■40 二十年前の悪夢を再び見てもらう!
鼓膜が痛むほどの破裂音と共にあちらこちらから爆発と火の手があがった。現場は騒然とし、使用人達はなにが起こったのか理解できず慌てふためくばかり。警備の人間も防衛システムが無意味なほど役に立たず、日々の鍛錬を怠ったツケが回っていた。
一代で築いた黄金の屋敷。
その黄金には、数えきれないほどの血と怨念が混ざる。
それでも気にせず私腹を肥やす、見た目も中身も豚野郎な屋敷の主は顔を青ざめながら、燃えゆく財を眺めていた。
この光景は一度、過去に目にしたことがあった。
「の、呪われている! わしは呪われておるんじゃーー!!」
バタバタと醜い四肢を振り乱し、過去のトラウマをフラッシュバックさせていた。あのときは、命まではとられなかったし、屋敷もかろうじて残り、卑しくもさらなる悪事に手を染めて積み上げた今。またしても、同じようなやり口で終わりを告げられようとしている。
「ふっふっふ、やはり主にはシリウスと同じようなやり方が一番効くようじゃの~。ほんに、学習せん奴じゃ」
「ひぃっ!」
いつの間にか窓辺に灰色の髪の少女が、にやけた顔で立っていた。その手にはその体躯に見合わぬ大鎌が握られている。命を刈り取る、死を象徴するものとして代表的な死神がよく手にしているものと同じ得物。
「お前!? お前は、な、なんなんだ!?」
「見てわからぬか? そっくりであろう……二十年ほど前に美しい娘をさらって手痛い目にあわせられた、あの……」
「ま、まさか――やつは死んだはずでは」
「耳をすませてみよ。……聞こえてくるじゃろ?」
言われて耳に神経を集中させると、確かにエンジン音が少し離れた場所から響いてきていた。この音に、男は惨めなほどに震えあがった。そんな男に少女、ペルソナはにっこりと微笑んで男の耳元で囁いた。
「あれは言ったであろう? もし、また同じようなことがあれば……次は――」
良い子が聞いてはいけない言葉が吐き出されたと同時に、ドアをぶち破ってエンジン音高らかにバイクが部屋に突入した。ドアは破壊され、勢い余りながらもバイクは見事なスライディングを決めながら停止した。豪奢な部屋はぐちゃぐちゃになってしまったが、怪我人はいない。
ただ一人、この屋敷の主である男だけが泡を吹いて気絶してしまっていた。
――時は三十分前にさかのぼる。
「わしの最終目的は言うた通り女神なんじゃが、その道中に色々と世直し的なこともしておってな。悪い子には仕置きがいる。ということでお前達にも協力してもらいたいんじゃ」
アイスの詫びの話で今夜協力して欲しいことがあると言っていた。ペルソナの話ですっかり頭から抜けていたが、彼女は忘れていなかった。どうもその相手というのは昔、司教様やシリウスさんが関わった悪党でもあるらしい。
「セラは知っておるな? セラともう一人、娘が捕らわれてな。二人を救出するべく動いたのがシリウス、レヴィオス、イヴァースだったんじゃ」
あの時は二人の救出が主な目的だったため、時間がなかったのもあり悪党の討伐はせずにそのままとんずらしたらしい。あの後、その悪党は懲りずに汚い手で屋敷や事業を再建し、現在に至るまで様々な人を苦しめているようだ。
「じゃ、か、ら! わしはいい方法を思いついての~」
ニヤニヤしている顔がとてもいたずらっ子で可愛い。ほっこりしてしまっていると周囲からの視線が刺さっていることに気がついた。
「え? なに?」
「いや……なんか、シアのばーちゃんなんだなぁって」
どういう意味だそりゃ!
ルークの言葉にみんなが頷くので、ちょっと微妙な気持ちになった。私、あの顔してる?
