■18 頼りになる男よ
「……城に行け」
スマホとやらの使い方を教えてもらい、なんとかアオバさんと連絡がとれた。かくかくしかじか、簡素な説明だったが、必要なことはすぐにわかったのか深いため息のあと、アオバさんはそう言った。
一応取り次いでくれるようだ。
連絡が終わるとノアの姿はすでになく、ソラさんの姿もなかった。
「え? どうすんのこれ」
こっちのことなどおかまいなしな連中が多すぎて頭痛い。
仕方がないのでスマホは預かっておいて、いったんおじいさまの屋敷に戻ることにした。
----------------------------------------
「城に行く? 皇帝陛下の……」
私が屋敷に戻れたのは陽がだいぶ傾いた後だった。どこに出たのかもわからなかったのに、二人には放置されてしまったので半泣きで徒歩帰りだ。数時間で帰れるところで良かった、本当にっ!
帰宅したおじいさまとイヴァース副団長に、明日城へ行くことになったと説明すると目を丸くされた。
「グウェン殿、今の皇帝はどのような?」
「……うむ、代が変わってから一度しかお会いしたことがないが、前皇帝陛下の長子リヴェルト殿下が引き継いだはずだ。……イヴァース、そのような険しい顔をしなくてもいい。リヴェルト殿下は前皇帝のような強圧的な部分はほとんどない」
「あ、すみません。皇帝には良い記憶がまったくないもので」
「お前の苦労はわかっている。セラの時は大変だったからな」
昔の話だろう。セラさんの過去については詳しくないが、司教様やシリウスさん達も含め、そのあたりはゴタゴタがあったことは聞きかじっている。
そもそも最初、セラさんを誘拐したのは司教様とシリウスさんらしいんだけどね。どうしてそれがこうなってああなったのかな。興味はあるが、くわしく聞ける雰囲気にいつまでたってもならなくて、聞けずじまいだ。
「とりあえず私は自分の力をなんとかするために説明したように行動するつもりです。リーナ達も火の王に特訓してもらったり、各々やるべきことをやっていますが……。おじいさまとイヴァース副団長は連日どこへ行っているかもうお聞きしても?」
「ん、ああ、そうだな。俺は王国の情報と聖教会の動きについて情報を集めていた。昔拠点にしていたこともあって伝手が残っていてな。今のところ大きな動きはなさそうだが、いつなにが動くかわからない。王国のことはジュリアスに任せてきたからあまり心配はしていないが」
ああみえてジュリアス様有能だからな。副団長の留守をしっかり守ってくれるに違いない。それに王国は現在とても平和だし、魔人や聖教会が大きく動かない限り心配は少ないはずだ。
「私は帝国内を中心に動きがないかどうか調べていた。……なにごともなくいつも通り。おかしいくらいに静かだ」
「おかしいくらいに、ですか?」
「帝国は外部からの侵入に厳しいし、監視の目はいくらでもある。だが、どう探りをいれてもお前達の行動がすり抜けられている。誰かが意図的にそうしている、としか思えんくらいだ。私の屋敷は昔ながらのものが多く、監視の目は少ない方ではあるがまったくないわけではない。なにか引っ掛かれば聞き取りくらいはされるかもしれないと身構えていたのだが、まったくそれもないんだ」
それはそれであやしい。突っ込まれないのが一番だけど、私達の行動だけ監視がスルーされるのは逆に不気味でもある。ジャック達が手を回しているんだろうか? そうなると帝国監視システムを操作できる立場にある者に魔人側の協力者がいることになって、けっこうゾッとするのだが。
「私達はこのあとも情報に目を光らせておくが、シア、皇帝陛下への謁見は一人でいくつもりなのか?」
おじいさまが心配そうに聞いてくる。
「一人で来い、とは言われていませんが外国人である仲間を連れて行くのはあまり印象がよくないかもしれません。なにが起こるかわからない以上、細心の注意は必要かと思っています。なので、できればおじいさまの同行をお願いしたいです。おじいさまは、軍の関係者で皇帝家とも面識があるとおっしゃってましたから」
「うむ、そうだな。私が同行者として適任だろう。対面した数は少ないとはいえ、リヴェルト殿下の顔は知っているからな。城の構造もある程度は頭に入っている」
知識立場、それに実力的にもこれ以上ない同行者だ。おじいさまの同意を得られてほっとする。さすがにお城に一人で乗り込む気にはなれない。
おじいさまと話をつけ、夕食の準備をはじめようと気合を入れ直してエプロンをつけていると、ふらりとルークが通りがかった。
「ルーク、お腹空いちゃった? 夕飯の準備はじめるからもうちょっと待っててね」
「……ああ」
ルークの様子に首を傾げた。元気がない、疲れているのかと思ったが稽古で疲れているというより、なんだかやつれている気がしたのだ。
「なんか痩せた? 大丈夫? 環境が合わなくて寝られてないとか……」
「……夢見はちょっと……悪いかな。でも、まあ心配しないでくれ、原因はたぶん……わかったから」
困ったように笑うので、心配しないでが逆に心配になる。最近は自分のことでいっぱいいっぱいで周囲に目を配る時間がなかった。
いつの間に、いつの間に彼はこんなに生気がなくなったようになったんだろう。
「ルーク――」
「マスター!」
なんとかしなくちゃ、と若干焦って話しかけようとするとレオルドに呼び止められた。
「レオルド? どうしたの?」
「いや~、今日の夕飯なにかな~ってな!」
ニコニコしているが、挙動があやしい。レオルドは嘘がつけないタイプだし、演技もへたくそだ。たぶん、わざと今割り込んできた。
「筋トレしたから腹がへってへって! 早く飯にありつきたいな~なんて!」
ど下手すぎてどう反応したものか困った。
え? えーっと、レオルドの意図はなんだろう……。
「もう、レオったら騒がしくしちゃダメじゃない。シアちゃん、一緒にご飯作りましょ」
大根レオルドを遮って今度はサラさんが乱入してきた。私はサラさんに言われるがままに夕食の準備をはじめてしまい、ちらりと横目で見えたのはレオルドがルークを押しやるように厨房から出ていく後ろ姿だった。
「……あ、あの……」
「大丈夫」
色々と疑問があってそう口にすると、サラさんに人差し指で唇を押し当てられた。
「レオは頼りになる男よ。私達はギルドなんだからやれることはみんなでやればいいの」
「でも、私」
マスターだから。そう言いたかったけど、背中を優しくトントンと叩かれる。
「今は自分のことを見ていなさい。シアちゃん、私から見てもたぶん、自分のことが一番見えてないんじゃない?」
そう言われればなにも言えない。むかしっからだ、私は他人に甘えられない。甘え方を知らないから。だからとても不器用にがんばってしまう。今まではそれでもなんとかうまく回ったけど……。
さすがに重荷が多すぎて、どうしようもない。
こんな風に優しくされて、どうしたらいいのか正解がみつからなくてちょっと不安になってしまう。
それが顔に出たのか、サラさんが隣で優しく笑った。




