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■16 天地割れるくらいの喧嘩

 今の状況を簡単に整理するなら、悪い人に『力が欲しいか?』と甘いささやきをされている……感じだろうか。魔人の長と表現しても過言ではないであろう邪神ノア。その存在はいわば、異世界人のなれの果て、女神に深い恨みを残し無念にも命尽きた魂の集合体。

 そこに個はなく、ノアの意識……と言っていいのかわからないが、そこには明確な女神への憎悪が込められているのだろう。安堵のような感情と、言いようのない恐怖が同時に存在するのは、ノアの中にはおそらくメグミさんも含まれている。元から憎悪に満ちた人ばかりではなかったはずだ。だが、様々なものを踏みにじられた結果、邪神として顕現してしまったのだろう。


 メグミさんは言っていた。生まれた世界を、そこで生きていかなければならなかった世界を捨てて逃げた――自業自得なんだと。

 だけど、メグミさんの話を聞けばそこは逃げてもいい場所だったのではないかと思う。

 苦しくて、苦しくて、痛みしか感じられない場所から逃げたらいけないなんて、それこそ理不尽ではないだろうか。人間には心があり、足があり、知恵がある。その場にとどまり、生きていけなんて残酷だ。


『生き続けなさい』

『死んではいけない』


 私は生きなければならない地獄を味わった過去がある。脅迫と同じような『生きる』をし続けて、いったいなんの意味があるのだろうか?

 逃げられるのなら、どこへなりと逃げてしまっていいじゃないか。逃げた先には、思い描いたような楽園があるかもしれない。自分を認めてくれる場所があるかもしれない。楽に、今よりも痛みを感じない場所だったならそれは正解ではないか。


 異世界人のすべてがメグミさん達のようになったわけではない。ラディス王国には本当に多くの異世界人が流れ着く。彼らはそれぞれ、なんらかの能力を持っていたし前の世界に戻ろうとする者は稀だ。その意味を考えれば察することはできるだろう。

 とても、生きにくい世界があるのだと。

 だからといって、この世界が楽園かと言われれば私は頷きはしないけれど。


「力はもちろん欲しいです。なにかをなすには、絶対に障害以上の力がなくちゃいけない。でも、魔人のしてきたことを思えば、そんなやつらの親玉の手をかりたいとも思えないですね。正直」

「ほんとに正直な意見だねぇ」


 ソラさんがなぜか機嫌を良くした。ノアの方は正直表情がないのでどう思っているかはわからない。


「……復讐とは無意味なもの。それをしたところで誰の溜飲も本当の意味で下がることはない。それでも復讐に駆り立てられるのは、そこに人としての感情があるからだ。法を口ずさみながら、その手は私刑にまみれる。人の(さが)は、時に美しく、時に残酷。私という存在は、人の感情が寄り集まったモノ。醜悪にして、純粋な人の心。だからこそ、君は私に安堵し、同時に恐怖する。私は君の心にそぐわず、そして同時に共感もするだろう」


 私はなにも言えなかった。


「私は復讐のために、ありとあらゆる手を尽くすだろう。そこに善も悪もない。君が能力を得ることで私に利がうまれ、それで得た力で君が私を打倒そうというのなら、それは君の事情であり、感情であり、目的である。私はそれを尊重し、君を迎え撃とう」


 つまりは利害が一致してるから、ノアは単純に私に力が集まっていいと判断しているのか。あくまでノアは女神への復讐で動いている。その行動が、私をノア討伐に突き動かしてもそれはそれ、ということなのだろう。


「……白黒はっきりしてるのは、ありがたいです。私が純度百パーセントの光属性なら、また別の方法を探ったかもしれないですけど、こちとらエセ光属性なもので話しが早そうなので、話だけは聞いておきます」

