■24 ぱーっとおでかけしようよ!
なにがどうしてこうなったのか。
私が無意識に別の世界線を越えたのは、アーカーシャから途切れたルーツの途中で突然現れた存在だと告げられたときだったようだ。
あの時って私……なにを言ったっけ?
なにを思っていたっけ?
……思い出せない。
世界線は今までいた世界線とズレてしまったが、ルークがいち早く気付き私を元の世界線に引っ張り戻してくれた。軽く聞いた話だと、なぜかルークが他の世界線が見えるようになってしまったようだ。そういえば、他の選択されなかった『ありえたかもしれない時間軸』については、レオルドの幼馴染であるヴェルスさんも同じような能力を持っている。彼曰く、遠い地の巫女の血を引いているからだろうということだった。ルークも出自ははっきりしないが、おそらくどこかで同じような巫女の血を引いているのかもしれない。
前にライオネル殿下は、ルークについては調べがついている……と言っていた。『よくある貴族の醜聞』であり、終わったことだからということで詳しいことは聞かされていないけど。
サラさんによるとサラさんの母親も似たような力はあったらしい。だからこそ心身を病んでしまい、レオルドを身代わりに逃れようとしたのだろう。許されることではないと思うが、絶望的な未来しか視えないと希望を持つことすら困難になる。未来は決まっていないという前提で生きなければ、生きている意味がなくなってしまうのだ。
だからこそ、私は頭を抱えた。
私には大した能力はないと、司教様は言い切っていたが……無意識にでも、私が世界線を越える、もしくは違う世界線を己の自由に、思った通りに作ることができてしまったとしたら。
『シア、お前がさっきいた世界線は……俺の感覚だけど、なにもなかったところに突然現れたように視えたんだ』
本来ならば、どこの分岐点からも行きつくことのないルーツのない世界線。
私は……どこからともなく突然そこに現れた。
突然現れたどこにも繋がっていない世界線と同じように。
…………。
はぁ。
そもそも世界線ってどういう仕組みで出来上がっているのか説明されてもきっと複雑怪奇で理解できないようなものだろう。自分が今進んでいる世界が本当の世界だなんて誰にも決められないのではないだろうか。
一つ一つを選んで、つかみ取って進んできた。
後悔は沢山ある。
だけど、ギルドの皆と出会って、一緒にご飯を食べたり、遊んだり、仕事をしたりする日々を大切に思っている。だからこの世界線が間違っているとは思いたくない。シリウスさんがいる世界を、彼の本当の娘である世界を私は視てしまったけど、すべての線から隔絶されたそこはもうどこにもいけない世界だった。本当の意味で……ありえない世界だったのだ。
私の心の底からの、こうだったらいいなという都合のいい世界はどこにもない。
理不尽で、つまらない、伝説の勇者にも、清廉な聖女にもなれない。下手をすればいいように使われて消耗品のように投げ捨てられる。それが嫌なら血反吐を吐いて這いつくばるしかないのだ。
メグミさんも理不尽な世界を疎んで、この世界にやってきた。彼女が一番、都合のいい世界なんてどこにもないことを身をもって知った人間だろう。それでも彼女は聖女を全うし、女神を憎みながらもこの世界で仲間と共に旅ができたことは幸せだったと言った。
どうしようもない世界で、ちっぽけな幸せを握りしめることが、たぶんまっとう。それ以上の幸福や、富や力、名声を求めるならば、なにが起こっても歩き続ける運と根性がいるだろう。
ああ、まったく夢も希望もない。
だが、現実。
努力した分だけ、正しく見返りがあるならやる気もでるというものだが、どれだけの努力を重ねても達成できないものはある。
無情だ。
もうちょい都合のいい展開あってもバチは当たらないんじゃありませんかねぇ?
