表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

185/276

■13 リセットされている

 アオバさんのいる塔は、どこにもない空間なのだろう。ぐにゃりぐにゃりとあらゆる方向に屈折する歪んだ空間を真っすぐ歩く。真っすぐ歩いているかは正直わからないが、導のように光の道が伸びている。そこから外れたら、一生この空間から出られないように思えたので慎重に進んだ。

 しばらく歩くと高い塔が見えた。あれがアオバさんのいる塔だろう。それ以外の建築物もない。殺風景といえば殺風景だが、ここに緑の森がある……と思うとあるようにも感じた。幻覚の一種なのか、そう思うことで想像に近い場所と繋がるのか。まったくわからないが、進んでいるだけではなんだか不安で色々と考えてしまう。


 近いようで、なかなか辿り着かない塔の前にようやくたどり着いた。石造りの塔は、とても冷たく重い印象を与える。すべてを拒むようなそのたたずまいは、まるでアオバさんそのもののようだ。

 私は深呼吸をしてから、塔の扉を叩いた。


「お久しぶりです、アオバさん。私、以前クレメンテ子爵の屋敷でお会いしたシア・リフィーノとお申します。突然の訪問、お許しください。どうしても、お話したいことがあるのです。どうか、お目通りを!」


 手土産は一応用意している。

 子爵が教えてくれたのだが、アオバさんはアップルパイが好きなんだそうだ。急いで作ったが、食べられるできだろう。

 しばらく無音が続いて、どうしたものかと思っていると。


 ガガガガガ。


 重いものを引きずる音が響いて、扉が開いた。

 どうやら招いてくれたらしい。彼が私を罠にはめる理由はないと思うので、緊張は高まるばかりだが素直に足を踏み入れていった。

 螺旋階段を上へとのぼる。

 途中の階には色んな部屋があって、ほとんどが倉庫や書庫で埋め尽くされている様子だ。生活感はあまりないが、塔の上の方が彼の居住区なのかもしれない。

 そう思ったが、辿り着いた彼の一つだけの私室は質素で物に執着しないタイプなのだと見てわかった。


「入るといい。そこに客用の椅子があるから一緒に持ってこい」


 質素な部屋で、木の椅子に座り本を読んでいる青年がいた。黒いローブにゆったりとした黒の法衣。黒い髪と黒い目。肌がなければ、すべてを黒一色で染められているといっても過言ではない人物は、間違いなくあのとき会った大賢者アオバさんだった。


「突然の訪問をお許しください。どうしてもお話したいことが……」

「わかっている。人と話すのは億劫だが、必要なことだろう。だからこそ通した」


 深く息を吐くアオバさんは視線をこちらにくれない。本に視線を落としたまま、会話をするようだ。


「あ、あの……アップルパイを焼いてきたんですけど」

「……コロポックル」


 ?

 なにを言われたのかわからず首を傾げていると、小さな足音がパタパタと足もとから聞こえてきて視線を下にした。すると手のひらサイズの小人が数人、こちらを見上げてきた。


「あっぷるぱい、ありがとー」

「「「ありがとー」」」


 可愛い声でお礼を言いながらも、しっかりとアップルパイを受け取る手が伸ばされる。私は慌てて彼らにアップルパイを渡した。小人には大きなサイズだが、力をあわせてワッショイワッショイと運んで行った。たぶん、アオバさんに従属する小精霊かなにかだろう。聞いたことのない名前だったけど。


「あとでいくらかカットしてお茶と一緒に持ってくるだろう。切り分けは下手だが、そのあたりは許してやってくれ」

「は、はい」


 椅子を適当なところに置いて、ようやく座るとアオバさんは。


「で、俺になにを聞きたい?」


 ぶっきらぼうに話を振ってきた。私が来た理由はわかっていると言っていたが、私が聞きたい順で答えてくれるらしい。


「色々ありますが、今一番私に必要だと思う情報は、メグミさんの力についてです」

「……そうか。やはりメグミはお前に力を託したか」


 アオバさんの心境は声音だけでははかれない。私にメグミさんの力が渡ったことを彼はどう思ってるんだろう。


「メグミの力をうまく扱えない。だからその方法が知りたい、というところか」

「はい」

「……知らん」


 ……え?