「保険残しながらあくまで強気な態度で交渉しようとするの、(こす)いよね。さすがまな板ちゃん」


 おだまり! と言いたいが、ソラさん相手に反応するのも疲れる。


「君の正確なルーツを知るには、皇帝家と契約する帝国守護精霊に会うことだろう」

「帝国守護精霊?」


 ラディス王国にも国を守護する精霊が存在する。対面できるのは優秀な騎士と王家の人間くらいだそうだから、そのあたりはくわしくはないが。


「君はそもそも異世界の血を引いている。ならば帝国の精霊に聞くのが一番正確な情報になるだろう。精霊と女神はまた別の存在であるがゆえ、互いに干渉しないからね。もしも精霊の試練すら突破できれば、さらなる力も期待できる」


 確かにそうならば、とてつもない力は得られそうだ。女神の、与えられた聖女の力なんかじゃなく。別の力で……。試練を越えられれば、それはすなわち私自身の力だと胸をはって言える。


「でも、国の精霊ということは皇帝家の許しがいりますよね? さすがに一応外国人一般市民が皇帝に謁見なんて無理なんじゃ」

「そうだね……私は嫌われているから私の言葉は聞かないだろう。城に侵入し、皇帝に面会することだけなら私単独で可能だけど」


 不法侵入&脅迫かな。アウト!


「ということでソラ、アオバに頼めるかな?」

「え? 父さんにぃ……やだな」


 そもそも頼まれごとじたい嫌がるタイプの自由人ソラさん、あまり仲良くもない父親と交渉なんて絶対引き受けないだろう。


小夜(さや)が皇帝継いでくれたから良かったものの、あのとき父さんと天地割れるくらいの喧嘩してから折り合い悪いんだよねぇ」


 なんかおっそろしい大昔の親子喧嘩の光景が浮かんでしまった。西にある大きなクレーターに逸話があるとこの間行った公園の解説で聞いたけど……。


「ソラさん、その……サヤさんって?」

「んー、妹。僕と違って真面目っ子でセカイノユクスエ? ってのを案じてたからねぇ。この世界で生まれたのに、父さんの感情に引っ張られたんだよ、簡単な話」


 それは少し、馬鹿にしたような口調だった。意味わかんない。暗にそう言ってるのかもしれない。


「僕も一応そのけがあったとはいえ、最初っからこうじゃなかったんだよ。でもまぁ、色々あった。すんごいいっぱいあった。だから自由が好きだし、僕の自由による被害とかどうでもいい。他人とかどうでもいい。僕が嫌いならそれでいいし、恨まれたらそれでもいい。正直、もう興味がわいたものしか関わりたくない」


 すんごいいっぱいあった。この言葉に一体どれくらいのものが含まれているのか、数十年そこらしか生きていない私には想像もできない。私はさすがに彼の過去なにがあったとしても、彼と関わるのは疲れるし、歓迎できない。でもそれでいいんだろう。彼はたぶん、アオバさんと同じくらい他人に疲れている。


「そうなると、皇帝陛下はサヤさん……? 確かにそうならアオバさんが頼めばいける……」

「ああ違う違う。今の皇帝は小夜じゃないよ。僕は父さんの一番いらない能力(チート)継いじゃって不老だけど、小夜は普通に人間の一生終えたから。皇帝家は小夜の子孫が代々継いでる」


 あ、そうなんだ。当たり前のように不老だと思ってしまったが、その能力自体稀なものだと思い出した。


「なら、なおさらアオバさんの言葉が必要になりますよね?」


 私とノアに見つめられて、ソラさんは頭を抱えた。他人なんてどうでもいいし、自由に振舞うソラさんだが、今回は事が事なのか珍しく悩んでいる。

 最終的にソラさんは、すっと縦長の黒い箱のようなものを私に差し出した。


「……父さんの番号、最古のメモリーに一応残ってるからそこから連絡して……」


 パパと喧嘩して家に帰れない気まずい子供か!!

 仕方がないのでそのブツを受け取ったが。


「どうやって使うのこれ?」


 未知なるモノに、人差し指でツンツンするしかなかった。

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