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☆19 おまんじゅうあげよう

 西区は西区でもジュリアスが案内したのは大聖堂とは別の場所だった。

 森の中の、公園として解放されているところからさらに奥に行った場所。もはや王都の中なのに自然を散策しているような感覚になる。

 しばらく歩くと開けた場所に出た。そこには小さな平屋の一軒家があり、こじんまりとした庭と洗濯物がかけられた物干し竿、積み上げられた薪など生活感のある光景が広がる。ジュリアスは一度深呼吸をしてから、木の扉をノックした。


『だれじゃー?』


 すぐに中からしわがれた男性の声が聞こえてくる。


「王宮近衛騎士ジュリアス・マクベルです。先日、ご承諾いただいた件で、お弟子さんを連れて参りました」


 ジュリアスの声が若干強張っている。三十代後半の彼は、多くの危険な任務なども乗り越え王宮近衛まで成り上がった実力者だ。いつも落ち着いていて、穏やかな彼はあまり緊張するような場面を見たことがない。体力の問題で騎士は四十あたりで引退する人が大多数なので必然的にジュリアスほどの年になると上がほとんどいないのである。その分、緊張する場面が減る為、私はその場に立ち会った事はなかった。

 余談だが、騎士引退後は実力がある者であれば後任の教育係に回る。イヴァース副団長も四十二歳だというからそろそろではないかと引退を囁かれていた。だが現在、イヴァース様の後任を任せられそうな人材が王宮近衛騎士にいるにはいるが、それより王国騎士のベルナールを王宮近衛に昇格して副団長にという声が大きい。だが本人は王室警護より広く王国の人々を守りたいという意思が強く、断固出世を断っているそうだ。そんなこんなで後任でもめていると専らの噂である。


 そんな理由で、ジュリアスが緊張してるの、珍しいなぁと眺めていると中から入室の許可が下りた。


「失礼します」


 一言ジュリアスはそう断って、扉を開けた。

 ギギギ、と少々立てつけの悪い音を響かせて木の扉が開かれる。ジュリアスが先行して中に入り、次になぜかルークが私の背中を押すので私が二番目、次にルーク、最後にリーナの順で続いた。お行儀よく、リーナはパタリと扉を閉めた。

 室内は落ち着いた内装で、目に優しい緑色のものが多い。植物もあちこちに飾ってあり、住人の緑好きが伝わって来るかのようだ。それでいて白壁にかけられた剣はどこか存在感があり、立派なものであるのが素人目でも分かる。

 その部屋の住人は、部屋の隅の暖炉の横にいた。

 ゆらゆらと揺り椅子に腰かけて、のんびりとこちらを見ている。


『あ』


 私達はその人物を目にして、同時に声をあげた。

 すると、その人も私達の顔を改めて見て嬉しそうに笑った。


「おやおや、誰かと思えば昨日の子供達じゃあないかね」

「お知り合いですか?」

「ふおっほっほ、昨日のにっくきクソ司教との戦の後で出会った金のたまごじゃよ。また会えて嬉しいわい」


 よいせっと、その人――ゲンさん、もといゲンザハーク・レリオスは椅子から降りた。ご高齢でありながらもその足取りは軽い。当然のように杖をついているが、たぶんいらないのではないだろうか。


「……ふむ、お嬢さんこの杖が気になるかね?」


 私の視線が杖にあることに気付いたのか、ゲンさんは私の前で歩みを止めるとにこやかに問いかけてきた。


「ええ、はい。とても楽にお歩きになれているので、必要ないのではと」

「それのー、わしも邪魔じゃなぁとかおもっとるんよ。だが、寄る年波には勝てなくての……ついうっかり何かの拍子で腰をやることがあってなぁ、そん時は杖がないと困るのよ。いざというときの保険じゃな。はぁ、歳はとりたくないのー」


 なるほどぎっくり腰対策か。

 私が納得すると、ゲンさんはうんうんと頷いて次にリーナに視線を移した。


「おーおー、なんちゅうめんこい子じゃ。ほれ、おまんじゅうあげよう」

「え、えっと……」


 ちらりとリーナがこちらを見たので私は頷いた。

 ゲンさんからお菓子を貰っても問題ないだろう。今は年寄りの好意を受け取るべきだ。だいたいお年寄りは家を訪ねると子供にお菓子を渡すことが多いのだ。受け取った方が喜ばれるのは、昔経験済みである。


