■9 皇都観光楽しもう
「皇都観光?」
リクが解放されるのを待ちながら、庭でうとうとしていたら子供達に突撃された。
「くろいはこで、ぴゅーってここまできちゃったけど、シャーリーこうとにとってもきょーみしんしんなの!」
「みたことないの、いっぱいです!」
「のぉーー!」
リーナもシャーリーちゃんもどちらも知識欲が高い方だ。リーナはちょっと見ただけでかなり賢い子だということがわかるし、シャーリーちゃんも負けず劣らずで、それに加えて父親であるレオルドの影響もあるのか、知らないことは知りたい性質のようだ。
うーん、確かに皇都の未知なる技術は興味あるけど……理解できる気は一切しないのが本音である。私、頭の回転はそこそこあると言われるが、頭が良いかと問われれば実際そうでもない。経験があってなんとかできているだけであって、学歴なんてないに等しい。シリウスさんや司教様に勉強をみてもらっていたけど、できのいい生徒とはお世辞にもいえないかった。
よくサボって司教様に吊るしあげられてたからなぁ。
「帝国について色々と説明しなくてはいけませんし、子供達が興味があるようなので皇都観光と称して一通り都を歩き回るのも、口で言うよりわかりやすいかなと」
と、言いながらもリクは少々困った顔をしていた。
彼としては普通にテーブルを囲んだ話し合いを想定してきていたのだろう。私もそのつもりだった。だが、実際に帝国という都を自分の目や耳で触れるのもいい。実感が持ちやすいし、なによりわかりやすい。
「しかし、同行者の数が……」
「おっさんも行くからな! 置いてかないでね!」
「俺もできれば行きたいなぁ」
レオルドが興奮気味に、ルークも好奇心で目がキラキラしている。そうなると、メンバーが私、リク、リーナ、シャーリーちゃん、ルーク、レオルドの六人になる。それなりにぞろぞろ歩くことになるのか。
「シアさん達は、皇都の一区画程度しかごらんになっていないようですので、わかりにくいかもしれませんが皇都は広大です。面積だけでいえばラディス王国の王都が三つはすっぽり入る大きさです。
「「「王都三つ分!?」」」
驚愕の事実に顎が外れそうになった。
「地下に広がる施設なども含めると施設や建物もその二倍に膨れ上がりますね」
つまり色々合わせると王都六つ分!!
「住民は王都の二倍程度におさまりますが、自立稼働型のアンドロイドが多く活動していますから、あまり閑散とした印象はないと思います」
同じような顔をしたお姉さんがいっぱいいたのを思い出す。あれが人間じゃないなんて信じられないくらい人間にそっくりだ。都を歩いたら、どっちがどっちか見分けがつかないだろう。
「皇都観光するとしたら、自家用車が一番楽ですが……。おじいさまは車を所持してませんし、俺も個人的にバイクの所持と免許をとってますが、車までは」
「ばいく?」
聞きなれない単語に私達は首を傾げた。
「簡単に説明すると車は四つのタイヤ、車輪を動力を使って動かす乗り物で、バイクは二輪、二つの車輪で動く乗り物です。バランスをとるのに少々訓練が入りますが、一人乗りで車ほど幅をとらないので移動が楽なんです」
二輪……そういえば、リムジンタクシーで移動中、二輪で走行する乗り物を見た。確かにバランスをとるのが難しそうだったし、かなりの速さが出ていたが運転者の体はむき出しで頭に防具をつけている程度。世の中怖い乗り物もあるもんだと思った。転んだら痛いじゃすまなさそう。
「その、バイクじゃ六人は無理ってことね」
「ええ。車の免許は持ってはいますが運転に不安があります。ペーパードライバーなので」
他人を乗せられるほどの腕前じゃないとリクは首を振った。
そもそも車などの運転は今はアンドロイドに任せることが多く、免許をとること自体少なくなっているそうだ。ではアンドロイドを雇えばいいのでは? となるが。
「……高いです、そこそこ」
なのでリクは普段使いはバイクなのだそうだ。騎士の給料はけっこういいらしいのだが、なぜかリクは手持ちがないようで、レンタカーとアンドロイドを雇うお金は出せないらしい。
おーう、どうしよう。
広大な皇都をどうやって観光しようかと頭を悩ませていると。
「なんだリク、また給料のほとんどを寄付に使ってしまったのか?」
こちらの話を少し離れたところで聞いていたらしいおじいさまが、少々呆れたようにため息をつきながら話に加わってきた。
「寄付?」
「帝国はストリートチルドレンが出るような政策をしていないから、そういう寄付の場所は少ないが……ラディス王国を含め、ほとんどの国が貧困にあえいでいる子供達がいるものだ。これは、そういうところにぽんと寄付してしまうんだよ、昔からな」
優しいおじいさまだが、少し棘のある言葉で教えてくれた。リクは少々渋い顔をしていたが、あまり意思を曲げる気はなさそうだ。おじいさまの言い方だと、おそらくリクは自分が生活する分のお金すら残さず寄付に使ってしまっているのだろう。
寄付は気持ちだ。自分の生活が成り立たなくなるほどするのは、よろしくはない。
私は施設育ち……まあ、まともに育ててもらった気はしないが……だし、教会も寄付で運用されている部分がある。司教様が管理している王都のサン・マリアベージュ大聖堂も孤児院が併設されていて、寄付でまかなわれている。寄付で支えられているから、その気持ちは利用する側は大変ありがたいんだけど。
リクの少し過剰ともとれる子供達への寄付は、やっぱり自分の過去と結び付けられているのだろうか。元ストリートチルドレンであるルークも複雑そうな顔だった。
「皇都を見て回ることは必要だろう。私の名義で車とアンドロイドを借りるから行ってくるといい」
おじいさま――太っ腹!
