■39 言葉は届かない
「お……おばあさま?」
「おぉ! よい響きじゃ! もっと呼んで~」
子猫のようにじゃれついてくるペルソナちゃ……ペルソナおばあさま。とても可愛いが、シリウスさんの分裂元で人間でいうところの母親のようなもので、私にとってはおばあさま。
……脳みそがぐるぐる中。
「えーっと、情報をまとめたいんだけど……。ペルソナおばあさまは、シリウスさんの分裂元でアルベナで、そして――大陸の人々が≪魔王≫と呼ぶ存在?」
魔王、という単語にペルソナは目を瞬いた。
「ほう? わしの正体がアルベナとわかっているうえに、魔王であることも知っておるのか」
「……スーラント王家、フェルディナンド殿下から魔王領より離れたもうひとつの魔王の気配が帝国にあると知らせてもらっていたので」
「なるほど、現王家の次男坊か。あやつ、本当に鋭い子じゃな」
「それじゃあ」
「うむ、いかにも。わしこそが、この大陸を恐怖に陥れる存在≪魔王≫じゃ。まあ、本体は魔王領におるからこの姿では本気は出せんが」
本体? 疑問が顔に出ると、彼女は続けてくれた。
「言うたじゃろ、わしは特殊でな。分裂とは違った形で肉を分けられる。わしは魔王本体からちぎった一部、それを自由に動き回らせておるのじゃ。さすがに女神によって仕組まれたシステムから逸脱できるほどの力はない」
なるほど、魔王の気配が二つあるとはそういうことだったのか。
「おばあさま、純粋な疑問なんですが……あなたはどうして魔王から分かれて帝国へ? 魔王自身が女神への反旗をひるがえしたと?」
「うーん、そうじゃのう……。魔王とはそもそも始祖のアルベナが女神によって七つにわけられ自由を奪われ憎悪に染まった塊のひとつ。自我はとうに失くし、別の個に変わることもできず女神の仕組んだシステムにとりこまれ、されるがままとなった。意思無き憎悪の塊はやがて、与えられた一族を呪い、蝕みながらゆっくりと滅びへ導く。女神にとって七家とはそもそも贄として選んだ者達だ」
「贄……」
とうの呪われた一族の末裔であるリゼが息苦しそうに小さくなった。
「七家は大陸に繁栄をもたらし、そして最後にはアルベナともども滅んで消えるよう時限爆弾のようにそれを設置した。クサイものは最終的に消してしまえばいい。仕掛けそのものが消えてしまえば、それは最初からなかったことになるからの。上手いやり方よ」
鼻で笑ったペルソナは心底胸糞悪いと言っているようだった。
私も気分が悪い。リゼは、なんとなくわかっていただろうが目の前ではっきり言われると寒気を感じるほどなのだろう、顔色が真っ青だ。
「世界が大きな戦へと導かれる前に、すべてのヘイトを引き受け倒されることによって人間の滅びをくいとめるシステム。勇者と聖女が立ち上がり、悪を滅ぼす輝かしきシナリオ。人間は正義に熱狂し、時の流れの中でそれを忘れて己の中の残虐性に酔いしれる……その前に再び魔王は復活し、正義の使者が現れて、繰り返す。破滅に陥らない女神の描いた人を導く循環だ。沢山の犠牲がある、だが確かにそこには多くの平和があるのだ」
何度も悩まされる本質であり、事実。
私が、私達がなにをどうしたいのか。事実を知って公表しても意味がない。いたずらに不幸になるひとを増やすだけの革命。知らない方がいいこと。でも、贄の側からしたら、なんてことしてくれたんだという憤りがモヤモヤとなって胸の中に沈んでいく。
笑って他人を道ずれにできたらどんなに楽なんだろうか。
「魔王は最初、なんの意思も感情もなかった。最初は女神に散り散りにされた怨念があったが、スーラント家にとりついて、さかしい王が女神に取引をもちかけた後は、すべて失った」
「取引?」
「それは……まあ、あれも必死であっただろうしくわしいことは口をつぐむよ。祖国の王族の祖先がしでかしたことなど今の人間が知ることではない」
なにをやったんだろう。口ぶりからろくなことではないだろう、聞いてしまったら以前と同じ目で彼らを見られるか自信がなくなって、それについては忘れることにした。
「失って、無の中で何度も何度も死んだ。切り刻まれて、断末魔をあげて……何度も何度も。無ではあれど、痛みに泣き叫ぶ本能は残っていた。痛いと叫んでも、言葉は届かない。おぞましい化け物へと姿を作り変えられた魔王は、人間にとってただの憎悪の対象でしかない。アルベナの生命力はもとより強い、致命傷を負っても仮死状態となり、幾年も過ぎれば復活する。その特性を使い、女神のいいように死と復活を繰り返した」
ペルソナは淡々と語るが、それは彼女が経験してきた記憶だ。魔王からちぎれた一部とはいえ、同じものを共有しているだろう。
「魔王領には魔族と呼ばれる者達がいるだろう? あれはわしと同じように魔王からちぎった一部で作られている。わしと違って、存在できる時間はそれほど多くはないがあれらに適当な自我を与えて動かしている。魔王とて黙って死にたくはなかった、自己防衛本能だ。たま~に、人間といい仲になってしまう個体もおるが、それはそれじゃな」
魔族と魔人は同じ存在として認識されることが多い。だが、ペルソナの話を聞いているとまったく別物のようだ。
「本能しか残らなかった魔王だったが、ある日突然、世界が変わる。……そう、シリウスの誕生じゃ。シリウスは数奇な運命をたどることになった。人の中で育まれ、たくさんの人となりを体験した。それはシリウスを通して、魔王……わしにも届いた。人間らしさを覚えた魔王からわしは形と自我を手に入れ、世界を回ろうと考えた、それがはじまりじゃな」
旅の中で彼女はなにを見て、考えたのか。ペルソナは愛おしそうに私を見つめた。私とシリウスさんの短かった家族の時間を彼女も見ていたと。
だからこそ、そう彼女は拳を固めた。
「わしは、女神をぶん殴りに行くんじゃ」




