■20 大罪人
最近、よく思考が停止する。
あまりにも、あまりにも予想外のことが起こるからだ。平穏に生きたいとか思いながら、独立しなくちゃ生きていけなくてギルドを立ち上げた。波乱万丈は予想してなかったが、色々とこれから大変だろうけど自分がはじめたことだからがんばろう。
そんな感じだった。
なんでこうなってんだろうな。
仲間に対しての問題なら全力で挑めるのに、自分自身のことになると途端に弱くなるこの構図はなんなのか。
私の一番古い最初の記憶。恐ろしい印象しかない女の陰った顔……それは私に生きることを強制した(文字通り)母親の皮をかぶった教皇。彷徨った果てに辿り着いたのは、子供を番号で呼ぶ名ばかりの孤児院。生きるのに必死でひねくれた。
光が差したのは、里に出された途中でさらってくれたシリウスさんと司教様に出会えた半年と少し。最愛の時間であり、心臓がえぐれるほどの悲痛を与えられた刹那。
ひねくれて。
ひねくれて。
安住の地を望みながらも、勇者とバチバチの言動ファイトを繰り広げるのだから事実私はそれなりに喧嘩っぱやいと思われる。
コミュ力はあるから、常識人に見られるけど私を知れば知るほど『あー…』ってなる人間。
第一印象と本性が食い違いがちと言われる。それでも仲間は仲間のままだ、ありがたいことに。欲しかったものをゆっくりとその手にできた。できたなら守りたいと思う。だからこそのギルドマスター。
あまりにも予定外。
強さを求めたら、取り返したいと思う人を追いかけたら、底の見えない暗い穴に落ちた。
脳内の一瞬の逃避行。
現実は耳を疑う言葉を発する青年がいる。若き皇帝はとても嬉しそうだが、私はどんな感情を抱けばいいのかすらわからない。
「真の王……? 帰還?」
単語のひとつひとつが頭で整理できない。意味はわかるのに不思議だ。
「ぼくはずっとおかしいと思っていたんです。父は本来王ではありませんでした。しかし兄弟をすべて蹴落として皇帝になった。……それはそれでいいでしょう。帝国は、実力主義なところが強いですから。でもぼくは知っているんです。父よりも強い皇族の人間を。しかしその人は幼児のときにとある人物に誘拐されてしまった」
誘拐された?
「……それは……」
なにかを悟ったのか、おじいさまの顔がさらに険しくなった。
「誘拐された伯父上は、生まれながらにして強い能力があったそうです。長兄で申し分のない強さを秘めた次の王。誰もがそう思っていたそうです。しかし、卑劣にもその力を疎んだ何者かの差し金か、幼かった伯父上は城から連れ出されてしまった」
そして今の今までずっと行方不明のままだと。
楽し気だった皇帝もその話をする顔は、怒りの感情がにじむ。
「将軍、あなたはよくご存じのはずの人物ですよ。次の王となるべきだった王子を攫った大罪人、アドルフ・ガードナーを!」
「――っ!」
おじいさまは言葉をつまらせた。
アドルフ・ガードナー? どうして今その人の名が出るの? おじいさまの昔の部下で、司教様とシリウスさんの育ての親だ。
「なぜ伯父上を一介の騎士だったアドルフ・ガードナーが攫ったのか理由はぼくにはわかりません。父もその件については一切なにも言わずに亡くなってしまいましたから。ですが、賢者殿の再来とまで言われるほどの力を持っていた王子が王にならず、暴力的な方法で王座についた父がぼくはあまり好きじゃなかったのもありますが……ずっとぼくがこの椅子に座り続けていることに違和感がつきまとっていたんです。だから」
だから、彼の血を引く王の帰還がとても嬉しい。
彼はそう言った。
「あなたがいるということは、伯父上は少なくとも近年まで生きていたはず。姉上、伯父上の所在は? 元気にしておられますか? 皇帝の座を渡せる状態でしょうか?」
うきうきと明日のピクニックの準備をする子供のような勢いで私の手を握って質問してくる。
目の前がぐるぐるする。
言葉と言葉、点と点、情報と予測。繋ぎ合わせれば答えはでてくる。だが、私は絶対にその答えを拒否する。
もしも。
もしもの、ありえてしまうかもしれないその答えを出したら。
私は、あの人を――――
怨んでしまう。
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「納得いかないんだよねぇ」
静かな森の中で、だらしのないポーズで木に寄りかかっているのはソラだ。遊ぶように手でスマホをいじる。液晶にはなにも写っていない。のぞきこむソラの顔が黒い画面に反射しているだけ。
「なにが?」
そこにいるのかいないのか、相変わらずそういう概念としか言いようのないノアがソラの呟きに疑問を返した。
「なーんとなくさ、うちと同じ血筋なのかなとは思ってたよ、まな板ちゃん。だからこそあのなにもかも捨てたくなって中途半端なままぶら下がってる父さんがあるていどかまったんだ。だったらさぁ、なんで……あの子のルーツがなかったの?」
出自は証明できたようなものなのに。
そう、口を尖らせた。
「……そうだね。……今、私が君に言葉を返せるとしたら、そう『なにもない』と、『なにもなかったという事実』をそのまま言うしかない」
少し眩しいくらいの青い空を見上げて、ソラは珍しくなんともいえない「あー」という声をもらした。
「他人の人生をもてあそぶのって簡単だよねぇ…………サイテー」
ソラはスマホを粉々に割ってしまった。唯一の父親との連絡手段が残されていたスマホを。
「あの子は、どちらに転ぶだろう。もしも、私の元へ堕ちてきたなら」
優しく迎え入れよう。
魔人として。




