■12 つよくなりたいにゃ!
「シャーリーはおもっているの……ギルドメンバーであるいじょう、ひびこうじょう! つねにじょうしょう! つよくありゃねば――かんでないの、つよくあらねばならないと!」
アルヴェライト商会の代表、ヴェンツァーさん訪問後の夕刻。庭で子供達による決起集会が行われていた。木箱で急遽作られた台座は、突貫にしては頑丈にしてあってルークの器用さと仕事の速さに感心する。台座の上に乗ったシャーリーちゃんは胸を張って、決起仲間であるリーナ、のんちゃん、リゼ……なぜか巻き込まれて呆れ顔ながら律義に出席している黒蛇姿のコハク君に向かって熱の入った演説を披露している。
「まだまだ、こどもであるシャーリーたちは、よわい! おとなにまもってもらえるのが、こどもだけど……シャーリーはそれにずっと、あまえっこしていたくないとおもうの。だから、いまいちどきあいをいれなおしたい! シャーリーはつよくなりたいにゃ! ……かんでないの。にゃんこのまねなの」
熱弁しながらも、噛み噛みするのが可愛い。
なぜ、シャーリーちゃん達がこんな熱い決起集会を起こしたのか。それは観光の最後に起こった水ぶっかけ事件が原因である。結局、犯人はわからなかったし、どうすることもできなかったのだけど……子供達はただ、未知の恐怖に怯えるだけだった出来事を遺憾に思ったらしい。
もっと、なにかできた。
リーナとリゼに至っては、シャーリーちゃん以上に無力さを強く感じていただろう。子供達は子供達でギルドメンバーとしてなんとか力になろうと色々と考えているのだ。子供を守るだけの存在だとするのは、大人の一つのエゴかもしれない。とはいっても、どれだけ強い力を持ったとしても子供は子供として守りたいと思う大人の気持ちも間違いじゃないと思う。
子供達の決起集会に、私達も参加したかったが今回は『18歳未満の子供のみ!』と言われてしまったので、大人組はこっそり見守っている。
『俺が子供組にされてるのは、納得いかないんだけど……』
使い魔であることを明かしたコハク君は、そんな風に文句を言っていたが、大人しく集会を見守っている。
「でもしゃーりーちゃん、りーなたちが、つよくなるにはぐたいてきにどうすればいいとおもうです?」
「リーナがまえにいっていた、まじょさまにしゅぎょうしてもらうほーほー。どくがくは、やっぱりむずかしいし、こうりつがよくないとおもうの。だからしゅぎょうしてもらうのが、いちばんいいっておもう」
「し、修行をしてもらう師匠の心当たりがあるの?」
シャーリーちゃんがリーナとリゼの質問に強く頷いた。
誰だろう? 私には見当がつかない。魔法系で私かレオルド、武、剣術系でルークやサラさんが担当はできそうだけど……。
「ほのおのおじさま!!」
ほのおのおじさま……?
言葉の意味がわからなくて首を傾げる。聞いていた大人組のほとんどが『ん?』みたいな顔だったが、レオルドだけは『えーー!!?』って顔になっていた。
「ゆめのなかでシャーリーといつもおはなししてくれる、かっこいいほのおのおじさまがいるの。つよくなりたいなら、けいこをつけてやらんでもないぞ? っていっていた!」
……まさか、ほのおのおじさまって――火の王のこと!? あの精霊界で会った!?
「シャーリー、ほのおのおじさまはとってもすごいそんざいだと、ちょっかんしているの! ゆめでしかあえなかったけど、かぴちゃんがいっしょならあえるって」
私はそっと脳内で言葉を発した。
≪カピバラ様、カピバラ様、応答せよ≫
……。
……。
無視かい!!
