■19 一般的な礼服です
皇帝に謁見するということで、私はヴェンツァーさんに衣装を見繕ってもらった。なんでも揃うと豪語するだけあってファッション系のアイテムも展開しているようだ。てっきり以前にクレメンテ子爵家を訪れた時のような令嬢風のシックなドレスみたいな感じかな~と、なんとなく考えていたが彼が用意してくれたのは、王国ではあまり見ないタイプの衣装だった。
「なんだか異国の軍服をメインに少々ドレス要素を足したような衣装ですね?」
「ええ、帝国ではこれが女性の一般的な礼服です。帝国は軍国でもありまして、華美な衣装はあまり正式な場では好まれない傾向にあるのです。ダンスパーティーなどであればまた別ですが、皇帝陛下への謁見ではこちらがよいでしょう」
へー……とオシャレにはあまり興味がないので短く頷いて衣装を手に取った。確かにしっかりとした生地で動きやすそうである。この黒いブーツ、なかなか装甲が厚くて蹴ったら痛そうだ。
「城では私が着用しているようなスーツを着る方がほとんどで、その礼服とはまた違った女性用スーツもありますのでそちらでも間違いではありません。ただ、スーツは着なれないと動きにくさを感じるのですよ」
ということで軍服風礼服をお勧めされた。確かに彼の着ているようなスーツは動きづらそうだ。
おじいさまも、自分の礼服を着用した。こちらも軍服風である。おじいさまはガタイがいいため、かなり様になっていた。腕を振ったら十人くらい吹っ飛ばしそう。
緊張の中、ヴェンツァーさんが用意してくれた車に乗ってアオバさんの指示通りに城へと向かったのだった。
皇帝陛下の住む城は、重厚感たっぷりの黒っぽい城だ。おとぎ話によく出てくる魔王の城っぽい。ラスボスがいそうな恐怖感や圧迫感がある。相変わらずどんな素材で作られているのかわからない。見た目は一部石造りっぽいなと思ったのに石じゃなかった。門にさしかかって驚いたのは、出入り口が一つもないことだ。窓はあるが全部高い位置にあって侵入は難しい作りになっている。門番から入城の許可を得ると、黒い穴が現れ吸い込まれるようにその中に入ると、車を止めるための駐車場スペースへと移動する。
まさか入口から空間が歪んでいるとは思わなかった。こりゃ、ルートをしっかりと覚えないといつまでたっても目的地にたどり着けないことになるぞ。
「シア、うっかりはぐれないようにな。一人で彷徨うと永遠に出られなくなる可能性がある」
「は、はい」
めっちゃ緊張する。
少々恥ずかしかったが、おじいさまの服の袖を握ってしまった。嫌がられたらどうしようかと思ったが、おじいさまはそんなことはしなかった。やっぱり優しいなぁ。
「……リフィーノ嬢、こちらの扉の前へ」
案内役にうながされて私は扉の前に立った。ちらりとおじいさまを振り返ると、なんだか険しい顔をしている。なんで?
「なぜ、シアをこの扉の前へ立たせる? この扉は謁見の間とは関係ないはずだが?」
「…………陛下からの指示でございます。彼女がこの扉を開けられなかった場合、お帰りいただくよう仰せつかっております」
ええ!?
アオバさん、謁見の許可もらったんじゃなかったの!?
