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■14 俺なら発狂する

「己の起源を知るのは、怖いか? そうだな、知らなくていいなら知らない方がいいことも世の中あふれている。だが、自分が自分であるための証明を己自身でできなくなったのであれば……自分が本当は何者であるのか、知らなくてはいけないのかもしれないな。確固たる己を得た先に、その能力は真価を発揮する。今、お前が使えるのはせいぜい、メグミの力の残りカスだ。今の自分を肯定しようとすれば、できるだろう。……お前が納得するかは別だが」


 ……。

 言葉がでない。

 私は、私。口に出すのは簡単だ。だけど、私自身が真にそう思うことができない。もともと厄介な性格だ。シリウスさんを未だに『お父さん』と呼べないのも、きっと同じような理由なんだろう。

 みんな曖昧に生きている。

 当たり前なんだ。

 だけど、こうして正面から突きつけられたとき、私は考えてしまう。


 私は、誰なんだ? と。


「あー……ほとほと自分が面倒くさいです……」

「そうだな。そんな顔をしている。お前、本当のところ『白か黒』『0か1』しかないタイプだろう。周囲に合わせて納得をした振りをしているだけで、心の底ではずっとモヤモヤしている」

「……おっしゃる通りで」


 小さい頃から、大人の顔色を窺うことだけが得意な子供だった。周囲に合わせるのも、自分が合わせているんだと気がつかないようにしているのも上手。

 自分をだますのも結構上手。


 覚えてる。カピバラ様が、私の過去に入ったとき、私は私を殺したんだ。私は私が大嫌い。嘘ばっかりつく。自分に嘘をつきすぎて、どれが嘘かもわからなくなっている。

 私は私の中でずっと疲れていて、私の中で何度も私は私に殺されたのだ。


 司教様に会って、シリウスさんに会って、姫様達に会って、ベルナール様に会って……。

 ギルドの仲間に巡り合った。

 私がたまらなく欲しかったものが、今はたくさんあるのに。


「……私、まだなんか嘘ついてますかね?」

「知るか。お前にそれほど興味がない」


 冷たい。

 さすがの人嫌い賢者様は、真っ先に面倒くさい女の投げかけた相談をぶった切った。

 大正解である。


「あ~~!! めちゃくちゃ嫌だ! 怖すぎるっ。でも、力は欲しい! 無力なだけの意思なんて、なんの意味も生み出さない。理不尽な世の中、強い奴が正義なんだから! 綺麗ごとなんてくそくらえだ!」


 テーブルをバシバシ叩く。八つ当たりの場所がなさすぎる。


「そう思うなら、その怖い目にあって己の起源を知るがいい。その後、あまりのショックに闇落ちしたら討伐してやる」

「うわー……たのもしぃ」


 その結末、ありえそうで怖いんだよなぁ。私、乗り越えるヒーロータイプじゃないんだよ。普通に精神は闇属性に傾いてるだろうから、闇落ちするタイプなんだよ。

 もう強く頭打って記憶喪失になりたいです。


「……しかし、少し不思議だな」

「え? なにがです?」

「お前は覚醒者だ。血筋からみても、あまりにそもそもの能力(チート)が弱いような……」


 そういえば、司教様に自分の能力(チート)について、他人より聖魔法の習得が早く技能が高い。それがそうなんだと言われた。

 そのときはただ、えー私の能力(チート)しょぼいって思っただけだったが。

 そこまで考えて、ふと気がついてしまった。


「あの……その口ぶりだと、アオバさんってもしかして私の血筋をご存じで?」

「……」


 無言で視線を反らされた。

 コミュニケーションが下手すぎで苦笑い。


「私の正体って、知ったら闇落ちレベルです?」

「俺はお前じゃないから、お前がどういう反応をするかなんてわかりようがない」

「で、ですよね……」


 相変わらずの冷たい切り替えし。


「ただ」

「ただ?」

「俺なら発狂する」


 フラグが立っちゃったじゃん……。

 わかってたけど確実にロクなやつじゃないじゃん。


「……はぁ」


 アオバさんは、疲れた様子で溜息をついた。


「話過ぎた……もう、出ていけ」

「え、ちょ、え!?」


 あまりに唐突だし、まだ話したいこともあったし、話過ぎたってまだ十五分程度しか時間たってないんですけど!?

 どんだけ人嫌いの引きこもりなの!? リゼという引きこもり娘を持つ私もびっくりだよ!


 しかし、延長を希望しても問答無用でぽいっと塔から叩き出されてしまった。塔は蜃気楼のように消え去って、私は道を作った場所からまた違う現実世界に投げ出されてしまった。

 ここ、どこですか。


「踏んだり蹴ったりとはこのこと……」

「そう? 父さんにしては優しいと思うけど」

「ほぎゃあああ!?」


 人気がない場所で、一回周囲を見回したときには誰もいなかったはず。だが、すぐ背後から声が聞こえて盛大な奇声が響いた。


「元気だねぇ、まな板ちゃん」

「そ、そそそ、その失礼な呼び方は、もしかしなくてもソラさんっ」

「正解」


 ぽろりんっとリュートをのんびりと鳴らすのは、間違えようのない希代の変人、ソラさんだ。アオバさんに放り出された先でその自由奔放息子に会うとは、偶然か?


「偶然じゃないね」

「心を読まないでください!」

「だって顔に出てるんだもの」


 頬をツンツンされた。

 むきぃっと怒りたくなったが、ハタッと気がついた。

 会話ができている?


「ソラさん、今あなた厄介な人です?」

「厄介な人ですねぇ。だって話通じてますもんねぇ」


 通じているようで通じていない気もするが、彼がこちらの話に耳を傾けているときは、例外なく厄介なことになっているときである。


「僕、実は今からまな板ちゃんを奈落の底に突き落とすお仕事をしなくちゃいけなくってね」


 ……よぉーし、全力だ全力疾走で逃げよう!

 今のソラさんは味方じゃない。50%くらいの確率で。

 もともとよくわからん人だが、話が通じるときは本当にマジで怖い。通じないときの方がいい。関わらない選択をすればいいだけの話だからだ。


「でもね、僕ってニートだからさぁ。仕事したら負けっていうかね? そもそも仕事って言われた時点でヤダっていうか。指示されるとかあんまり好きじゃないというより、大嫌いだし。言われた瞬間にやる気なくすよね」


 ん? 逃げなくていいやつか?

 ダメ男がなんかダメなこと言ってるな。


「僕としても、まな板ちゃんはかわいいおもちゃだしね。壊すのはもったいないし」

「……物騒なんですが。後、まな板ちゃんじゃないです」

「そもそも、まな板ちゃんが大変なことになったら親友殿に絶交されちゃうし」

「あ、絶交は嫌だと思うんですね意外です。後、まな板ちゃんじゃないです」

「けどさぁ、まな板ちゃんの今後を考えると、奈落の深さの千尋(せんじん)の谷に落とさなきゃいけないとも思うんだよ」

「奈落の深さの千尋の谷に落としたら、普通に死にます。後、まな板ちゃんじゃないです」


 会話は平行線をたどった。


「そうだ、間をとって僕と一緒に落ちようか!」


 どんな間!?


「奈落の底ってどうなってるんだろうね。一緒に見に行こうか」

「遠慮させていただきま――遠慮するって言ってんでしょーがあぁぁぁ……!」


 話を聞いているようで聞いていない。

 どちらにせよ厄介な変人、ソラさんによって私は意味不明な事態の中、突如地面にあいた真っ暗な穴にソラさんと共に落ちていったのだった。

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