「え? し、知らんって?」

「この世界に来てからもメグミと面と向かって会ったのは数える程度だ。メグミの能力を熟知するほど知ってはいない」


 あれ!?

 これはちょっと予想外だったんだが!?


「だが、≪お前≫をみることで力を予測することはできるだろう」


 ハッと前を向けば、アオバさんが面倒そうに手をかざした。私の体が淡く光る。あのとき、メグミさんから譲り渡されたときに感じたものとたぶん同じ。


「……なるほど。メグミが扱っていたときは、ラメラスが聖女に与えるような力と同じような癒しと浄化の力を発揮していたが。その傾向は残りつつも、別の人間にうつったことで能力自体がリセットされているな」

「りせっと?」

「初期値に戻されているといえばいいか。そもそも異世界の神がメグミに与えた能力(チート)は、決まった能力ではないらしい」


 アオバさんに説明された能力解説は色々と難しかったが、要約するとこうだ。

 メグミさんの能力自体は白紙の状態。力を使う本人の意思によってその力は上書き、固定され能力として発揮されると。


「つまり、私とメグミさんが別人である以上、同じ能力にはならない……?」

「……一応、兄だった俺から見るとお前とメグミはよく似ている。だから同じような力を発揮することは可能かもしれない。だが、能力が白紙から上書きされる条件がはっきりとはわからないな。それさえできれば、メグミの劣化した真似事しかできない現状は変えられるだろう」


 なんてこった。メグミさんの力を理解して訓練すれば使いこなすことが可能かもしれないと思っていたのに、最初からつまずいている。


「そんなのどうやって上書き方法を探れば……」

「メグミの力は、その存在の在り方に大きく影響を受ける。例えば、なぜメグミはラメラスが与える聖女の力と同等のような力に上書きしたのか……わかるか?」


 それはもしかしたら。


「メグミさんが、『聖女』でいなくちゃいけないと強く考えていたから……でしょうか?」


 アオバさんは頷いた。


「せっかく前の世界を捨ててやってきた異世界。ここでは幸せになりたい。愛されたい。そう思うのはあたりまえのことで、あいつには必要なことだった。世界と周囲との同調、それがあのときメグミが一番にしなければいけないことだったんだ。前の世界の環境が、メグミをそうさせた。……お前はどうだ?」

「私の……ありかた」


 血筋もよくわからない。

 母親が、教皇に体を使われていたという衝撃の事実はあったが、彼女自身がどこの誰なのかまでは知らない。父親なんて顔も知らない。

 私は誰なんだろう?

 私は、なにをもって私なのだろう。

 シアと名前をつけてもらった瞬間からが、私は私と胸を張れる気持ちになれる。それ以前の私を全部切り捨てていいのなら、シリウスさんという養父がいて、司教様というおじさんが……。

 ああ、いや……司教様は……違うのかな。


 名前、つけてくれたの――司教様なのにな。


 あの人に、否定されたも同然の今、『シア』という名前に意味はあるのだろうか? そんなこと今まで考えたことがなかった。自分が生きているのなら、そこには確かに存在はしていて。なにをもってシア・リフィーノとするのか、定義することは難しい。他の人も言葉にして説明はできないくらいあやふやだ。だけど最低限のものはあるのだ。

 それは名前だったり、家族だったり。


 私の記憶は、教皇に道端に捨てられた瞬間からはじまる。

 街を彷徨い、さらわれ、名ばかりの孤児院に入れられて番号で呼ばれた。

 高い危機回避能力で、売り飛ばしを先延ばしにし、教皇に呼び戻されていた私をシリウスさんは助けてくれた。

 家族ができて、名前をもらって。


 私は、私になったと思っていたのに。

 過去は過去って、前ならちゃんと言えたのに。


『誰の記憶にも残らないように、殺すつもりだったってのにな』


 じゃあ、どうして私に名前をくれたの?

 司教様、私……。



 自分が誰なのか、わからなくなっちゃったよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