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■22 予想外だ

「人が……なんの前触れもなく突如そこに生じることなど……あり得るのですか?」


 アーカーシャの言葉に、理解が追い付かない様子のリヴェルト陛下。おじいさまも、もちろん私も理解などできるわけもない。

 だけど、私はちょっとだけ安堵すら覚えてしまっていた。


「アーカーシャ様、私がどこか遠い世界から転移してきたという可能性は?」

「ありません」


 すべてを知るアーカーシャならば、異世界のことも知っているはず。答えが『ない』というのなら、やはり私は突然そこに現れたということ。


「……あはは」


 それは心の底からのなにかの喜びだった。


「そっか! 私、誰からも生まれなかったんだ。親なんて最初っからいなかった! 教皇が意味深なことばっかり言うから変に勘繰っちゃって、バカみたい。誰が親かなんてもう、不安がることも怖がることもない。だって、いないんだもの。失った記憶もない。私はあの時から今までちゃんと私だ!」


 ああかもしれない、こうかもしれないと得体の知れない過去や親への恐怖をずっと抱え込んでいた。普通の人間が突然生じることはありえない。だから私はこの話を信じるなら普通の人間ではありえない。でも、それよりもそんなことよりも、自分に生みの親が存在しなかったことに、たまらなくほっとした。失った記憶なんてないことに心底安堵した。


 私は一人で生まれた。この世界に、あの場所に。


 嗚呼――


「シア?」


 おじいさまがなぜか不安そうにこちらを見ていた。

 なぜ、そんな顔をするのだろう?


「おじいさま、私これでやっと安心しておじいさまやシリウスさんの子供になれた気がします! わずらわしい存在が、私にはなかったんです。ようやく、ようやく……ずっと怖かったですけど、親がいないという真実を知れて良かったです!」


 清々しいくらい、私の心は晴れている。

 文字通り存在すらない親。それならば誰が親でも許される。私はシリウスさんの子供になれる。お父さんと呼べるに違いない。


「あ、姉上……」

「すみません陛下、私はあなたの親戚ではないようです。私が世界に生じた≪現象≫はわかりませんが、私があなたと親戚なのは細胞だけみたいです」


 ああ、早く帰りたい。

 とてもいい気分なの。重い鎖から解放された気分なのよ。王国に戻って、≪お父さん≫のお墓参りをするの。ギルドの皆がくつろげるような大きな家も買って、一つの家族を形成するのよ。


 私の理想。

 私の永遠の夢。


「お、おかしい! やはりどこかおかしいです! なぜ、皇帝家の血を持つ者が因果のない場所で突然生じるのですか!?」


 うるさい。


「シア、私もなにかおかしいと思う。どこか……なにかがズレて」


 うるさい、うるさい。


 私が≪何者か≫なんて、どうでもいいでしょ?


「おじいさま、≪なにもおかしくないです。私はあなたの孫で、お父さんの子供≫そうでしょう?」


 世界のなにかが揺れた。それがなんなのか私を含めて認知はしなかった。その揺らぎがなんなのか、揺れたのを知ることができたのは、この場ではアーカーシャだけだった。





------------------------------------------------




「ただいま!」


 おじいさまと城から帰ってくる頃には陽は傾き、ギルドのメンバー全員が屋敷に集まっていた。


「ん? なんかすっきりした顔してるな?」

「そう? そういえば、すごく気分がいいのよね」


 顔を合わせるなり、ルークが首を傾げた。


「出かける前はなんか暗い顔してた気ぃするけど……」

「それはルークの方じゃない。ちょっと心配してたんだから」


 ルークはルークでレオルドがなんとかしたのか、いつも通りのように見える。ルークはじぃっと私の顔を見つめてきた。


「え? なに?」

「……いや」


 なにか言いたいならはっきり言えばいいのに。歯切れ悪くルークは離れていってしまった。


「その顔をみるに収穫があったのか?」

「……収穫?」


 あれ、そういえば私……なにしに城へ行ったんだっけ?


「なにボケた顔してるんだ? マスター、自分の失った力をなんとかするとか言ってたじゃないか」

「ああ! 精霊の試練が……」

「その試練に受かったのか? よかったな、これでマスターの憂いも」

「落ちた!」

「落ちたんかい!!」


 レオルドがずるっとこけてしまった。意図せぬボケツッコミ。


「だって押すな、絶対に押すなよ! っていうボタンがあったら押すじゃない!」

「押さないでマスター! 絶対罠じゃないか!」


 城へ行った私とおじいさまは、私の緊張をよそにあっさりと皇帝の謁見に成功して精霊アーカーシャにも会った。そして力を手に入れるために試練に挑んだ……はず。

 うん、そうそう、そうだった。

 だが残念ながら精霊の試練は突破できなくて。


「じゃあなんでそんなにご機嫌なんだマスターは」

「え? えぇっと、精霊の試練には失敗したけど、実りはなにもなかったわけじゃなくて……なにかが私の中で目覚め――た?」

「なんで疑問形?」


 私にもわからない。でも私はなんだか手に入れた気がしていた、新しい力を。メグミさんの力を核にして、なにかが。


「シア、私はイヴァースと打ち合わせてくる」

「うん! おじいさま、今日は付き合ってくれてありがとね!」


 ぶんぶんと手を振って、おじいさまを二階へと見送った。


「……ん?」

「どうしたの? レオルド」

「あーいや? マスターってグウェン殿に対してあんな話し方だったっけか?」

「いつも通り……じゃない? 確かに離れて暮らしてたけど、おじいちゃんと孫の会話なんてあんな感じでしょ?」

「あーうん、そうだよな。俺の勘違いだ」


 子供達が賑やかに遊んでいる。変わらぬ団欒。

 どんどんお腹が空いてきて、サラさんが用意してくれていた夕食を食卓に並べ始める。そこでふと、足りないものに気がついた。

 気がついて、でもその存在がすぐそこにいることがわかって笑顔を向けた。


「お父さん、そんなところにいたの? もうご飯だよ!」


 いつものように言ったのに、その≪お父さん≫はなんとも言えない顔をして立っていた。


「なんて……ことだ。完全に予想外だ」

「お父さん?」


 私の父、シリウスはなぜか頭を抱えてしまった。

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