血は繋がってないのに不思議なものだ。
「やつには二十年前の悪夢を再び見てもらう! みなのもの、準備をするのじゃ! あ、子供達は留守番じゃからな」
さすがに暗いし、作戦人数は足りていると言うペルソナの指示で、リーナ、シャーリーちゃん、シン君、保護者としてサラさんがお留守番となり、作戦には私とルーク、レオルド、そしてリゼが同行することになった。
「え、私も……?」
仕事にほとんど連れて行かれないリゼは、逆に驚いたようでペルソナに聞き返していた。
「まあ、お主も子供といえば子供だが……ここまできて一つギルドの役にも立ちたいじゃろ?」
「あ……」
「でも、おばあさまリゼは」
色々まだ外に積極的に出すには辛いかもと口にしようとして、ペルソナに強めの圧でさえぎられた。
「シア、お前は少々甘い。可愛い子には旅をさせよと昔から言うじゃろ。逃げ道を用意することは悪いことではないが、期を誤れば子の成長を妨げる。見よ、リゼの顔を」
久しぶりにピリッとした空気の中で真剣に怒られた。ちょっと司教様を思い出して胸が痛みながらも、リゼの顔をちゃんと見た。
「お姉様、私大丈夫だから。……行く」
そうだ。リゼはずっと自分を変えようとがんばっていた。足がすくみながら、震えながら自分でちゃんとやると。でもいつだって私は、まだ早いって、まだ守ってあげなくちゃと思っていた。
……甘いか。
私はそもそも他人との距離のはかり方があまり上手ではない。どうでもいい人を突き放すのは簡単だけど、好きな人をどの程度放していいのかわからないのだ。嫌われたくないから、失敗したくないから、探り探りして結局ずっと放さないまま。
「……うん、そうだね。一緒に行こうリゼ」
握った手はやっぱり冷たく、少しだけ震えている。それでもやめようとは言わなかった。
「んじゃまさっそくじゃが、この中で……誰ぞバイクは操縦できるかの?」
バイク? なんで?
ということで、ルークはバイクに乗ってスタンバった。
「思いっきりやっていいからの! 悪党の車庫からあらかじめくすねておいたバイクじゃから、最終的にぶっ壊しておーけーじゃ」
「えぇ!?」
すごくいいバイクなんじゃないかと、ルークは車体を見ながら緊張していた。バイクに乗れるのはルークだけなので、必然的にその役はルークになったが。
「おばあさま、なぜバイクで屋敷に突入するんです?」
「二十年前、シリウスが同じ方法でやったからじゃ。悪党め、これで昔の悪夢を再び呼び起こされるであろうよ!」
ペルソナは楽しそうだ。とっても。
私とレオルド、リゼはバイクの突入と同時にあちこちで騒ぎを起こして逃げる役回り。ペルソナがメインで悪党をこらしめるというのが今回の作戦である。
「さー悪い子は、わしがお仕置きしてやろう!」
その言葉を合図に私達は一斉に己の仕事をはじめた。
少し遠くの方でルークがバイクで突入したであろう轟音が届く。派手にやってるなー。私とリゼは一緒に、レオルドは分かれて一人、別の場所で騒ぎを起こす。
「やあぁ!」
ぶんっ!
