■25 心の休憩
気分転換のために、ピクニックに行くことになった私達だが。
「俺は屋敷に残ろう」
イヴァース副団長は残ると言った。
彼は彼でやることが山積みなようだし、私達のギルド団欒の中に入るのも遠慮したのだろう。こちらは別にかまわなかったが、ベルナール様の様子を見ておく人は必要だ。
好意に甘えてさせてもらうことにした。
なのでピクニックに出かけるメンバーはギルドのみんなとおじいさまとなった。
「えっと、レンタカーで行くのかな?」
屋敷の前に車が用意されていたのでそう思った。しかし運転手が見当たらない。
「運転は俺がやる」
すっと運転席の方へ進み出たのはルークだった。
「え!? ルーク、運転できるの!?」
「自動運転化も進んでるから、五日間の講習と万が一のときのための手動運転講習一日で試験突破できたから……ほら、免許」
「お、おぉ……」
確かに車を運転する為の許可証である運転免許証カードがきちんと発行されている。いつの間に教習所に通っていたのか。私がアオバさんに会ったりなんだりしてたり、子供達が修行をしている間にルークはルークで色々とやることを模索していたようだ。
でもなんでまた自動車免許?
「もし帝国での活動が長引く場合、いちいち運転手雇うのも大変だろ? 金もかかるし、運転できるやつが一人くらいは欲しいかなって」
「ちなみにおっさんは、落ちたぞ!」
落ちたのに笑顔なレオルド。
「おっさんは豪快に車体をぶつけすぎなんだよな……」
「いやー、ルークはほんと器用だな。手動運転があれほどうまく一発合格するやつも珍しいって言われてたぞ」
ルークは大工仕事もできるから重宝する。なぜか料理だけはできないけども。おじいさまの話でも、手動運転講習に手間取って一か月以上かかる人もいるらしいので、ルークはやはり運転技能の才能があるのだろう。
「いつかバイクってやつにも乗ってみたいんだよな。カタログ見たけど、めちゃくちゃかっこよくてさ。馬もいいけど、機械の二輪も爽快感があって楽しそうだ」
ふと、ギルド大会決勝で颯爽と馬を駆って突入してきたルークを思い出した。軍服のような服装も相まって騎士のようなカッコよさがあった。ルークは背も高いし、背筋もピンとしているから見栄えが悪くない。周囲が凄すぎて平凡とはいうけれど、中身は誰よりもイケメンなのではと感じられる。
「バイク……そういえば、倉庫に一台あったな」
おじいさまが、ぽつりと言った。
「おじいさまのですか?」
「いや……シリウスのだ」
シリウスさんの!?
「昔、セラを救出するためにとある砦に突入した際、かっぱら――ごほん、譲っていただいたバイクらしい。あまり物に執着するタイプではなかったが、あれだけはよほど気に入ったのかよく走りに行っていたのを思い出す」
当たり前だが機械の乗り物がない王国で、シリウスさんがバイクに乗っている姿を見たことがないから想像ができない。でも彼の本性を考えれば、バイクも荒々しく乗りこなしていそうではある。
サラさんを手伝ってピクニックバスケットなどの荷物を車に積んで、ルークの運転で(ほとんど自動運転らしいが)郊外方面へと出発した。
帝都内の自然公園では人の目や、また嫌がらせを受けたら嫌なのでかなり遠い場所を選んだ。移動はワープ機能もあるのでそれも頼る。帝国は広大過ぎて、車のみの移動だけだと時間がかかり過ぎてしまうのだ。ピクニックにちょうどいい自然がある場所までなんどかワープを使用した。
「うーーん! やっぱり自然はいいわねぇ!」
無機質なものに囲まれた帝国は王国とはまったく違っていて、やはり落ち着かなかった。おじいさまの屋敷は王国でもよく見かけるような材料と造りだったから良かったけど、肩がこるような息苦しさは多少あったのだ。それが帝都から離れて、自然の森に来ただけでこれほどまでに開放的な気分になるのだから不思議だ。
「いい空気! いい天気! 綺麗な鳥のさえずり! 危険な動物の気配なし! 落ち着く落ち着く……」
「――おうえぇぇぇ……」
しかし、だがしかし!
