☆18 いっぱいお食べ
勇んで司教様の所へ戻ったら、「まだ、司教様はベルナール殿とお話中ですので」と神官に止められてしまったので、リーナに割り当てられた部屋に行った。
白い清潔なベッドに、可愛らしいウサギと猫のぬいぐるみ。テーブルにはこぼれんばかりのお菓子が置いてあり、ほーしゅーをリーナと一緒に頬張った。
それにしてもあのおっかない司教様が幼子の為にこれほど良い部屋を用意するなんて意外だ。わざわざ自分預かりにまでしているし、なにが彼を動かしたんだろうか。普通、事情があって親がいなくなった子供は教会運営の孤児院に送られる。私のいた孤児院は珍しく個人経営だったけど、経営の悪化だとかで今はなくなっていた。
でもまあ、よくよく考えたらリーナにとって孤児院はあまり良い環境にはならないのだろうと思う。
『犯罪者の子供』として、他の子供達に仲間外れにされたり、いじめられたりする確率は高い。一時的にでも司教様預かりにして、今後の処遇をどうするか決める手はずだったのかも。
ベルナールの話が終わったら呼びに来るという神官を待ちながら、私は本棚から絵本を取り出して読み聞かせをすることにした。
ベッドに腰掛けるとその隣にちょこんとリーナが座る。リーナを挟んでルークも座った。
「これは昔、昔のお話です。あるところに白い仔猫のラムと、黒い仔猫のリリがいました――」
孤児院時代から下の子に絵本の読み聞かせはしていたので慣れている。臨場感も加えながらなかなか上手く読み聞かせができたと思う。リーナの反応も上々だった。だが、ルークも同じように良い反応だったので若干違和感を覚える。子供用の読み聞かせ絵本で青年が楽しめる要素は薄いと思うのだが。
「ルークっていくつ?」
そういえば今まで聞いた事なかったなと、改めて思って聞いてみた。
「二十歳だけど?」
「そう、年上かなとは思ってたけどやっぱりルークはちょっと子供っぽいところあるよね」
「おい、どういう意味だよ」
馬鹿にされたと思ったのか、ルークの眉間の皺が寄る。
「絵本が好きなの?」
「え? あ、いや別にそういうわけじゃなくて。ただ、シアがすらすら字を読むからすげぇなって思っただけだ」
「あー……、もしかして字を読むの苦手だったりする?」
「全然教育受けてないからな。簡単なのは自力で覚えたが」
ルークは立ち上がり本棚の中から適当に一冊取り出して見せた。
「こういう難しい言い回しとかも使うような小説とかになるとぜんぜん読めない」
それは盲点だった。
考えれば分かることだったが、浮浪者であった彼がまともに教育を受けているはずがない。あんな環境の中であまり擦れずにいたことが奇跡だ。私は聖女に選ばれた時にみっちり教育を受けたから、まともに読み書きができるけど。
ランクの高い仕事を本格的にやるようになったら契約書とかも細かくなるし、ルークにはしっかり教育を受けてもらわなければ。
「気づかなくってごめん。私で力になれるなら一緒に勉強しましょう」
「いいのか?」
「ええ、といっても私も高等教育を受けたわけじゃないから教育者としては力不足ではあるけど」
「いや、それでもありがたい」
ギルドに戻る前にさっそく教科書でも購入しようという話になっていると、真ん中でリーナがおずおずと見上げていた。
「あの……」
「あ、リーナごめんね。頭の上で」
「いえ、その……りーなも、おべんきょうをおしえてほしいです」
「リーナも?」
「はい、りーな、がっこうにいっていないので」
そうか、やはりあの母親はリーナに教育の一つもしていなかったようだ。
「わかった。じゃあみんなで勉強会やりましょう」
と、盛り上がっていると部屋の扉がノックされた。
『ご歓談中失礼します。ベルナール殿とのお話が終わったとのことでお呼びに参りました』
順番が来た。
私はリーナの手を引いて、ルークと共に司教様の部屋に急いだ。
司教様の部屋を訪れるとベルナールはのんびりと紅茶を飲んでいた。あの、迫力の強面と圧迫感の中でよく胃に液体を流し込めるな。尊敬する。
司教様は若干疲れたような顔で、腕を組み私達を見た。
なんか用があんだろ、さっさと言ってさっさと帰れって顔をしてますね。
緊張したが、リーナを連れていく為だ。土下座だってしてやりますとも。
「司教様! めちゃくちゃ大切にしますので、リーナを私にください!!」
「司教様! めちゃくちゃ大切にしますから、リーナを妹にください!!」
打ち合わせたわけでもないが、私とルークは同時に床に膝をついて土下座し、同じようなことをお願いした。
「ぶっ――くっ――」
ベルナールの爆笑を抑える様な声が聞こえる中、司教様は大仰に溜息をつく。
「好きにしろ。……暑苦しい」
あっさりとお許しが出た。
なにか重大な理由があってリーナを特別保護してる……というわけではないのかな。
司教様のことだからなにか条件付けてくるんじゃないかと思っていたので少々肩すかしだ。
「チビの相手とかめんどくせーし、とっとと連れてってくれ」
「ありがとうございます、司教様! これでリーナも立派にうちのギルドの……あ、あれ忘れてたわ」
「あれ、です?」
「そう、あれ。ギルド入会の為の約束事。……ごほん、リーナ、あなたは家族同然となるギルドメンバーを大切にすると誓いますか?」
「ち、ちかいます!」