「かぴばらさまー、いたらでてきてー!」
『おーう、いるぜ』
こっちの呼びかけには答えないのに、シャーリーちゃんの呼びかけにはすぐに答える聖獣様。あとでもふもふの刑にしてやろうか。
可愛い子供達にもてはやされて、デレデレのカピバラ様に持っていたお玉の柄が折れた。
「シャーリー、本当に火の王のところで修行するのか?」
ちょっと心配そうなレオルド。それはそうだ、精霊界はそもそも普通の人間がいられる場所ではない。加護があっても、影響はでそうなものだ。
「だいじょーぶ。ほのおのおじさまが、せーれーかいとこっちのせかいのあいだに、がっしゅくじょうをつくるって」
火の王……人間と精霊では感覚が違うことも多々ある中、この行動はどう見ても可愛い孫に激甘なおじいちゃんである。
「りーなも……いいんでしょうか」
「わ、私も……」
二人は力ある精霊の存在にちょっと戸惑っている。
「リーナはモンスターテイマー、リゼおねーさんはぶつりとっかだけど、ほのおのおじさまがそれぞれにあったメニューをよういしてくれるって」
ということで急遽、子供達の修行が決まったのであった。
私はというと、自分の手のひらを見つめては溜息をついていた。
無力さを現在強く感じているのは子供達だけではない。それぞれがそれぞれ思うところがあるにしろ、私はちょっと深刻だ。
「えいっ!」
聖魔法発動。
うん、普通に発動。普通の効果。
……以前の力はまったくない。
「……やっぱ、完全に消えるよねぇ」
聖女の力が女神の力とイコールである以上、女神に逆らったも同然となった今、聖女の都合のいい力が使えるわけがない。聖教会を出るあたりまでは弱まっているにしろちょっとは残っていたが、帝国に入ってすっかりなくなった。
女神にまとわりつかれているような気持ち悪さがなくなったのはいいが、現状力が落ちたのは痛い。代わりにメグミさんの力は手に入れたものの、きちんと使いこなせてはいないし。
私にも修行が必要だ。以前行った、ラミィ様との修行のように。
でも、誰が師になってくれるだろう? メグミさんは故人だ。たまに夢などでリンクして会話が交わせることもあったりするが、それでは修行にならない。
「……やっぱり、アオバさん……だよね」
メグミさんの次に浮かぶのは、兄であるアオバさんだ。大賢者と呼ばれ、人を嫌って隠居生活を送る異世界出身の人物。
アオバさんが拠点にしているという塔の行き方は、以前ソラさんに聞いたことがある。だが、それを行うにも準備が大変だし、私に用意できないものも……。
今日貰ったばかりの、アルヴェライト商会の連絡先の紙を開いては閉じて、開いては閉じる。
散々悩んで。
『はい。アルヴェライト商会です』
さっそく頼らせてもらった。
「さっそくのご利用ありがとうございます。初回特典で割引させていただきますね」
「ど、どうもです……」
暇じゃなさそうなのに、ヴェンツァーさん自ら必要なアイテムを揃えてくれた。受け渡しも彼とは驚いたが、今後有益になりそうなお客様とはしっかりと繋がりを持ちたいのですよ。という正直な言葉に、なるほどーと思った。
「それにしても、他のメンバーの方々には内緒にするのですね?」
そう、彼には皆にくわしいことは言わないで欲しいとお願いした。今日は、調べ物があると言って一人で出てきたのだ。
「アオバさんがかなりの人嫌いというお話でして。この方法を教えてくれたソラさんも付き人が一人でもいたら絶対に道を開けないよ。と」
「なるほど。大賢者様のお噂は色々と耳にしますが、想像以上に気難しそうですね」
塔への道を開く儀式は、私一人でやらなくてはいけない。くわしい方法をヴェンツァーさんに見られるわけにはいかないので、彼には早々にお帰りいただいた。必要アイテムだけではこの方法はわからないだろうし、そもそもアオバさんが道を開けないだろう。
……私に対して開いてくれるかもわからないが。
準備を整えて、儀式をはじめる。
呪文を覚えるのが大変だったが、必死に頭に叩き込んだ。無駄に長い上に、僕が考えた最強の呪文! みたいな半分ポエムか? と感じられる内容だ。ソラさんいわく、異世界ではありがちな創作呪文なんだという。
なんかすごいドラゴンとか召喚できそうな黒魔術チックな呪文を完走すると、教えられていた通り特殊な道が開いた。開いたってことは、アオバさんが通してくれるということだ。
私は深呼吸をしてから、意を決して道に飛び込んだ。