■34 不思議に思ったことは
フェルディナンド殿下の言葉が、確かに耳に響いて脳に届いたはずなのにまるで理解が追い付かなかった。あまりにも想定の範囲外過ぎて、その二つの繋がりすら見えてこない。
魔王がアルベナの一部。
それはありえるかもしれない話だ。女神は最初からアルベナの欠片を色々となにかに利用しようとしている節があった。だがその出所がスーラント家に与えられたアルベナであることは考えていなかったのだ。今の王族は全員比較的まともである。呪いの影響が最初から感じられなかった。だから今もどこかに封じられているのだと、勝手に思ってしまっていたのだ。
レオルドをはじめ、他のメンバーも唖然とした顔のまま、なんとか内容を噛み砕こうと必死になっている様子である。シャーリーちゃんは事情をあまり知らないのできょとんとしていたが、周囲の空気を悟ってなにも言わないでいる。
「各地、それこそ国外を訪れて回ることが多い私は、王国に伝えられているものと他国に伝えられているものに齟齬があることはすぐに気がついた。だから伏せられたアルベナの伝承や心臓を分け与えられたとされる七家の話はわりとあっさり知ることができたんだ。ラメラス信仰が強めの王国では禁書は閲覧できないことが多いけど、ふところに入り込んだ他国の人間にちょっと本を借りてのぞき見ることは難しくなかったからね」
フェルディナンド殿下はそもそも信仰が厚くない。困ったときの女神頼みのようなことはしても、熱心にお祈りに通ったりしたことはなかった。多忙なのもあるが、気質的に多くのものを取り込みたいという欲求がある彼は一つの考え、信仰にとらわれるのがなにより怖いと思っているようだった。
「女神の慈悲の伝承がまるまるひっくり返るような話でも私は別に信じるも信じないもなかった。そこにはそういう風に伝わっている。そういうものである、というようにひとつひとつ並べて積み立てていく。嘘か本当かなんてその時の人間でないと知る由もない。でもすべてを否定せず、そこにあるありのままを広げると意外と一つの線を繋いだような形になった……」
それがスーラント家のアルベナが魔王である、という仮定の話に辿り着いた。
「君達は王家男子の髪の色を不思議に思ったことはないだろうか?」
ラディス王国スーラント王家の男子は代々全員が黒に近い髪色に一房だけ白いメッシュが入っている。他にはない髪色をしているのだ。それが王家男子の確固たる証として存在している。誰もが、その髪色を王族だからそういうものだと、という認識しかしていない。皆がそうだろう。そこになにか意味が含まれているなんて考えようともしない。
「我々の髪は全体的に黒い……だが実は黒ではない」
そう、黒に近い色、だ。私も最初は自分と同じ黒だと思っていたが、リンス王子から黒じゃないらしいよという話を聞いたことがある。確かに自分のと比べると若干違う。少しだけ深い緑に寄っているかもしれない。だがそれはじっくり比べてみないとわからなくらいの差だ。
「黒ではない、それはつまり王族が覚醒者ではないということだ。そして……この白はなにを連想させるだろう?」
……白い髪、それは。
「悪魔病、ということですか……?」
フェルディナンド殿下だからこそ許されるような不敬な台詞だ。だが、私は冷静にそう口にした。彼は静かに頷いた。
「悪魔病、それは今もなお正確に解明されていない不治の病だ。体内の魔力が暴走することで引き起こされるとされてはいるが……なぜそうなるのかはわからない。ただ症状として瞳は赤くなり、髪は白くなる」
赤い目と白い髪は、聖教会の聖典によれば悪魔の姿だとされる。そしてここでいう悪魔とはアルベナのことだ。だから同じ特徴を持つこの病を古くから悪魔病といわれ忌み嫌われてきた。
「銀髪と白髪は似て非なるもの、私達の持つ白は確かに白髪の白なんだ。聖教会の教えが根強い王国で王家が悪魔の色の一つである白の髪を一部であろうと持っている。それでもこの王家男子の髪が高貴とされるのは大昔からの印象操作からだ。≪これはこういうものである≫そう教え込んでしまえば、忌避する者はいなくなる。君達が考えもしなかった、というのは当然のことだね。そうされてきたのだから」
だからこそ、『教え』というのはある意味恐ろしいものなのだとフェルディナンド殿下は呟いた。
「人は与えられた知識と考え方でしかものを考えることが基本的にできない。国や文化、年代というささやかなものですら知識や考えは様変わりする。≪ありえないこと≫ことこそが≪ありえない≫のだと、頭の隅に常に置いておかなければ、真実など追えようがない。だから導いたこの仮説が、いかに己に不都合であろうとありえないこととして終わらせてはいけないと思う」
だから私達に情報の一つとして与えたと、フェルディナンド殿下は言った。この情報をどうするかは私達に任せるとも。
「だがそれほど真実とかけ離れた仮説でもないと私は思っている。この血が、今は呪われていなくとも引き付けるなにかを帝国に感じているんだ。それはつい最近からで、しかも移動していると思われる」
「え? それはどういう……」
私達は首を傾げたが、リゼだけがもしかしてとハッとした顔をあげ、声を振り絞った。
「一族にとりついているアルベナの気配を感じる……のですか?」
「ん? ああ、そうか君はベルフォマの最後の娘だったね。そう、なぜか帝国を移動するような気配を薄々感じるんだ。それがそうとは言い切れないが、一応ね。私の仮説が本当に正しければ魔王は魔王領にいてそこから動くことはないはず。だが、私には二つの魔王の気配を感じるんだ」
「えっと、リゼもアルベナの気配って感じるもの?」
小さくリゼは頷いた。
「私は私の中のアルベナならはっきりとわかるの。今、いるかいないか。眠っているか、起きているか。普段はあまり私という存在を邪魔してこないけど……きっかけがあれば表にでることもあって。私と繋がりながらも外側をふらつくこともたまに。そうすると彼女がどこにいるかちゃんとわかるから」
それに、ともう一つ付け加えた。
「アルベナと歩み寄ることが少しはできたからか、別の家にとりついたアルベナの気配も集中すればわかるときがあるの。殿下の言う通り、ずっとざわざわしたなにかを感じてた。でもはっきりとなにとは言えなくて」
リゼが言うならばもうかなり可能性は高いのではないだろうか。
「ま、魔王が帝国をうろついてるってのか?」
ルークが少し顔を青ざめさせて言った。魔王と勇者、聖女の関係は世界を円滑に回るためのシステムであることはここにいるギルドメンバーには周知の話だ。それでも魔王という存在は未だに未知で、怖いものである。魔王は魔王領にいるもので、他の国を侵略した話はない。勇者と聖女が英雄伝に語られるように討伐するからだ。
「そうなるね。だが、帝国でなにか大きな被害が出たという話はないし、気配の動き方からするにある程度目的をもって移動しているように思えるかな」
フェルディナンド殿下は、帝国の地図を持ち出した。ホテルに常備されているもののようだ。それを指し示して、言った。
「現在、魔王の気配はここ……港町ヨコハマにある」
それはアキバからはるか東の果てにある大きな港町だった。




