■33 そういう設定
「殿下? フェルさんが?」
「……っていう設定なんだよ。ね?」
私の叫びに、ももさんが首をかしげたのを見てフェルディナンド殿下が若干の圧と共に笑顔で私に言った。さすがに一国の王子様が異国の地下ライブ会場でオタク文化を堪能しているとバレるのはマズい。
あまりにも驚きすぎて失態をおかした。
他のメンバーは口を必死に抑えていたのに!
「はい! そういう設定です!」
騎士団の声出し並みの腹から力強い返事をした。
「そういえばシアちゃんは、エリーとも顔見知りなんだったね。なら、お兄さんのフェルさんを知っていてもおかしくないか。説明しなくていいのは助かるわ」
ももさんは姫様や殿下に対してかなりラフな態度をとっていて、かしこまった様子はない。おそらく友人として付き合いのある人物が、王族とは知らないのだろう。ならばももさんにも余計なことは言わないように気をつけないと。
「フェルさん、代打ありがとうございました! いやー、突貫だったのにさすがうまいっすね。運動神経抜群、そしてイケメンとか羨ましいっす」
「いやいや、私の方こそ貴重な体験をさせてもらったよ。色々なダンスに触れてきたが、またレパートリーが増えた」
ヲタ芸チームとにこやかな雑談を交わしつつ、殿下はこちらに来た。
「せっかくだ、ライブを楽しんでから話そうか」
ということで、私達はももさんお勧めの地下アイドル達のライブを楽しんだのだった。
「殿下って本当になんでもやりますよね……」
王城でお世話になっている間、たまにフェルディナンド殿下とお話する機会はあるにはあったが彼は外交が主な仕事で城にいること自体が少ない。なので姫様達やリンス王子より接点がかなり少なくて、彼の話は主に妹弟達からの情報になる。
後は親友だという、クレメンテ子爵だろうか。あの人は、癖の強い二人、ソラさんとフェルディナンド殿下を唯一制御できる方として周囲から重宝されている様子だったし、子爵自身も『面白いよね』という友人に対するシンプル感想なので本当に子爵はすごい人だと思う。色んな意味で。
「普通の人間の一生なんて刹那に駆け抜けていくものだよ。一度きりの人生なのだから、なんでもやってみなければもったいない。たとえ自由のきかない身分であろうとも、やれるものはやりたいんだ私は」
そんななにごとにも挑戦、経験を好奇心の赴くまま……自由奔放にやっているとみせかけてその実、王国のためのみに動く王家の男だということを私はなんとなく知っている。
誰が言っていたんだっけか……フェルディナンド殿下こそが王国の献身であり、誰よりも冷徹に国を守れる王族なのだと。
『あれは、王国のために他国をたやすく滅ぼせる。ためらいなく、一切の慈悲もなく……だからこそライオネル殿下が次期国王で、フェルディナンド殿下が外交官なんだよ』
彼のことは半分信頼して、半分距離をとりなさい。それが正しい付き合い方だから。そう丁寧に教えてくれたのは……そう、クレメンテ子爵だった。
「王国にはない独自の文化、歴史、システム、アイテム、興味深いもので溢れている。すべてに触れて、すべてを知りたい」
「あいかわらずのフットワークの軽さですね」
護衛の一人もついていそうだが、私が見る限りでは殿下は一人だ。身分が明らかになっていないし、彼自身がかなりの手練れのようなので、心配もあまりないのかもしれないがそれにしても護衛がいなさすぎである。
ライブの後、落ち着ける場所で話をしようということで、ももさんの運転する痛車に再び乗って私達は格式が高そうなホテルのお茶ができるスペースをお借りして、おいしいお茶とケーキをいただきながら話し合いをはじめようとしていた。
ももさんは、込み入った話だろうし席を外すね。と、気をきかせて一階のロビーで待っていてくれるそうだ。ここは貸し切りの専用スペースで、私達以外の人はいない。話を聞かれる心配もないだろう。一応、フェルディナンド殿下が盗聴されていないかチェックをしてくれた。
「さて、君達が帝国の情報を集め、この先をなんとかいい方向へ進めようと歩き始めたことはイヴァース殿から聞いて知っている」
「あ、そういえば副団長、色々と独自で動いてくれていましたね。あまり詳細は知らされていなかったんですけど」
「まあ、彼も彼で考えがあるだろうからね。これは言っていいと思うから言うけど、実は君達を援護するためのチームが結成されている」
「「「えぇ!?」」」
驚きの声をあげたのは私だけじゃなく、他のメンバーも思ってもみなかったのか思わず声をあげてしまったようだ。
「君達が思っているより、君達の味方は多いよ。人望の賜物だね」
「その、メンバーを聞いても?」
殿下の口から出た名前には、驚きもありつつも感謝しかない人がほとんどだった。しかも他にも細かく協力者はいるらしい。アギ君とか他のギルドの人達なども。
「君が思っているよりも状況は絶望的では決してない。最終的に願った目的地に辿り着けるのは、神業でも反則技でもなく、様々な人の力だ」
言葉は優しかったが、殿下の声音はどこか冷たい印象があった。それは理想論ではなく、彼が盤面を動かす一手として現実的にそれがなによりも強力なものであると知っているからなのだろうと思った。私達を勇気づける言葉だと思いきや、彼の思惑は別にある。そういう人であると心の横に留め置かなくてはいけない。
クレメンテ子爵の助言は的確だから。
「私は知りたいことがあると、それを調べにどこへでも己の足で行ってしまうから補則を難しくさせてしまうが、一方通行とはいえ的確な情報を伝えられる。今回、今のタイミングで君達に会おうと思ったのは、今ある私ならではの情報を与えられると思ったからだ」
殿下ならではの情報?
今はなんでも欲しいものだが、彼は一体なんの情報をくれるのか。
「君達は悪魔の心臓を分け与えられ、呪われた七つの家の話は知っているだろうか?」
「あ、はい。司教様からそれなりには」
ちらりとリゼの方を見た。ベルフォマ家は呪われた七家の一つだ。彼女自身が今、呪いの当事者として苦しんでいる。
「アンガルス家の暴走と消滅を境に、女神の至宝と思われていたソレに恐れと疑念を抱いた残りの六家はそれぞれの方法で悪魔の心臓を封じた。だが時が経ち、封はほころび人は欲に溺れた。ゆえに、現在はほとんどが呪われた状態にある。……王家以外は」
確かにそういう話だった。
「王家、スーラント家だけは封を破っていないってことですよね。司教様もスーラント家がどこに封じたのかはわからないとおっしゃってましたが」
「それはわからなくて当然……というよりも、アンガルス家以降どの残された家よりも早く封を破ったのはスーラント家なんだよ」
「え、それってどういう……? ライオネル殿下が実は密かに呪われていると?」
フェルディナンド殿下が首を振った。
「私は次男ゆえ、王家の禁忌に触れるような深い情報は伝えられていない。兄上ならば知っているかもしれないがあの人が秘密事項をもらすようなミスはしないから、私があらゆる場所、手を使って調べ上げた情報から組み上げたものではあるが、ひとつの仮説をたてるに至った」
仮説だけれど広めるような愚かなことはしないで欲しい。そう、口止めをされた後、殿下はとんでもない言葉を口にした。
「スーラント家にとりついた悪魔は、確実に解き放たれている。そしてその悪魔こそが……大陸を混沌へ導く、『魔王』の正体だ」