「おじーさん、ありがとうです」

「うんうん」


 深く刻まれた皺を嬉しそうにさらに深めてゲンさんは微笑むと、最後にルークを見上げた。


「むー、背が高いのぉー。じいさん、首が折れそうじゃ」

「あ、すみません。気ぃ利かなくて……」


 慌ててルークがしゃがむと、ゲンさんと同じくらいの目線の高さになった。


「うむ、らくちん。くるしゅーない」


 ふおっほっほ。と笑うゲンさんを先ほどまで黙って見ていたジュリアスが呆れたように額を抑えた。


「ゲンザハーク老師、遊んでいないで本題に入ってやってくださいよ」


 ゲンさんの前ではかしこまって彼のオネェ言葉はなりを潜めるらしい。せっつかれたゲンさんは、いかんいかんとルークの腕をぺしぺしと叩いた。


「ふーむ、聞いていた通り肉がないのー。じゃが顔色はいい、もう少しすれば適度に肉もついてくるじゃろう」


 トンと、杖をついてルークから少し離れるとゲンさんは改まって私達を見回し、そしてルークを正面から見た。


「わしは、ゲンザハーク・レリオス。こう見えて昔は王宮近衛騎士副団長を務めていたもんじゃ。よぼよぼのじじいではあるが、わしの持ちうるすべてを以って、ルーク……お前さんを強く育てようじゃないか」

「ありがとうございます、よろしくお願いします!」


 きちりとルークが頭を下げるとゲンさんは満足そうに頷いた。


「今から早速、稽古をやっていくかの?」

「いいか? シア」

「そうね、せっかくだからお願いしましょう」


 私がルークに許可を出すと、ゲンさんは不思議そうに首を傾げる。


「さっきから見とると、どうもお嬢さんに主導権があるようじゃな? ルークよ、お前さんこんな可愛らしいお嬢さんの尻に敷かれるなんて、幸せもんじゃのー」

「ええ!? 違います、俺とシアとリーナは家族で――」


 くわっとゲンさんの小さな両目が見開かれた。


「なにっ!? お前さんらそんな若い見た目して子持ちか!?」


 ……盛大な誤解を受けた。

 私は一発ルークに腹パンをお見舞いしてから、輝く笑顔でゲンさんに振り返った。


「ギルドのメンバーです。家族同然で付き合っているもので、余計な誤解を与えてしまって申し訳ございません」

「――その、それ以上誤解を続けることを許さぬ眼光と台詞、見事じゃ。ただもんじゃないの、お嬢さん」


 その真っ直ぐな目が、私を探るように見てきたので素直に一応、聖女であることを伝えた。


「なるほど、色々事情がありそうじゃが、まあおいおい聞くか。そいじゃあ、ルーク……大丈夫か? むせとらんで庭までついてこい。みっちり鍛えてやるから」

「――ごふっ、は……はい」

「夕刻までかかりそうじゃから、ジュリアス、非番ならお嬢さん達を街までエスコートしてこい」

「はい、分かりました」


 ルークとゲンさんが家の外に出ると、ジュリアスが残った私達を振り返る。


「ってことで、シアちゃん、リーナちゃん。あたしと一緒にお買いものしましょうか♪」

「ゲンザハークさんがいなくなった途端、調子戻りますね」

「だって、あの人けっこうおっかないのよ? あたしとイヴァースも若い頃は老師にこてんぱんにされたんだから……」


 苦い記憶が蘇ったのか、ジュリアスの顔が青くなっていく。

 なるほど、イヴァース副団長の稽古も荒々しいと聞いているが、ゲンさんの流れを汲んでいるのかもしれない。ルークは大丈夫だろうか。最初の稽古だし、骨を折るほどではないとは思いたいが。


「それより、どこに行く? お洋服? それともお化粧品? リーナちゃんは玩具屋さんかしら」


 ジュリアスがなんだか楽しそうに聞いてくるが、私の頭の中に浮かんだ今、欲しいものはそんな楽しくて女子らしい甘いものではなかった。


「……包帯に、傷薬。痛み止め……それから汚れたり破れたりしたら大変だから新しい着替えもいるわね。それと本屋に寄ってあれも見繕わなきゃ」

「……シアちゃんが、なんか楽しくない単語を呟いてるわぁ……」


 がっかりしているジュリアスの肩を笑顔でぽんと叩いた。


「荷物持ち、よろしくお願いしますね?」

「…………仰せのままに、お嬢様」


 リーナとジュリアスを連れ、彼のエスコートで街中をぐるぐると巡って必要なものを揃えていく。重い物はジュリアスに、そこそこの物は私が持って、リーナが比較的軽い物を持ってくれた。