「あ、あの……」
「なにも難しい事ではありません。この扉に手を触れていただければそれでよろしいのです」
なんだか不安になっておじいさまを見ると、溜息をつきながら小さく頷いた。
さわっても危険はないものらしい。この扉を開けられなければ皇帝陛下に会えないというのなら、やるしかないが……。鍵穴もなにもない、扉のようなただの壁のようなものに、おずおずと手を触れた。
すると。
ギギギギギ。
古い扉が開くかのような軋む音と共に、ゆっくりと扉は開かれた。
「――! ……どうやら“間違い”ではないようですね」
「? どういうことですか……」
「お話は先で……皇帝陛下がお待ちです。リフィーノ将軍と共にこのままお進みください」
深々と頭を下げられる。先ほどまで案内人である青年は、こちらを探るような鋭い目つきであったのに私が扉を開けた途端、腰が低くなったように感じる。
「ここまでのご無礼、お許しください。“シア様”、どうぞお足もとにお気をつけて」
まるで一瞬で彼が私の召使にでもなったかのようだ。
……居心地が悪い。なんで、こんな洗練された城仕えの人間に丁寧に対応されなくてはならないのだ。
「おじいさま……」
「……とにかく先に進もう。説明は皇帝陛下がなさるはずだ」
優しい表情ばかりだったおじいさまの顔が怖い。私がこの扉を開けたことで、今なにかが変わったのだ。なにが変わったかなんてまだわからない。
ただただ、胸騒ぎがする。
皇帝陛下に謁見するという、至極まっとうな緊張感から一転して不穏な気配もただよいはじめた。私は力を得るために、帝国守護精霊に会いに来ただけなのに。
進む廊下は、薄暗い。
両壁には壁画のような、歴史を刻んだ絵がずらりと並んでいる。それは王国でもよく見る伝説の絵でもあるが、ところどころで違うものもまじっていた。それはきっと、聖教会側が意図的に隠し歪めたものが多く広がる中、帝国は影響を受けなかったからだろう。これが正規のものかは私に判断はできないが。
長々と続く廊下はやがて下へと続く階段となった。
ひたすら降りる。大聖堂の地下へ降りたくらいに、なかなか深いところまで降りたんじゃないだろうか。降りきると広い空間に出た。荘厳、といえば荘厳。ただ、未知の技術が広がっており王国で育った私にはどうにも反応しづらい部屋だった。
儀式の部屋……っぽくはある。
儀式装置のようなものに囲まれた中心に一人の青年が立っていた。黒い衣で私やおじいさまの着る軍服のようなデザインで、機能性を重視した華美な装飾品が一つもない衣装だ。重く固そうな生地の上着を両肩にかけているが、あれ動いたら落ちるんじゃなかろうか。
彼は私達がやってきたのを見るなり、嬉しそうに微笑んだ。
「そう、そうか! 賢者殿に聞いてはいたけれど本当かどうかぼくには判断できなくて。不敬かとも思ったのだけど扉で確かめさせてもらったんだ――嗚呼……」
背は高めだ。ルークやベルナール様よりは低そうだから、170後半くらいだろうか。黒い髪に黄金の瞳を持つ若い青年。幼げな面立ちも残っており、もしかしたら二十歳にいっていないかもしれない。相手の様子を観察していると、軽やかな足取りで青年は私の元へやってくると腰を折る礼をした。
「え? え?」
どう対処するのが正解? というか彼は誰? ここにいるということは案内役の人が言っていた通りなら皇帝陛下のはずで。そうなるとこんな間抜けな声を出している場合ではない。
ないのだが。
「この髪の色、雰囲気、佇まい、魔力のなつかしさ……。どれをとっても間違いじゃない! 何度も見た、何度も話に聞いた。≪あのお方≫の確かな血筋」
あのお方?
「……リヴェルト殿下」
「ああ! 将軍、リフィーノ将軍じゃないか。お久しぶりです、ぼくを覚えておいででしょうか?」
「もちろんです。あの頃よりずいぶんとご立派になられた」
ニコニコと会話をする青年は、やはりリヴェルト皇帝陛下その人のようだ。緊張に体を固くするところだが情報が追い付かず、頭は停止状態だ。
「賢者殿から話は通っているはず。我々の謁見の目的を……なのになぜ、このような……代々の王が眠る霊廟への扉をシアに開けさせたのです」
「ふふ、将軍ならば知っているだろう? 霊廟への扉を開くことができる者の条件を」
嬉しそうなリヴェルト陛下に対し、おじいさまは厳しい表情のままだ。
「そのお顔、まさか将軍は知らなかったのですか?」
「……私はただ、息子の子であるこの子を孫として見守っていただけです」
「そう……それは突然のことをしてしまったね。驚いただろう? ぼくも賢者殿に話を聞いて半信半疑だったくらいだ。でも彼女は扉を開けた! そして目の前で見て、はっきりとそうであるとわかったんだ」
おいていかれている。
なにもかもが、私が停止して周囲は高速で動いているような気分。
そんなぼうっとした脳みそを強制的に働かせるように、リヴェルト陛下は高らかに言った。
「この時をずっと待ちわびていた! 真の王の帰還、お慶び申し上げます――姉上!」
………………………は?




