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■17 悪夢を見ない方法(sideルーク)

 今日も朝から剣を振る。

 日課のトレーニング、師がついてから欠かすことのない鍛練。いまやサボった方が体が気持ち悪さを感じるくらい馴染んでしまった。

 ただの無力な浮浪者から、縁あって剣を握りギルドの一員となった。焦って失敗したり、後悔したり、泣いたり……今だってまったく完ぺきではない剣士で、この心地のいい居場所を守ることにいっぱいいっぱいになっている。

 無様なところを見せたくない。意地をはっても、剣を振り続けている。


 今でも夢に見る。ギルド大会決勝でのクレフトの姿を。

 最後、彼はなにかにとりつかれているかのような顔をしていた。すべてが抜け落ちたような人間としての違和感。クレフトとはじめて対峙したとき、はっきりと感じられたあの震えるほどの感情を俺はなんだったのか、知っている。


 あれは、『恐怖』だ。


 クレフトはシアに恐怖を感じていた。俺の目には、あいつがただただ虚栄を張って、身の内から溢れ出る恐怖心を誤魔化しているようにしか見えなかったんだ。それは彼自身も気づいていなかったものかもしれない。シアに対してあれだけ辛辣だったのは、恐怖の裏返しだ。シアといることで恐ろしいなにかが身に降りかかる……そう感じていたのかもしれない。

 俺は女神のことについて、よくはわかっていない。シアは詳しく話さないが、クレフトがああなったのには女神や教皇側が関わっていたのだと思う。


『ちがう、ちがう、オレは……選ばれた。負けない、勇者は、誰にも』


『そうだ、オレは、弱くない。この世界が間違っている。この時間が間違っている。やり直そう、やり直せる。ぜんぶぜんぶ、巻き戻して、やり直して』


 夢の中で狂気におかされたクレフトが言う。

 これは記憶。

 入れ替わるように映像が乱れて……そこにいるのは俺になる。

 俺が同じセリフを言う。

 狂気におかされた俺がいる。


 クレフトはリーナを人質にとったが、夢で立場が入れ替わった俺は、シアを――殺した。


「!!!!」


 悪夢はいつもそこで終わる。

 最悪な目覚め。全身は冷や汗でびしゃびしゃで、呼吸も荒い。

 どうしてこんな夢を見るのだろう。クレフトのあの姿を俺はずっと忘れることができないでいる。あそこにいたのは確かにありえたかもしれない俺だった。


 俺も贄だったんだと知ったから、それは現実味を帯びてここにある。

 だからこその悪夢だろうか。

 シアは俺が優しいから、クレフトにはなりえないと笑っていたが、俺はまったく笑えない。本当にそうだろうか? 優しいとはなんだろう。人が心を歪め濁らせることに強いも弱いもあるだろうか? 俺は自分自身をそれなりに理解している。なんてことはない普通の男で、他人を羨んだりひがんだりもする。きっと俺よりも強いやつが俺の居場所を奪おうとしたら、どんな手を使ってでもしがみつこうとするだろう。

 なんて、みっともない姿だ。

 みんなに軽蔑されてしまうかもしれない。


 汗を拭って、一心不乱に庭で剣を振るった。

 しばらくして、ふらりと歩いているシアを見かける。話しかけようとも思ったが、なにか固い表情で歩いていくから声をかけそこなった。そういえば出かけるとか言っていた。ここ数日、シアは単独行動が多い。色々と考えがあるのだろうが、俺になにか役立てることがないのかと少し焦ってしまう。

 おっさんも多少シアのことを心配しているようだが、今のところはなにも言わずに見守っている。サラさんも同じだ。リーゼロッテとは接点が少ないが、ちょこちょこと現れては屋敷の掃除をしたり料理の仕込みを手伝ったりして、そそっと帰っていく。まるでお手伝い妖精さんみたいだ。

 リーナとシャーリーは子供決起集会をしてから、修行にあけくれて……いる風だ。火の王の修行といってもまだ子供にするようなことだから、俺が受けた扱きみたいなことはない。しかしやりきって帰ってきているのか、子供達は手ごたえを得た顔つきをしている。

 二人とも魔法使い系だから、魔力が強くなったかどうかは俺にはわからないが、練度はあがっているように感じた。


 だからこそ焦る。

 子供達が、自ら力を高めがんばっているのに俺は……と。

 そこまで強くなった実感はない。以前と比べたら格段と、もはや無力だなんて自分で卑下することもできないくらい実力はついた。それでもまだ足りない。永遠に足りないまま。どこまでいっても。


 こういう精神状態のとき、一人での訓練はあまり身にならない。オーバーワークになりがちだから。少々だらしのない面もあるが、師としてとても尊敬するゲンザハーク老師……こんな姿を見たらがっかりさせてしまうだろうか。


 思わずため息がでる。


「おや、なにかお悩みですか?」

「げっ」


 その言葉に誰か確かめるまでもなく、若干の拒否反応が口から出てしまった。


「ふふ、そんな嫌そうな顔をしないでください」


 ヴェンツァー・アルヴェライト。俺は彼が苦手だ。彼自身がというか、彼の見た目が。すごく騙されそうだから。


「私は堅実な商人ですよ。詐欺は致しません、お客様の信用を下げますから」


 心を読まれている。そういう風なのも苦手だ。


「ちょいちょい見かけるが、シアと取引でもしてるのか?」

「ええ、少々。中身は言えませんが」

「……そうか」


 信用がないとは思わないが、少し寂しい。


「それよりも、なにか困りごとがあるのではありませんか? お悩み相談でしたら、一回無料で受け付けておりますよ」

「見積無料でもそこにかこつけて何か売りつける気だろ」

「いえいえ、そんなことは。便利商品のご紹介はするかもしれませんが」


 それが怖いんだよな……。

 だが、俺は少し悩んだ。俺の困りごとの解消は自分自身の問題であるから彼になにかしてもらうことはできないし、無意味だろう。だけど……。


「同じ悪夢を見るんだ」

「……ほう?」

「あるときを境に、たまに。でもだんだんと多く。その経験は俺じゃなく別人がしているはずなのに、いつの間にか俺がそいつになっている。……夢だし、荒唐無稽だと思う。不安な気持ちがそんな悪夢を見せるのか……」

