■36 歌詞は最悪なのに
帝国領の港町の一つヨコハマ。交易ですら制限の多い帝国だが、港町までは外国人が複雑な手続きをしなくても一時の滞在を許される数少ない場所である。それゆえか、帝国人と外国人との混血の人々も多く、都心ほどよりは黒髪が少なく感じられた。
建造物なども帝国風ではあるが、皇都のような四角い無機質な箱のようなものはあまりなく、優れた技術を他国に知られないようそのあたりは抑えられた王国でも一般的とされるレンガ造りなどの建物の方がぱっと見ても多いと感じられた。
フェルディナンド殿下からもらった情報を頼りに、私達は転移装置なども使用してヨコハマを訪れていた。便利だからと使い方を教わってスマホに連絡先も入れられた。今後も多忙ではあるだろうが彼とは連絡がとれそうである。ももさんとも連絡先を交換し、彼女の能力である≪変身≫を一度だけ使用可能になる魔封石までもらってしまった。ももさんは黒髪ではないと思ったが、あれは染めているだけで地毛は黒なんだそう。覚醒者である彼女は能力を使え、その力を特殊な石に込めて他人が使用できるようにまで加工できるそうだ。すごい技術である。
体を変質させるような魔法は禁忌なものが多いが、能力であれば危険も少なく使えるんだろう。
殿下は王国外交官としてのもともとの仕事もあって、移動するアルベナの気配を気にしていたがそちらへの仕事に戻り、後のことは私達が調べることになった。魔王と関係ありそうとなれば、私達としても興味がある。
私は今、自分を見失っている状態だ。
一時の目的はできたが、先行きは不透明。とにかく情報、情報、情報である。世界の根底がひっくり返っているのであれば、もはや女神などより魔王の方がよほど話ができそうな気すらするのである。
「でも殿下が一緒じゃないのは、少し不安ね。気配がすでにヨコハマから移動している可能性もあるし」
ヨコハマはそこそこ面積も大きい。姿がわからない以上、すれ違いは大いにありえる。
「だ、大丈夫……私、たぶんわかるから。アルベナの気配、まだヨコハマにある」
リゼがガタガタ震えながら返事をしてくれた。ヨコハマは港町だけあって活気がある、そして声がでかく怒声に近いような声もあちこちとあがり、なんというか品はない。人通りも多いが、それを抜きにしてもいちいち聞こえてくる海の男達の声にリゼがびびりまくっているのだ。
「さすがに細かいところまではわからないけど……」
「いやいや、十分よ。とりあえず宿をとりましょうか」
転移装置での移動がほとんどだったとはいえ、車移動も間に挟んでいる。酔いやすいリゼは、体調が安定していないしヨコハマの空気感は彼女と相性が悪い。早くゆっくり休ませなくては。
宿泊場所は海が一望できる、絶景オーシャンビューな大きな角部屋をももさんが予約してくれた。宿代は殿下持ちという贅沢な部屋だ。女子と男子で寝る場所も分かれていてグループで泊まりやすい部屋割りになっており、存分にくつろげる。
私達は旅の疲れもあって、荷物を適当に放り投げると、ふっかふかの巨大クッションに飛び込みゴロゴロした。おすすめと言われていたとおりキラキラと太陽の光に反射する青い海が地平線の向こうまで広がって、大小さまざまな船や鳥の姿も見える。
綺麗な海の景色は、まるでゆりかごの中で揺られているかのように心身を癒してくれた。帝国は寒い国で南国で紹介されるようなコバルトブルーの色ではないけど、環境がいいのかゴミの姿もない。
殿下からは、『ポイ捨てはケースによっては重い罪にとわれることもあるから気を付けるように』と言われている。メンバーの中に、ゴミを道端に捨てるような人間はいないが、王国にはそれほど厳しい取り締まりはないので、少々驚いた。
そういえば皇都もそうだが、道にゴミが転がっている様子を見たことがない気がする。徹底的な綺麗さが帝国にはあった。王国にも環境破壊の問題が少しずつあがりはじめていると聞くし、やはり後々問題が大きくなれば厳罰化もあるのかもしれない。
「さてさて、ゴージャスな部屋でゴロゴロしてばかりもいられないってことで、さっそく行動しようと思うんだけど、やみくもにアルベナの気配を探るのは無謀過ぎるかなと思うんだよね、やっぱり」
リゼがこくこくと頷いた。
どんなにがんばっても、リゼの気配探知はヨコハマにまだとどまっているか否かくらいしかわからないようだ。
「そこで、私達はギルドだし、仕事をいくつか受けようと思うのよね」
「確かももさんの話じゃ、こういう外国人が多く立ち寄るようなところではギルドがあったりするんだよな?」
ルークが宿の人にもらったヨコハマ観光マップを手に、地図を広げながら言う。
「こういう色んな人通りの多い町はトラブルも多いし治安も悪いからな。ギルドっていうのは多くの国で採用されている職だし、騎士がやるには面倒なことは大抵ギルドにまわってくるってわけだ」
そういう仕組みは王国と大差はない。王国では騎士は警備、警護、犯罪の取り締まりなどを主な仕事として請け負っており、こまごまとしたようなものはギルドに依頼として持ち込まれる。
「港近くにジオさんの天馬みたいに情報や仕事の斡旋を主にやっているギルドがあるから、そこで依頼を受けてみましょう。ギルドにくる依頼っていうのは、その町の顔を表も裏もみせてくれるもんだからね」
帝国を移動するアルベナの気配が、なにを目的に行動しているかわからない以上、予測を立てるにもやはり情報が重要だ。ヨコハマという町を知れば、おのずとアルベナの気配の目的にも近づけるかもしれない。仕事を受けるにあたって私達の入国審査的な情報が必要になりそうだが、殿下が調べたところによると偽造の入国許可が私達に降りている状態らしい。魔人側がなにかやっているだろうとは思ったが、誰がやっているんだろう? まあ、動きやすくはあるが。
私の案に反対する者はおらず、とりあえず一陣として私とルーク、レオルドが港にある情報ギルドへと足を向けることになった。
サラさんと残りの子供達は、宿で休みつつヨコハマをこれからどう歩くか、重要そうな場所はあるか調べることになっている。
「夕食は六時から八時半までとなっておりますので、できればそのお時間までにお戻りください」
宿のフロントにでかける旨を伝えると、レストランの時間を伝えられた。朝昼晩のご飯つきなので、できれば逃したくない。いい宿だし、絶対ご飯おいしいでしょ。
現在の時刻は三時過ぎ、なんとか八時までには戻りたいと思いながら宿を出た。
海は~広いな~潮風が~目にいてぇな~。
塩水は~飲んだら干からびる~。
テキトウな鼻歌を口ずさむ。
「歌詞は最悪なのに、歌はうまいよなシア……」
ルークが、ガッカリしている。
いやぁ、これでも一時期教会に住んでて聖歌隊のアルバイトもしてたもんで、歌はそれなりに。
レオルドもいい歌声、と褒めてくれるので私は調子に乗った。悪癖だなぁとは思うけど、褒められなれてないからか、すーぐ乗っちゃうんだよね。
気持ちよく変な歌詞であることを自覚している自作の鼻歌を披露しつつ、歩いていると。
「これがヨコハマ港名物、紫クラゲアイスか! おいしそうじゃの~」
「えぇ……酷い色だけどな」
前から歩いてくる子供達の姿を目視するのが遅れてしまった。気がつけば至近距離にまでいってしまい、もう避けることは不可能だった。
「ぎゃんっ!」
「ぎゃふっ!」
私はアイスを食べようとしていた女の子に派手にぶつかってしまったのだった……。