隣で可憐な銀色の美少女が嘔吐中だった。車酔いしてしまったらしい。車の自動運転は丁寧だし、途中で何度かルークが手動で運転する場面もあったが、彼は上手だった。なのでこれはリゼの体質だろう。
「なんで私はこうなのぉ……おうぇぇぇ」
己のポンコツぶりを恨めしく呪いながら地面に掘った穴にゲロゲロしていくリゼが憐である。酔いを軽減する魔法があるので一応使ったが、聖女の力があったあの頃とは効き目が段違いで落ちてしまっていた。
今は彼女の背中をさすってやることしかできないが、聖女の力が欲しいとは不思議と思わなくなった。あまりにも酷い目に合い過ぎたせいだろうか。
ようやくリゼの体調も落ち着いてきて、見晴らしのいい美しい湖畔でシートを広げ、ピクニックバスケットからお弁当や飲み物を取り出して並べていった。
お弁当をつまんだり、談笑したり、森を少し探検したり。
各々、ゆっくりゆったりとした楽しい時間を過ごしていく。
私はというと、静かにシートの上に寝っ転がって空を見ていた。青い空、白い雲、通り過ぎていく鳥。王国の空とあまり変わり映えしない。国が違ってやはり空は同じように続いていく。
私はどこから来たのか。
孤児の身の上で、聖女だといわれてシリウスさんの養子になり、失って、城でお姫様達やベルナール様と出会って、勇者達と旅立って、別れて、ギルドを立ち上げた。
そういえば、あのとき偉そうに司教様に勇者は勝手に自滅して新しい勇者が選ばれるだろうから、聖女としての力が失われないのなら、責任を果たすつもりだ……うんぬん。
それが今はどうだろう。
どこに向かってる? 私は、ギルドは。
魔王討伐とか、意味のないものになってしまった。全部が仕組まれていて、うまく回転するように女神に調整されたシステムで。
結局勇者は、クレフトは人生を強制的に捻じ曲げられた憐れな贄の一人にすぎなかった。彼のことは今だって好きじゃないし、関わり合いにもなりたくない。
誰も、なにもはっきりと告げなかったが、クレフトはもうこの世に存在しないんだろう。体よく葬り去られてしまった。気が狂った、馬鹿な男として。
女神に復讐しようとする犠牲者達の魂の集合体、ノア。彼の元に集う魔人達。彼らとは違った立ち位置で一矢報いようと頑張り、なにもかもが嫌になった賢者。
世界は、あまりにも無情だった。
なにも知らなければ幸せだったかもしれない。女神はいたずらに世界を壊そうとしているわけではなく、人間が醜い争いを大きく長くさせないために、あらゆる手を打っている。というだけ。愚かな人間達が破滅することのないよう、システムという枠でまとめあげている。
どこかで贄は選択され、消費され、平和は保たれる。
ノア達の目的が達成されれば、世界は贄をうまなくなる。かわりに世界の寿命は縮まるだろう。争いの火種がなくなることはない、人が人である以上は。永遠にも続くはずだった世界の回転を止めてることは滅びに向かって確実に転げ落ちることに等しいのではないだろうか。
それが何百、何千年後になるのなら私としては知ったこっちゃないんだけど。
『笑顔の隣人が死ぬことになっても、己の世界を変えたいと思うのなら戦うしかない。正しいか、正しくないかじゃない。それが革命だ』
『他人のためとかほざくんじゃねぇぞ、そんなんはただの言い訳だからな』
「…………」
子供達の楽し気な声が聞こえる。
もう少し、穏やかな空気の中でうつろいたい。
もう少し、心の中をあったかいもので満たしていたい。
考えれば考えるほどドツボにはまるから、長い帰り道でちゃんと噛み砕かれていない、ちぐはぐな情報の山をみんなになんとか伝えよう。
ようやく、そんな風に『みんなに丸投げ』しようと思えた。
心の休憩は、やっぱり必要なんだなって思いました。