「うん! 今度こそこれでリーナは立派にうちのギルドメンバー、家族よ」
ぐりぐり頭を撫でれば、リーナは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃあ、これで俺も失礼させてもらうかな。シア、ルーク、リーナちゃん、またな」
「きしおーじさま、またです」
リーナの台詞にベルナールがちょっと首を傾げたが、そのまま手を振って出て行った。いきなり騎士王子様とか呼ばれても分からないよね。
私達も司教様に退室の挨拶を交わして、部屋を出ると大聖堂を抜けて外へ。
「はあぁぁ、すはあぁぁぁ」
空気がウマイ。
ルークも深呼吸しているところを見ると、やはり司教様の元では息が吸いづらかったんだろう。
「めでたくリーナもメンバーになったことだし、リーナの分のギルドカード作ってきちゃおうか」
「りーなの、ぎるどかーど!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるリーナをルークが抱っこして、馬車で中心街まで戻り、手早くリーナのギルドカードを作ってしまう。
できあがったばかりのほやほやな自分のギルドカードにリーナの顔はきらっきらだ。
微笑ましすぎて、こちらの顔が溶ける。
その後は、お店で材料を買い込んで、ギルドの台所で腕を振るった。
リーナのメンバー加入のお祝いだ。ケチケチせず豪勢にいこう。
リーナはしきりに手伝いたがったけど、これはリーナのお祝いなのだから断固お断りです。そわそわしたまま待つ姿も可愛くて、ついつい眺めてしまいながらもルークを扱き使いごちそうを用意した。
「す、すごいです! ごちそうです、はんばーぐです!」
「チキンと、スープ、パイ、ケーキ。沢山あるからいっぱい召し上がれ」
「お、俺も食べていいか?」
「いいわよ。ルークもいっぱいお食べ」
よっしゃああ、とルークが巨大ハンバーグを豪快に食べ始めた。
久しぶりの三人でも賑やかな食事の席。いつもよりもあったかくて楽しい時間だった。
翌日、騒ぎ疲れて昨晩はそのまま部屋でリーナと一緒に就寝したので私は早めに起きて台所の片づけをしていた。手早く終わらせると、朝食の準備にとりかかる。その間にリーナが起きてきてお手伝いをしてくれて、朝食が完成するころに丁度いいタイミングでルークが起きてきた。
「ルークは朝食が出来る時間を知ってるみたいよね」
「いい匂いで目が覚めるんだよ」
分量マシマシの自分の分を平らげていくルークを横目に、私とリーナも朝食をゆっくりと食べる。食後は、消化にいいというお茶を楽しんでいた。雑談をしながらまったりしていると、突然ギルドの扉がノックされる。朝から依頼人か、それともベルナールとかか。
お茶を置いて、扉を開けるとそこには、すらりと背の高い赤紫色の長い髪をゆったりと一本に結わいだ細面な男性が立っていた。彼は私を見ると桃色の瞳を細めて微笑んだ。
「こんにちは、シアちゃん。お久しぶりねぇ」
「お久しぶりです、ジュリアス様」
彼には見覚えがある。騎士隊服を着ていないが、彼は王宮近衛騎士に所属する騎士だ。確か、イヴァース副団長の右腕だったはず。名はジュリアス・マクベル。初対面の時、いきなりオネェ言葉だったので面食らったが、言葉使いと仕草が女性っぽいだけで恋愛対象は普通に女性だそうだ。
副団長の右腕である彼がどうしてここに、それも私服で。
「今日はシアちゃんじゃなくて、別の子に用事なの。ルーク君、いるかしら?」
「ルークですか?」
「ええ、そう。副団長に頼んでいたでしょう? 彼の剣の師匠のこと」
そうだ。少し前に副団長からもう少しで師匠の手配が出来そうだと聞いていた。
「ジュリアス様、わざわざそれを伝えに来てくださったんですか?」
「そうよ。丁度非番だし、シアちゃんにも会いたくて。……ちょっと会わないうちに大人っぽくなったんじゃない?」
「そうですか? 自覚はないですけど」
彼と最後に会ったのは一年ちょっと前くらいだから、それを考えれば一つ歳食ってるし、大人っぽくも見えるのかもしれない。
「シアちゃんも18よね、そろそろ本格的にお化粧とかおめかしに興味もでてこない? あたしで良かったら相談に乗るわよ」
「そうですね、ジュリアス様はセンスがいいのでぜひお願いしたいです」
そんな約束を交わしつつ、ジュリアスを中に通してルークの元まで連れて行った。
ルークは、ジュリアスを見ると慌てて立ち上がる。彼は私服だが、身のこなしでただものではないと気が付いたのか。
「はじめまして、ルーク君ね? それとそっちの可愛い子はリーナちゃんかしら? こんなかっこうだけど王宮近衛騎士のジュリアス・マクベルよ。よろしくね」
「ルークです」
「りーなです」
ぺこっと二人揃って頭を下げる様子を見て、ジュリアスが微笑ましげに笑った。
「まるで兄妹みたいね。……じゃ、さっそくで悪いんだけど、あたしについて来てくれる? あなたの師のところまで案内するわ」
「よ、よろしくお願いします!」
慌ててお茶を片づけて、ギルドの戸締りをし、外出中の看板をかけてからジュリアスの案内で私達は大聖堂のある西区へと再び足を向けたのだった。
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