■29 呼んだら五分以内に来て
「え? 帝国旅行に?」
屋敷を訪ねてきたリクに、私達が慌ただしく準備している姿を不思議そうにしていたので説明すると唖然とした表情をみせた。
それはそうかもしれない。旅行なんてのんきなことを考えているようにしかみえない。
ギルド会議で話し合ったことをかいつまんでリクに伝えると、なるほど……と納得したように頷いた。
「そういえば、ちょっと久しぶりじゃない?」
最初に会ってから、たびたび顔を出してはいたがリクの姿をちゃんと見たのは久しぶりのような気がした。私が色々と出かけていたこともあるかもしれないが。
「あーえっと……本当ならもっと早く来るつもりだったんだけど。頼まれごともあったし――」
歯切れが悪い様子で、リクがもごもごする。
何回かの対面でリクとは同い年ということもあり、最初の方からだいぶくだけた雰囲気で話せる間柄にはなっている。だが、私はリクのことを全く知らない。私生活とかさっぱりだし。帝国騎士として仕事をしてはいるようだけど。
立ち居振る舞いはベルナール様のそれにそっくりで、歩き方も同じだから騎士として体幹もしっかりしてそうだし、剣の腕もたつ。ルークが手合わせできないかとソワソワしていたが、その様子に気づいているようだがリクが立ち会ったことはない。それとなく避けている気配がするので、空気を読んでルークも試合を申し込んではいなかった。
リクってめちゃくちゃ態度で社交辞令がわかりやすい。素直ともとれるがトラブルになることが多そうで若干いらぬ心配をしていたりする。
「騎士のお仕事で?」
「いや、全然。俺は国境線配備じゃないから、帝国の特性上都心での騎士の仕事はあまり多くないんだ。大抵皇城警備持ち回りくらいで」
「そうなんだ。じゃあ、なんで……?」
「……オークルの」
おーくる?
「オークルのラズベリーパイが食べたいと言われたから、その味を再現するために修練を」
「……はい?」
言っている意味がわからなくて首を傾げた。
「人気菓子店オークルの人気商品なんだ。予約販売でなかなか買えなくて、でもどうしても食べたいと言うからそのパイを食べたことのある人に頼んで味の再現度をあげていて。昨日ようやく彼女に満足してもらえたから……解放された」
ん?
んーっと、それはつまり。
「彼女にパイを頼まれたけど買えそうにないから、なんとか味を再現して作ってあげた……と?」
「そう」
なにをどう突っ込めばいいのかなコレ。
「その彼女って……リクの恋人?」
「いや、そういうわけじゃない」
恋人でもない彼女の、わがままとしかとれないことをなんとかして叶えようと行動したリクに脱帽と共にさらに心配になった。
「前も同じようなことで同じようなことをしてなんとかなったから。今回も最終的には喜んでくれた」
微笑むリクは嬉しそうではある。
大丈夫か? 都合のいい男になってませんか?
お姉さん心配です。
「シア達が帝国旅行に行くなら案内役と護衛役もかねて俺もできれば一緒に行きたいが」
「あ、いいと思うよ。情報を集めようにもぱそこん? っていうの難しいし、すまほも全員不慣れで」
案内役がいるのは大変ありがたい。リクならちゃんと仕事をしてくれそうだし……。
そう思っていると。
ぴぴぴぴぴ!!
聞きなれない音が響いた。
電子音というのか、作られた音だ。これはたぶんスマホの音。
「……あ」
ポケットから予想通りスマホを取り出すと、リクが画面を確認して声をもらした。
「ごめん、用事が入った」
「お仕事?」
「いや、彼女が買い物に付き合えと」
「…………」
どう反応したらいいかな。
案内役を買って出た次の瞬間に一考する間もなくリクは『用事が入った』と口にした。それはつまり案内役よりも彼女のことの方が優先順位が彼の中で高いということだ。
「あ、えっとどうしよう」
自分で口走って、私が微妙な顔をしてしまったせいか彼は自分の発言の意味に気がついて戸惑っていた。これはなんというか『彼女』の教育が行き届いているというか……。
「こっちは別に必須というわけじゃないけども」
私としてはこっちを優先してくれなんて言えない。言葉通り案内は必須じゃないし、彼女からの用事に付き合いたいならそうすればいいと思う。彼女との関係はいらぬ世話心で心配だが。
リクは発言しておいて案内役についても優先度は高い方と考えたのか迷った様子でいると今度は違う着信音が鳴り響いた。
「で、電話が……」
かかってきたらしい。
この短時間で返事がこないからと電話をかけてくる彼女に若干の恐怖を感じるのは私だけかね?
「で、でないと」
ちらりと私の方を気にやるリクにでなさいと目線で合図。早く出ないともっと怖い目にあいそうな気がする。
「……もしもし」
リクは電話に出た。なんだか会話をしているようでいて、一方的に相手から言われているだけでリクは相槌くらしか打っていない。相手の声はあまり聞こえないが、少しいら立っている雰囲気は感じられた。しばらく続いて、電話は切れた。
「……シア」
「あ、うん。こっちは別にかまわないから」
リクも成人しているし、女性関係を私があれこれ言うもんでもない。すっと私は片手をあげて、踏み込まないように自分の心配する気持ちを制し下がった。
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「呼んだら五分以内に来てよね」
電話がきれてからリクはかなり急いで指定の場所まで走ったが、それでも彼女はご立腹の様子だった。
「すまない……メリル」
彼女はゆったりとベンチに腰掛けていた。白い肌に長い金色の髪、若葉色のドレスをまとう彼女、メリルは深層のご令嬢のような風体だった。瞳の色はわからない……両方とも常に閉じられているから。
そう、メリルは盲目だ。
「帝国は拠点の一つではあるけど、目をつけられないように力は極力抑えてるって知っているでしょう? いつものようには歩けないの」
メリルの横には杖がたてかけられている。普段は使わなくとも、どこになにがあるか彼女は≪わかる≫が、普通の人間のようにふるまわなくてはならない時は、どうしても杖が必要になる。
「自由に歩きたいの」
「わかってる」
リクは慣れた様子でメリルの手をとった。メリルも当たり前のようにその手をとって立ち上がった。杖も片手に。だがリクがいれば杖はあまり必要ない。
「行きたいところに行って、食べたいものを食べるの」
「うん」
リクはメリルに逆らわない。
その関係がどこか歪といえば歪。だが二人ともすでにそれが当たり前かのようにふるまう。
「……貴方は、どこまで私の言うことを聞くのかしらね?」
「全部、俺のできることなら」
「ああ、素敵ね! それでこそ、私の可愛い騎士だわ」
上機嫌な令嬢と、付き従う騎士は通りすがりの人間にどう映っただろうか。
主人と従者に見えただろうか?
わがままな彼女と気弱な彼氏に見えただろうか?
歪んだ存在の二人は、普通の人間のように雑踏に混じって消えていった。