サラさんは屋敷の掃除やご飯を準備、ベルナール様の看病をするために残り、イヴァース副団長とおじいさまは別の場所へ用事にでるそうだ。リゼはサラさん以外が出払ったら部屋から出てきてサラさんを手伝うだろう。
私達は車が到着するまで、一通り観光の準備をするためにいったん解散した。
えーっと、とりあえずなにかあってもいいように……濡れタオル、水筒、お菓子、軽食、着替え、お薬っと。
車移動ができるとなったので、少々荷物が膨らんできた。
「……おねーさん」
声をかけられて振り返るとひょこっと扉からリーナが顔をのぞかせていた。
「リーナ? どうしたの、準備は終わった?」
「はい。ぬれたおる、すいとう、おかしとおきがえ、それにおくすりもいれました」
ほとんど同じラインナップで微笑ましくなる。
「あの、あのおねーさん……へんなおはなししてもいーです?」
「変? なんでもいいわよ。言ってみて」
不思議に思いながらも笑顔で許可したが、リーナはそれでも迷ったように視線を彷徨わせてから、意を決して部屋に入りそっと扉を閉めた。
そして私の傍によると内緒話をするように、小さい声で言った。
「りくおにーさんの、おーら……」
嫌な予感がして反射的に身構えた。
「……きれいです。すごく、とてもとても、くもりのないおーら」
ジャックなどのような特殊なオーラが見えたり見えなかったりしたのかと思ったが、そうではなかった。
え? それってなにか問題があるの?
綺麗なのはいいことなのでは?
首を傾げた私にリーナも少し困った顔をした。
「わるいひとじゃ、ないとおもいます。でも、どろどろでも、きらきらでもなくて、あんなにすきとおった、よごれひとつないおーら……りーなは、はじめてみました。それがなんだか、とても」
怖く、思えたのです。
リーナの不安な声に、私は脳裏に一つの過去の情景を思い出していた。
子供の頃に親や養育者にあたる人間に、酷い扱いを受けて施設に来る子供が多かった。
その子供達の特徴は。
成長後の特徴は。
私は色々と事例を知っている。
「……綺麗すぎる、ね」
あまりにもリクが物腰丁寧で、穏やかな雰囲気をもっているからあまり気にならなかったけど。ジャックのような存在とは別の意味で……。
「シャーリーもおはなしに、まじっていーい?」
ガチャリと扉を開けてシャーリーちゃんが入ってきた。
「リーナが、おねーさんのへやにはいったから、シャーリーとおなじようじだとおもったんだけど」
「シャーリーちゃんも?」
「そう、わるいにおいはしないけど、かんじたことないにおいだなって。あとね……」
シャーリーは言ってもいいのか迷うように、リーナをちらりと見た。
「みゅ?」
リーナは首をかしげて、シャーリーちゃんを見返す。
「なんでもない! リーナ、ママがよんでたからいってあげて」
「? はい」
シャーリーちゃんが急かすように部屋の外に出して、リーナの足音と気配が遠ざかるのを確認すると、シャーリーちゃんは、気まずそうに小さく教えてくれた。
「リーナにはいわないで、きにするかもしれないから」
「ええ」
なにかあるんだろうと、私は頷いた。
「かんじたことない、においなのはほんとう。でもね、あえて、あえてだよ? にているものが、なにかかんがえたらね……リーナににてるかもっておもったの」
かんぺきを、とりつくろうような、ゆうとうせい。
匂いの傾向をたどったシャーリーちゃんが導き出したのは、そんな憶測だった。
思った以上に、闇は深いのかもしれない。
せめて、せめて……ベルナール様が起きてくれれば。
子爵が、ここにいてくれたら。
再び会うことは叶わなくても、なにか。
どうしようもできないものに、難しい問題に、私は思いっきり蓋をしたくなった。それは当人の問題だろうと、わざわざ関わらなくてもいいやつだろうと。
それでも気になるのは、親しい人の関係者だということと……私自身、押し込めておきたいモノがあると本当は気づいているからだ。
ギルドを作ったのも。
家族のようなものが欲しいと願ったのも。
私は。
『××××××』
蓋をした。
「ま、悪い人じゃないならいいじゃない。さぁ、皇都観光楽しもう」
「え、うん?」
自分を嘲り嗤いたくなるくらい、あーやっぱり私『聖女』じゃないや。
そう、思った。