■28 こんな気持ちだったのかな
ええいっ!
私の周りの男はどいつもこいつもっ!
私はぷりぷりと怒りながら帰路についていた。傍にジャックはいない。やつは、人様を笑うだけ笑って唐突に意味不明にいなくなった。
最近、私野郎ども(ノアは性別ないが)に振り回されるだけ振り回されて最後放置されていないか!? 帝国は車移動が普通なくらい広くて屋敷に戻るまで女子の足だと大変なんですけど。
歩きますけどね! こちとら野良聖女だったんで、元勇者からは最初から最後まで塩対応でしたしっ。
…………。
クレフトの顔を思い出して足を止めてしまった。
あれがギルド大会でああなったのは、私のせいだ……なんて殊勝なこと思わない。用意された道だったとしてもそこから出る抜け道も確かにあったのだ。ルークやリーナ、そしてレオルドもそうして贄として終わることなくここにいる。
あいつは堂々と喧嘩すりゃよかったのだ。私と。
思えばクレフトの私への態度は、恐怖からくる拒絶だったのだ。それを魔人達が突っついたことで暴発した。ギルド大会の裏ではジャックが暗躍していたし、クイーンもいたのだ。おそらくジャック、もしくは二人が最悪をさらに最悪に貶めたに違いなかった。
クレフトはあれからどうなったのか。
キングの話が本当なら、彼はもうこの世にいないことになる。贄として最悪の結末を迎えた。
「あー……サイアク」
さすがに疲れて適当なベンチに座って空を見上げた。今日の夕方からギルド会議だったのに、もう夜のとばりがおりようとしている。大遅刻だ。帝国には携帯電話という小型の通信機が普及しているが、あいにく私は持っていないし、使い方もわからない。連絡手段がなかった。
皇都は明るい。空が暗くても都市の明かりが空を照り付け、星が見えにくかった。
だが。
「聖女座は、けっこうはっきり見えるのね」
こんなに煌々と照った空でも霞むことのない存在感。
『聖女、美しく清廉。そしてその心臓は鋼。決して折れることなく、立ち向かう者』
『はい?』
『聖女座の言い伝えだ。言い得て妙だと思ってな。それと聖女座の星言葉は≪勇敢≫≪癒し≫≪あなたを守る≫だったかな』
「決して折れることなく、立ち向かう者……」
私は聖女なんかじゃない。いいように使われた、正体不明の存在。あるいは化け物なんじゃないかと自分自身がそら寒くなるくらい怖い。
だが、あの時……ベルナール様は、私をそう言った。
あれからずっと、この言葉は胸の奥にひっそりとあった。聖女であろうとなかろうと、そう言われたことが私にとって偽りのない真実だ。
ベルナール様は、私にお世辞を言ったりしない人だと知っているから。
ポラ村での事件で、私は……私達ギルドは真の意味で『はじまった』のだ。
「メグミさんもこんな気持ちだったのかなぁ」
体よく利用された、聖女としての肩書。途中で乗せられているだけだとメグミさんは気がついたけれど……旅の仲間達と絆を育み、『聖女』を貫き通した。きっかけはなんであれ、メグミさんが一番欲しかったものがそこにあったのだろう。
よいしょっと、私は再び歩き出した。
目の前の問題はあまりにも大きすぎて、今でも全容はつかめていないが。
『そうだ、一つ情報を伝えておくよ。君達ギルドは教会から指名手配されていない』
『え!?』
『仮にも聖女として立たせた者を罪人としてしまうのは、あちらも体裁が悪いんだろうね。ただ、君達を血眼になって探していることは事実だ。ラディス王国の騎士に追いかけられることはないだろうけど、教会関係者から色々とこじつけられて教皇の元に連れ戻されるオチは見える』
すべらない話をしろと言われた席で、せめてもの反撃としてスイーツを爆食いしていた私にジャックがくれた大きな情報。
結局は王国に戻るのは危険、だけど指名手配されていない事実は大きい。私達は女神信仰という一大組織から罪人のレッテルを貼られていないのだ。信仰心は人の心を操作するのに大きな一つの手段ともなる。一番厄介になる手を打たれていないのは救いだ。
――ププっ!
物思いにふけりながら歩道を歩いていると、いきなりクラクションを鳴らされた。音の方を見れば、車の運転席の窓が開けられ見知った顔がのぞいた。
「ルーク!」
「探したぞシア、なんでこんなとこに……」
どうやら会議の時間になっても帰らない私を心配して、車でルークが捜索してくれていたらしい。私はルークの運転する車に乗って、楽ちんで屋敷に帰れたのだった。
「帝国旅行――とか、どうだろう?」
これからのことなどを話し合うギルド会議は、私の大遅刻により夕食後に行われた。色々と話が飛び交ったが、すぐに答えが出るようなものでもなく、話は一時間以上続いた。そんな中、静かに熟考していたレオルドが声をあげたのだった。
「帝国旅行? え? この状況で……?」
ギルドの中で一番学があるのはレオルドで、ドジっ子属性マッチョ壁魔導士という設定山盛りなおっさんは、ギルドの知恵袋的な存在でもある。作戦立案は、レオルドが核となって決めることが多い。そんなレオルドがのんきともとれる旅行という言葉を口にするとは誰も思わなかった。
「ああ、もちろん遊びに行く旅行じゃない。見聞ってやつだ。どうも話をまとめようとすると色々と引っ掛かるのが帝国って国だ。たぶん賢者殿や邪神……ノアってやつも知っていること全部をマスターに話したわけじゃない気がする。連中の思惑にただ無知に乗せられるなんて一番あっちゃならない。やつらが明かさないなら、こちらから探し当てるしかないだろ?」
未知なる真実を探求するのはいつだって自分の足である。そうレオルドは力説した。魔導士の才能がないと思っていたレオルドだが、それでも古代語を習得したりしている。考古学にも詳しいところがあり、そもそも気質が学者なのだ。
なるほどなぁと、目から鱗の気分。答えをのんびりと探している時間はないと思うけど、焦り過ぎもよくない。
私達はさらに話し合いを続け、そして。
「よし、行こう! 帝国を知る見聞の旅――帝国旅行へ!!」
 