ゴロゴロゴロゴロ。
胸中で愚痴をごちゃごちゃ呟きながら、柔らかいクッションを抱きしめて、ずっとベッドの上を左右にいったりきたりしている。
完全に拗ねモードですよ。やってらんねぇですよ。
私はクッションを思いっきり引っ張って縫い目からビリビリと裂いた。可哀そうなクッションは悲鳴のような音を鳴らしながら中につまっていた鳥の羽を飛び散らせる。
それからトントンと、私は指先でクッションを叩いた。
「『クッションは破れてない』」
そう言葉を紡ぐと。
「……間違いないよなぁ」
クッションは、無残な姿をわすれたかのように元の姿に戻った。
「自分の出自、ルーツを知ればメグミさんの力を己のものに、己の形として習得できるだろうってアオバさんから言われてたけど」
別の世界線に無意識に移動してしまったあの瞬間から、私はメグミさんの能力を変換し『事象の再構成』のようなマネができるようになってしまったのだ。
これはかなり使いようによっては危険であり、かなり尖った能力にもなる。
「反動とかありそうで怖いけど」
壊れたものを壊れなかったことにする、ということは何度か試すことができた。その時は、特に代償のようなものは発生しなかったが……。
同じような理屈だと、怪我をした人間を怪我をしたことをなかったことにもできるということで。ある意味、聖女だったときよりも人の生死を変えることができるようになる。
やろうと思えばたぶん……死んだことをなかったことにも……いや、これは試すのはかなり危ない。どんなものにも死者蘇生の類は禁忌に値するのだから。
なら、ベルナール様はどうだろう。
あの状態になる前に戻せたなら、でもどこをなかったことにすれば元に戻るのか判断できない。彼がこん睡状態になっている理由が誰にもわかっていないのだ。外傷も特にないのに、なぜか起きないと私達はとても心配している。
この能力、人間相手には使わない方がいいだろう。絶対に悪いことになる予感がする。私はたまに他人の夢や記憶にリンクすることがあったが、この力を試してみるたびに誰かに見られている感覚があるのだ。それは監視に近い視線だった。使う時しか感じないから、ずっと見ているわけではない。たぶん、マズイことに使ったら、なにかしかのペナルティを与えるために監視していそうだ。
そしてその気配の正体には見当がついている。
アーカーシャだ。
彼女はすべてを知っている精霊。あらゆる世界線を時間軸を視ている。本来起こるはずのないことが起きて、そしてなかったことになれば彼女はすぐに気づくだろう。そしてそれを管理する別の存在がいるんじゃないかと思う。
私のような能力者が他にもいるとしたら、それこそ世界がめちゃくちゃになりかねない力だと自分も思うから。
強いけど使い勝手が難しく、いつ警報鳴らされるかわからない状態はなかなかハードだ。
でも、一応無力な存在からは脱した。戦うすべは、下手を打たなければ色々と戦略を練られるものである。聖魔法は普通に長年の努力で玄人だしね。
いくつかの懸念の中で、今一番来られると対応に困るなと思っているのが、リヴェルト陛下だ。私が途中で世界線を越えてしまったので、戻って来た時に少々こちら側に修正が入ったようで、リヴェルト陛下とは『またいつでもいらしてください』と穏やかな感じで帰ってきたらしい。
彼が再び、私について調べようとするんじゃないかとも思うし、私の父親で『あるべき』人の所在も力を入れて探し始めるかもしれない。
私があまりにもおかしな存在すぎて、なにがなにやらだが。
「おねーさぁーーん!」
「ぴくにっくに、いくですよぉーー!」
どーん!!
と、可愛らしい足音を鳴らしてから、勢いよく扉を開けたのはリーナとシャーリーちゃんだった。驚きすぎて私はベットから転げ落ちた。
「うおっ、痛っ! びっくりしてお尻が割れちゃったわ!」
「おねーさん、おしりはさいしょからわれてるよー」
的確なシャーリーちゃんのツッコミ。スキがない、芸人キャッチボールはシャーリーちゃんの方が達者である。
「あのね、みんなでぴくにっくにいこうって、レオおじさんが」
「おねーさんも、リゼおねーさんも、ルークおにーさんもなんかくらいかおしてるし! ここは、ぱーっとおでかけしようよ!」
おかーさんが、おいしいおべんとうつくってくれてるよ!
と、笑顔と明るい声で子供達に誘われる。私はほっぺたをぺちぺちした。暗い顔してた……んだよな、きっと。部屋にこもってゴロゴロしてるなんて私らしくなかったし、心配させてしまったんだろう。それにしてもルークやリゼまで暗くなっちゃってるのか。ルークはなんとなく理由がわかるが、リゼはなんでだ?
「うーん、よし! そうだね、ぱーっとピクニック楽しんじゃおうか!」
「「おーーーー!!」」
元気な声が響き渡る。
悩んでも落ち込んでも、出口はまったく見えないが、傍には支えてくれる仲間がいる。それだけが私の救いで、とてもありがたい縁だ。