■27 面白い話をシテ
ジャックに無理やり連れてこられたのは人通りが多少ある商店街の中の喫茶店だった。
こじんまりとして、お客さんは少ないが品の良いお店で花の香りのようなほのかに甘い香りとコーヒーの匂いが漂う。
この匂い……ほっとする。懐かしい気すら……。
よくよく考えれば、誰からもうまれていないらしい私が『懐かしい』なんておかしな話なのだけど。
「好きなもの、頼んでいいよ」
ジャックはコーヒーだけ適当に頼んで、くつろいでいる。
私は胃が痛くなる思いをしながらも、相手のおごりであることをいいことに、めちゃくちゃ高いやつをいっぱい頼んでやろうとメニュー表をガン見した。
どれもおいしそうなスィーツが目白押しだ。王国では見ないようなものもある。
ジャックになにか仕返ししたいと思いながらも、ちらりと向かいに座った彼を盗み見る。彼はいつもの姿、つまり白髪に赤い目の色から、黒髪に灰色の目と見た目を変えていた。帝国では白髪赤目は特になにかを言われたりはしないようだが、目立ちたくはなかったから変装したのだろうか。帝国入りしたときは特になにもしていなかったようだが。
にしても。
腹が立つほど綺麗な顔をしている。容姿の端麗さを認識する前に、震えるほどの魔力圧と不気味な気配に気おされてしまうが、こうしていると普通に綺麗なお兄さんなのだ。ふとした瞬間に、彼がなにものであるかを忘れたかのように気を抜いてしまいそうになる。
それもこれも……顔の系統がクレメンテ家を感じさせるからだ。
ベルナール様、クレメンテ子爵、そしてリク。
三人の顔を見れば、なんとなく見えてくる。
ただ、系統が似ているだけか。クレメンテ家の分家筋の出なのかもしれない。魔人の正体において、はっきりしているのはクイーン、メリルくらいなものだ。彼女はどうやってか人間から魔人へと変わっている。彼ももしかしたら。
「そんなに穴があくほど見つめられると照れてしまうね」
照れるという単語の意味を失ってしまったかのように、彼が口にすると無意味なものとなり果てる。いっさいの感情が消えた目は、色を変えてもなお不気味だ。
「君の話を聞こうと連れてきたのに、どちらかというと君は私を質問攻めにしたいような顔をしている」
「……そうね。ここまで色々と体験してきて、やっぱり魔人という存在は不可解なものだから」
なぜ、ノアに従うのか。
なぜ、魔人となるのか。
そして彼らはなにをしようとしているのか。目的は女神への復讐らしいが、彼らは子供達にすら危害を加えている。魂を抜き取られたままの人もいるのだ。
「……一つ、君の認識を改める話をしようか。君は以前、魔王領の近くで魔人と戦ったことがあるね?」
「え、ええ。聖女として勇者のサポートをしていたときに」
今にして思えば、あの頃対峙していた魔人とジャック達とは明らかに様子が違う。あの魔人達も強い力を持っていたが、ジャック達と比べれば可愛いものだといえる。
「あれは正しくは魔人ではないよ」
「え!?」
「あれは魔王……と呼ばれている存在から分離したモノ。魔王とはそもそも女神が用意したアルベナの一部だ。あれらはアルベナの分裂体ともなれない≪なりそこない≫。自我のようなものは一時的に持つらしいけど、二か月ほどで限界を迎えて崩壊する存在だ」
……そ、それは初耳だ。
彼らはしっかりと会話し、行動していた。それがなりそこないでしかないなんて。
「じゃあ、あなた達……魔人って」
「詳しくは当人である私もよく知らない。ただ、人間が人の道を踏み外すほどに歪み、女神への激しい憎悪に染まったとき、導き手ノアが現れ、血と魂を代償に魔人へ堕ちる……そうだよ」
「そうだよって、あなたはどうなのよ?」
ジャックはコーヒーをすすって、
「さあ?」
「さあ……?」
あまりにも他人事のように返された。
「だって、気がついたらこうなっていたんだもの、なにがどうしてこうなったのか私には記憶がない。気がついたら目覚める前の記憶が綺麗になくなっていて、同時に人間でもなくなっていた」
「じゃ、じゃあメリル……クイーンは」
「クイーンは自ら望んで堕ちたみたいだね。己が何者かを知っているし、自分の中にあるどうしようもない狂気もわかっている。キングも、おそらくはエースも……自分を失っているのは私くらいだろうね」
魔人の中でも珍しい例なのだとジャックは呟いた。
「目が覚めたときは、自分がなんなのかわからなくて、ただ流れるままにしばらくを同じ姿をした者達と過ごした。白髪に赤い目の悪魔病患者達の隔離施設で」
それは、まさか……セラさんが言っていた?
「優しいお姉さんに、よくしてもらったっけ。あのときは咄嗟に自分の名前を≪ヨル≫なんて言ってしまったけど……自然と出たその名は、私の失われた本当の名前だったのか、それとも印象に強く残っていた他人の名前だったのか」
しばらくして、自分の中にある異常性を理解して施設から出ると迎えにきたノアと合流し、魔人についてを知ったらしい。
まさかジャック自身、自分のことを知らないとは思わなかった。
ヨル、という名前は私の中でも印象深い。子爵と共に訪れた屋敷でおじいさんが口にしていた名前。家系図にはのっていなかった、いわくつきと思われる存在。
まだ、ピースが足りないか……。
「さあ、次はシアの番だよ。面白い話をシテ」
すべらない話をしろとは難易度が高いんじゃ。芸人でも難しいことを言うんじゃない。
「ストロベリーシュークリーム栗餡エクレアモリモリチョコレートクレープチョコミントぷち添えバニラココアコーヒークリーム特盛――」
「……面白い呪文だね」
呪文じゃなくて注文です。
なんかツボったのか、ジャックは私の長い呪文のような注文を聞いて爆笑していた。笑う感情はあるのかと不思議に思いながらも、遠慮なく甘いものをいただいた。