 休憩に広場で売っていたクレープをジュリアスがおごってくれてリーナと二人で美味しくいただき、あっという間に時間は過ぎて行った。


「そろそろいい頃合いかしら?」

「そうですね。あ、荷物はギルドに一旦置いてきた方がいいかな?」

「王国騎士団の詰所がすぐそこにあるから、ちょっと置かせてもらいましょ。ここからギルドに戻って老師の家に行くのは手間よ」


 という彼の提案で一時、騎士団に荷物をお預かりしてもらうことにした。

 この広場の近くは観光場所もあって外国からの観光客も多い。その為、騎士団の詰所で一時荷物を預かることもしているのだ。預けられるのは一日だけで、引き取り手がないと捨てられてしまうので注意だ。

 私達は医療品以外の荷物を預けると、すぐにゲンさんの家に戻った。

 陽は傾き、太陽が半分ほど山に隠れた夕刻。ルークは庭で倒れていた。


「ルーク!?」


 何事かと慌てて彼に駆けよれば。


「…………」


 反応がない。気絶している。


「おー、お嬢さん達帰ったか」

「ゲンザハークさん! ルークに一体なにを!?」


 血相を変えて詰め寄れば、ゲンさんはなぜかバケツを私の前に出した。水が半分ほど入っている。そしてそれをためらいもなくルークにぶっかけた。


「――ぐっ、げほっ!」

「ルーク!」

「おにーさん!」


 冷えた水の衝撃で意識を取り戻したのか、息苦しそうにルークが悶えた。


「すまんのー、ちょいとやりすぎたわ」

「ちょっとというか、だいぶ……ですね」


 ルークの体はボロボロだった。

 一体なにをすればここまでボロ雑巾のようになるのか。街で彼の新しい服を買ったのは正解だった。


「ルーク、痛いだろうけど少し我慢して。今ヒールを――」

「ヒールは禁止じゃ」

「え!?」


 ヒールをかけようと手を伸ばした所にゲンさんの杖がびしっと遮って来た。


「ヒールは便利なんじゃが、せっかく鍛えた部分まで元通りにしてしまうからの。自然治癒、これが強くなるには一番手っ取り早いんじゃ」

「そうですか……傷薬とかは使っても?」

「それはいいぞ」


 ならば仕方ない。

 めちゃくちゃ痛そうだが、薬で手当てして後はルークの自己治癒に任せるしかないだろう。

 ピンセットで綿を掴み、薬品を浸してルークの傷口に当てると。


「――うっ!」


 染みたのか、ルークが涙目だ。

 だが、嫌がることはなく彼は私の手当てを受けた。

 ……結構我慢強い。さすが男子。


「ルーク、寝たままでいいから聞け。お前さんは筋が良い。強くなるぞ……その傷が癒えたらすぐに来るといい、今日の続きをしよう。次はきっと今日よりお前さんは強い男になっておるからの」


 ルークは伏せたまま静かに頷いた。





 それから、しばらくルークをゲンさんの家のソファで休ませてから、夜が迫って来たのでジュリアスに彼を背負ってもらい、私達はギルドに戻ることになった。


「ゲンザハークさん、今日はありがとうございました」

「手荒くして悪かったの。ルークを十分休ませてやってくれ」

「はい」

「あ、あとの。栄養はしっかりバランスよくとらせるのじゃぞ?」

「ええ、私も必要だと考えまして街でその手の本を購入済みです」


 にっこり笑うと、ゲンさんは「さすがじゃのー」と笑い返してくれた。

 玄関先で私達に手を振って見送るゲンさんの姿を振り返りながら、私達は帰路についた。

 ジュリアスの背中でぐったりしていたルークは、彼の背に揺られながら申し訳なさそうに声を漏らす。


「すみません、ジュリアスさん」

「いいのよー、君おっきいけどまだまだ軽いから。早く筋肉で重くなりましょうね」

「はい……」


 ジュリアスはきっとイヴァース副団長に聞いているんだろう。ルークが剣士として高ランクに育つ可能性があるのだと。だから期待している。だから非番といえども私達を老師の元まで連れてきたんだ。

 期待の大きさに気が付いているのか、いないのか。ルークの眼差しはより一層強く前を向いていた。

 途中で騎士団詰所に寄って荷物を受け取ってからギルドへと足を向ける。

 ジュリアスにクレープをおごってもらった広場から数十分歩き、ギルドが立ち並ぶ区画に入っていくと。


「――あれ? うちのところ明かりついてない?」

「え? あら、ほんとね」

「ぴかぴかです」


 ギルドが入っている建物の前で、私は違和感を覚えて声を上げた。私達は陽のあるうちにギルドを出ているから明かりはつけっぱなしではない。誰かがギルドまで来て明かりをつけなければ、つくはずがないのだ。

 どうやら明かりがついているのは廊下の方で、ギルドの中は暗いままだ。

 お客さんだろうか?

 気になって早歩きになりながら、ギルドのある二階に登って廊下の扉を開けると――――。




 ギルドの前に、仔猫を抱きかかえたおっさんが捨てられていた。

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