡明で的外れとはいえない探偵ごっこだった。
シンは暗い窓の外を眺めた。
魔王ペルソナに引き取られてまだ数ヵ月。あの人のことをまだよく知らないし、目的もはっきりと理解しているわけではなかった。シンはなんの能力も持たない無能で、たぶんこの中の誰よりも無力だろう。年下のリーナとシャーリーよりも。
だからシンはペルソナの作戦には同行できなかったし、サラもリーナ、シャーリーの子供達ですらも一番シンを守りの中心に置いていた。肌にチリチリと感じる、酷い無力感。なにか能力の一つでもあれば、この無力感から解放されるのに……。だが、おそらく一生シンはこの無力感から解き放たれることはないのだろう。
無駄な黒髪。
溜息が深い。外を眺めても気など晴れない。家に灯る光もぼやけて、空の星も綺麗に視界に映らない。遠い場所から、かすかに爆発音が鳴って煙があがりはじめたのがなんとなくわかった。サラが窓を開けてそちらを見たので、シンは気づけた。子供達も探偵ごっこを終わらせて作戦開始を見守る。
シンは一人だけ目を閉じた。視界には頼れなくて耳をそばだてる。そうしたことで偶然にも一番最初に気がつくことが出来た。
「サラさん、足音がこっちに」
「え?」
ホテルの従業員やお客さんの足音かとも思ったが、それにしては違和感があった。その足音は隠すように静かだったのだ。ただの従業員やお客さんがそんな熟練の暗殺者みたいな歩き方をするとは思えない。シンは人間が生きるのに最底辺な場所にいたこともあり、その歩き方は嫌な予感として感じ取れていた。
サラは神経を耳に集中させて目を閉じた。
「……ほんと、よくわかったわね。ありがとうシン君。シャーリー、リーナちゃん」
子供達はぎゅっと固く身構えて、扉から遠い位置に下がる。
シンもサラの視線に従って、二人の傍についた。それを確認してからサラはそっとドアに近づき、拳を構える。彼女はとても格闘技を使えるような見た目ではない。普通の女性でお母さんという印象だったが、非常事態に対する冷静な行動をみていると手練れだと察せられた。
それもそうだ。彼女はお留守番組とはいえ、守りを任された人なのだから。
子供達がシンを挟むようにして両手を掴んできた。絶対守るの姿勢。シンは少し驚いて、そしてやはりいいきれない無力感に押しつぶされそうになった。
十四にもなった少年が、八歳ほどの少女達に守られているのだから仕方のない気持ちだろう。せめて不利な状況にだけはなるまいとシンは気を張った。
襲撃は突然だった。
張り詰めた冷たい空気を切り裂くように、ドアは乱暴に蹴破られ三人は小さく悲鳴をあげた。サラは身軽に素早く動き、襲撃者を迎え撃つ。
「せっ!」
サラの拳が空を叩く。その先に、鈍い音が鳴り襲撃者の顔をとらえたと思われた。襲撃と同時に照明を落とされてしまったので、視界が悪い。月明かりはあるが、満月ではないため光源としては乏しい。
「のんちゃん変形! トーチ・ライト!」
「灯れ、火のぬくもり! ライトっ」
視界の確保が大切であることを子供達はまっさきに察して、のんちゃんはライト型に変形、シャーリーはともしびの魔法を発動させた。頼りなかった明かりは、二人のおかげでかなりクリアになる。シンは目がくらんでたたらを踏んだ。どうもシンは明るいところよりも暗いところの方が見えやすいらしい。明かりのない夜を日常的に暮らしてきたからだろうか。
「ママ!!」
「ぐっ」
明かりが灯ってわかった、襲撃者は複数人いる!
思わぬところから攻撃が入り、サラは横に跳んだ。
「のんちゃん、ガーディアンモード!」
「おまもりするですのーー!」
硬質ボディになったのんちゃんが、サラのガードに入り襲撃者をはじき返す。部屋の中は緊迫した激しい戦闘がはじまった。シンは一番後方で、なにもせずにじっとしていた。目も閉じていた。目より耳の方が役に立つと気づいたからだった。
襲撃者は何者だ?