「なるほど。お望みは悪夢を見ない方法、でしょうか」

「まあ、そうかな。原因はストレスとかだと思うから、ゆっくり休むとかあると思うんだが」


 それほど無理をしているときでもないのに、見ることが増えた。だからちょっと怖くもある。まるであの悪夢こそが現実なのだと錯覚しそうで。


 ……いつか、気が狂いそうで。


 そんな俺の顔をじっと見ていたアルヴェライトは、こんなことを言った。


「ルークさん、並行世界……という言葉を聞いたことはありますか?」

「並行世界? あー、確か前にどっかで……」


 そうだ、おっさんの故郷で起こった事件のとき、聞いた覚えがある。おっさんの幼馴染であるヴェルスという男が、並行世界の話を少ししていた。


「ありえたかもしれない未来。ひとつひとつの選択が別の世界線を作り、軸が少しずつずれていく。それはあまりにも多く枝分かれし、どれが本当なのかなど誰にもわかりません。私達は私達の現在の世界線という軸でしか物事を知ることはできませんから。しかし、ごく稀に別の世界線の軸を垣間見えてしまう人がいるそうです。特殊な力を持つ、巫女ならばそれが可能だとかどうとか」


 ヴェルスは、特殊な巫女の血筋だったはずだ。それが原因であの事件に結び付いたとも言える。だがその血を現在受け継ぐのは、おっさんとサラさんとシャーリーくらいだ。彼らからそんな話は聞かない。俺は……。


「そういや、俺……自分がどんな出自なのかまったく知らなかったな」


 嫌な想像くらいしかしたことがない。探したところで意味ないし、知りたくもないと思っていた。


「そうであると確証はありませんけど、話を聞く限り近いものを感じてしまいました。ルークさんは孤児でしたね、なにか身を証明するものなどはなかったのですか?」

「……あるには、ある」


 俺を最初に見つけてくれたのは、王都の司教様だった。レヴィオス司教じゃなくて、前に司教を務めていた老人の方だ。その人が言っていた。


『この指輪は、君が持っていた唯一のもの。大切なものです、けっしてなくしてはいけませんよ』


 穏やかな老人の厳しい瞳を今でも覚えている。俺もなんとなく唯一のものだと記憶がなくても大事にしていた。だが、浮浪児が持つ金目のものとして何度も狙われて、奪われた。だが。


「何度奪われても必ず俺の元に戻ってくる……ちょっといわくつきかもしれない最初の所持品だ」


 おしゃれで指輪をつけないし、狙われるので表に出すことはない。首から下げて服の下にいつも隠している指輪を彼に見せた。アルヴェライトは興味深くそれを観察した。いわくつきかもと言ったのに、まったく臆さない姿は彼の好奇心の強さを感じさせる。

 赤く光る小さな宝石が、アルヴェライトの瞳を映した。


「綺麗な石ですが、どのカタログにもない宝石のようです。不思議な……魔石かもしれませんね」

「魔石って、魔法使いが自分の力を固めて作るあれか?」

「正確には魔法使いでなくとも魔力が多少あればできます。お守りなんかに使うことが多いかと」


 ああ、シアがベルナール様から貰ってたあれみたいなものか。


「その石が、あなたをずっと守ってきたのかもしれませんね。私にはその石がいわくつきとは思えません。……深い愛情を感じますよ」

「あい……じょう?」


 言葉の意味は知っているはずなのに、自分が対象になっていると途端に理解が追い付かなくなる。


「『必ず守る』そんな固い意思というか、思いが感じられるのです。あたたかなこの力は、ルークさんに害をもたらすとは思えませんね。おそらく、この石の作り手は母親ではないでしょうか」


 なんと返したらいいかわからない。なんとなく、なにか持たされるなら親の持ち物だろうとは思えたが、そこにどんな意味があるのか……考えたこともなかった。

 だって、俺は捨てられたんだから。


「どのような事情があろうとも、あなたが苦労なされたのは事実。その石に対してどう思うかは自由と思いますが……その石の固定に使われている貴金属、そこから推察するにその方は特殊な異国人だったと思います」

「特殊な異国人?」

「ええ、その貴金属は手広く商売をしている私でも詳しい製作工程を知らない、取引ルートがいまだに確保できない未知の国、ノーラのもの。神秘の国として知られ、その全容は外の人間は誰も知らない。ノーラの民が国外へ行くこともまれと言われていまして、その国の商品が外にでることもほとんどない。数少ない品のどれとも違うこの細工は、ノーラの民の元々の持ち物と言っても大きく違わないかと」


 頭が混乱してきた。


「つまり俺の母親はノーラの人かもしれないってことか?」

「可能性は高いと思いますよ。それに仮にそうだとすると、ノーラの女性は特殊な力の持ち主だとも言われています。それこそ並行世界を垣間見ることもできるとか、そういう」


 それは沢山の可能性のひとつの話で、仮定のものだ。

 俺の夢はただの悪夢で、疲れとか不安で見ている類のものだといったって通じる。だが、こんなにも色々と情報が出てくると、聞かなきゃよかったとも思った。


「……なんにせよ、あの悪夢があったかもしれない並行世界の現実なんだとしたら」


 俺はクレフトをなにひとつだって笑えやしない。

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