リゼは美しい見た目に反して武骨な戦斧を扱う。実はギルドきっての物理攻撃担当なのである。可憐な見た目に騙されて、豪快に舞う戦斧の攻撃に警備の人間は慌てふためくだけだった。リゼが戦う姿を久しぶりに見たが、やはり目の前の光景のちぐはぐさに脳が理解を拒否しようとする。アルベナの呪いの影響とはいえ、腕相撲はレオルドより強いリゼ。彼女はもうちゃんと戦えるんだ。
十分に騒ぎを起こし、私達が悪党の部屋に辿り着いた頃にはだいたい終わっていた。
「えっと、この人が悪党? 泡拭いてるけど……」
「うぅ~ん、やめろぉ。くるなぁ……悪魔が、ポニーテールの悪魔がくるぅ」
うわごとも言っている。
「ポニーテールの悪魔って?」
「シリウスのことじゃよ、あやつあの頃はポニーテールじゃったから。バイクで屋敷中を暴走しながら金棒を振り回して破壊の限りをつくしたあやつは、しばらくの間、ポニーテールの悪魔と呼ばれ恐れられたようじゃの~」
怖っ。
シリウスさんのヤンチャな過去というか乱暴な本性は承知済みだが、エピソードで聞くとやはりパンチがありすぎる。
「さて、こやつはふんじばるとして、さらにやらねばならんことがある」
「やらねばならないこと?」
「やばいブツがあるはずなんじゃ、こやつがここまで悪いことができるようなブツがの。隠しているとすれば地下があやしそうじゃが」
ということでやばいブツとやらを全員で探すことになった。
悪党の隠す地下なんて、見たくないものでもりだくさんだろうけど手伝わないわけにもいかない。リゼも決心して地下に降りる階段を発見した後、降りてみた。
うん、予想していたが相当な悪い奴だったらしい。隠されたものの一画だけでも提示すれば一発アウトものばかりだ。
「うーん、捕縛には十分じゃが想像していたブツはでてこんの~? わしの勘違いか?」
ガサゴソとペルソナは目的のものを探している。これよりもっとヤバイものがあるのか。気分が悪くなりそうだ。っぽいものを探そうと私も手を動かしていると。
「……ん?」
まとまった資料のようなものが目に止まった。紙類は膨大な量あるが、私の目が止まったのには理由がある。
『メディカ男爵家に関する資料』
メディカ男爵家……それって、リーナの実家のこと?
リーナ自身は、メディカ男爵家のことはおそらく知らない。私はライオネル殿下から少しだけ聞いたくらいだが、同じ家名の別の家でなければ、この資料はリーナの実家のことだ。
『被検体S、計画通りメディカ男爵家の跡取り、アレン・メディカとの接触に成功』
『経過、被検体S、アレン・メディカの暗殺に失敗。被検体Sの回収が不可能だった場合、破棄を提案』
『経過、被検体Sの回収および破棄に失敗。追加情報、被検体Sがアレン・メディカの子供を出産。被検体Sから能力が消失、または子に移った可能性あり。引き続き、被検体Sの回収または破棄を続行。被検体Sから能力が消失していた場合、被検体Sは破棄』
……?
書いてある内容が、よくわからない。
アレン・メディカがたぶんリーナの父親のことだろう。では、被検体Sって? アレンさんの子供を産んだのがその被検体Sという人物ならリーナの母親……黒騎士に殺されたあの人のことになる。
被検体? 一体なんの。
『経過、被検体Sから能力が消失したことを確認。子供に能力が移っている可能性が向上。被検体Sの破棄、およびアレン・メディカの暗殺を続行。子供は確保指示』
『経過、アレン・メディカの死亡を確認。被検体S、子供と共に現在も逃亡中』
アレン・メディカの死亡を確認……そんな、じゃあやっぱりもうリーナのお父さんは。震える手を抑えながら読み進める。
『経過、アレン・メディカの遺体消失。死体が動いたという目撃情報あり。被検体S、深淵の者と契約を交わした痕跡。被検体S及びその子供の捜索と接触を断念』
『経過、メディカ男爵家の屋敷が何者かによって消失。男爵家血筋、家人もろとも全員の死亡を確認』
『最終、アレン・メディカの遺体および子供の行方は不明のまま。一時聖教会司教預かりになった情報があるがその後は司教レヴィオス・ガードナーによって情報の遮断、破棄、操作が散見される。誤情報に注意。被検体S、ラディス王国の牢獄にて魔人により破棄されたとの情報あり。被検体Sの破棄をもって、こちらの調査報告は終了とする。なお子供の行方が判明した場合、できる限り確保の方針』
メディカ男爵家が断絶した話は聞いた。なのでこの資料のすべてが嘘だというわけでもない。でもあまりに突拍子もない単語が並んでいて、どう受け止めていいかわからなかった。
でも覚えておかなくてはいけない箇所がある。
『アレン・メディカの遺体消失』
『子供の行方が判明した場合、できる限り確保の方針』
誰かが遺体を盗んだのか、それとも本当に目撃情報のように死体が動いた……?
思いもかけない情報を得てしまった。リーナになんて伝えたらいいんだろうか。報告は終了になっているが、リーナの居場所が知れたら再び何者かに狙われることになるかもしれない。
資料を持つ手に汗がにじんだ。