なにが目的でこっちにきた?
シア達ギルドメンバーは、訳ありで帝国に入ってきた。それは少しだけ聞いていた。だから留守番組も万が一を考えていたのだ。だが、それが一体どのような勢力なのか。
情報が、なにか情報が欲しい。でないと次の打つ手が考えられない。
シンは全神経を耳に集中させた。すると驚くことに大きく響いていた戦闘音が聞こえた。聞こえてくるのは、人の呼吸や心臓のような波打つ音。
そして。
「金髪の子供、目標か?」
「記録と一致している。被検体Sの面影も」
「報告を」
「捕縛を」
とぎれとぎれだったが、なんとか聞き取れた。
どうやら襲撃者の目的は、リーナらしい。でも、どうして? 集中できたのはわずかな時間だけだった、急激に周囲の音が戻ってくる。
「サラさん! やつらの目的はリーナだ!」
「! シャーリー、リーナちゃん、それにシン君――窓から脱出!」
サラさんの指示に二人は頷いてシンの手を強く握った。
「のんちゃん、ひこうモード!」
「あいあい!」
サラが襲撃者の足止めをしている間に、三人はのんちゃんの飛行モードで窓から外へ脱出した。そこからシア達が向かった屋敷へ走り、合流を目指す。夜の町は静かだ。三人の熱い呼吸だけがやけに耳に聞こえる。背中に恐怖を背負いながら懸命に走った。シャーリーは残ったサラが心配だったのか、振り向きそうになったが、シンとリーナが引っ張った。立ち止まったら恐怖に追い付かれそうだったのだ。
シア達と合流できる地点まで、なかなかの距離がある。走って、走って、子供の体力限界まで走った。だが子供の足に追い付くのは簡単だったのだろう、サラが足止めしていたはずの襲撃者が三人の前に立ちはだかった。
「ま、ママはっ!?」
「大丈夫だシャーリー、こいつ……部屋に入ってきた二人とは別のやつだ」
なんとなく、違うとわかった。最初から待機していた人間がいたのだろう。
「暴れるな、傷つける意思はない」
「……でも連れ去るつもりだ、リーナを」
シンが強い口調で言うと、男は黙った。
「だ、ダメよ! リーナはわたさないんだから!」
「しゃーりーちゃん……」
嫌な予感を感じ取ったのか、シャーリーがリーナを守ろうと前に出て両手を広げた。
「しゃ、シャーリーはリーナよりちょっとだけおねーさんなんだから!」
ぷるぷると震えているが、シャーリーの意思は固い。
「……抵抗するなら、目標以外の二人はどうなろうと問題にならん」
光る凶器がシンの前に突き出される。シンはシャーリーより前に、一番男の近くにいた。一歩も動けない、身じろぎもできない。それは恐怖のせいか、なけなしのプライドか。
「の、のんちゃ……」
「のぉ、うまくうごけないですの」
リーナの魔力が尽きたのか、それとも走り過ぎたせいか。のんちゃんがへにゃっている。
盾にすらなれないと理解しながらもシンは動かなかった。それを抵抗をとったのか、男の凶器は振り下ろされ――。
「させっかーー!!」
暴風が逆巻いた。突風が吹くには天候的におかしいが、超常現象のようにその暴れる風は器用にも男だけを乱暴に吹き飛ばした。
「もういっちょくらって寝とけ! 暴風域!」
すさまじい追撃、風の拳といえるような暴風の塊に男はボッコボコにのされて、最終的に転がされてしまっていた。
シンはなにが起こったのかよくわからず呆然とその成り行きを見守っていたが、リーナとシャーリーは暴風がおさまった途端に嬉しそうに声をあげた。
「アギおにーさん!?」
「アギおにーさんだーー!」
暴風を起こし、襲撃者から三人を救ったのは……王国にいるはずの天才魔導士、アギだった。




