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■7 少しは親子に見えるかな

「……シア、その髪……」


 ふわふわとした空気の中、遠く懐かしい声が聞こえた。

 目を開ければ、少し強張った顔のシリウスさんの姿があった。


 ああ、これは夢だ。


 おじいさまから、過去の一部を聞いたことで眠りに落ちた私が思い出を辿るように夢をみているんだろう。夢の中の私、過去の思い出の中の私は、自分としては珍しくはにかんだ様子でゆるく編んだ髪に触れた。


「おそろいにしたくて……。同じにしたら、少しは親子に見えるかなって思ったんですけど」


 あの頃、単純に私は父親ができたことを喜んでいた。血の繋がりのない、なにもかも似ていない私達ははたからみても親子の認識はまずされなかった。当たり前のことではあったが、それがなんとなく寂しくて、子供だった私が最初にしたのは、シリウスさんと同じ髪型にする……ということだったのだ。

 自分で言っていて、単純すぎて恥ずかしくなったのを覚えている。

 だけどシリウスさんは、しばらく黙ったあとに『そう』と言って笑ってくれたのを今でもはっきりと思い出せた。あれから私はずっと同じ髪型のままだ。シリウスさんは一本で、私は二本のゆるい三つ編みというちょっとの違いをだしながら。


 後悔していることがある。

 あのとき、ああしていればという話は言い出したらきりがないから置いておくけれど。


 私はシリウスさんをまともに『お父さん』と呼んだことがなかった。父です、娘ですっていう他人への紹介では言ったことがある、その程度。

 親子になってお互いに距離を確かめ合って、少しずつ勝手というものを学んでいって……。時間が足りな過ぎた。あまりにも。

 だから私は未だに、心の中ですら彼を父親と慕いながらも『シリウスさん』と呼んでいるのだ。私の中で父親はシリウスさんただ一人。この先、自分の本当の父親の存在を知ることになったとしても、これだけは絶対だ。


 なのに、なぜ私は今も彼をお父さんと呼べないんだろう。

 心にあるこの強い引っ掛かりはなんなんだろう。


『ライラノールが咲く春に、誕生日を祝おう。毎年、繰り返し、飽きることなく言葉を贈ろう。


 ――生まれてきてくれてありがとう』


 シリウスさんの誕生日、私は同じ言葉を返せるように沢山練習した。プレゼントを渡すことだったり、照れくさくても贈りたい言葉だったり。あの日、なにごともなくシリウスさんの誕生日を祝えたのなら……。メアやセリ、ロウィス神官……司教様達にひやかされながらも親子としての感覚をしっかりと感じられたかもしれない。


 あの日、私が知ったのは自分の愚かさと、友人の無残な死と……大切な人との別れ、そして深くも冷たくなっていく親愛だった。


 誕生日が、後悔になってしまっている。

 春の日に誕生日を祝ってくれた仲間達。私の心は救われたけれど、それでもあの日の後悔は消えることなく残っている。



 暗闇の中で目が覚めた。

 あったかいベッドの中。おじいさまが教えてくれた、私に割り当てられたこの部屋は昔、シリウスさんが使っていた部屋なんだと。だからこれほど殺風景で、やたらと知識を練り込んだような人間学系の本ばかりがあるわけだ。


 どんな夢を見たとしても、私の朝は結構早い。朝日が昇ったばかりの空を見てから、身支度をさっさと整えた。朝ごはんを作りにキッチンに立つことも考えたが、屋敷に来て一日もたっていないから勝手がわからない。まずはおじいさまに許可を得なくてはいけないが、この時間では失礼だ。

 時間があまって、てもちぶさたになった私は部屋をぐるぐるして、なんとなく本を手に取った。シリウスさんがこの部屋を使っていたのは十七くらいまでだったらしいが、私が読んでもなかなか難しい文字ばかりだった。けど、どの本もそれなりにすり切れて赤い付箋がいくつも挟まっている。人間に対してシリウスさんが必死に学ぼうとしていたことが伺える。


 ……ノート?


 本棚の隙間に書籍ではないノートを見つけた。見てもいいものか迷ったが、好奇心が勝ってしまって心の中でシリウスさんに謝りながら開いた。


『理解できない。

 わからない。

 これは兄貴に聞く。

 行動原理、理解不能。

 心理、理解不能。

 本は無駄?

 人間が変?

 俺が変?

 本を燃やしたい。ってか人間●●。

 頭が痛い。

 なんで人間は●●? 察しろってなに? 空気読みのレベルがふざけてる。

 ●●●●●。

 ●●●●●●●●●●●●●●●。

 ●●●●●●●●●●●●●●●!』


 本に対するメモ書きというか、ここができた、わからない、理解できないなどの書き出しがされていて、しかし最終的に脳内で変換すらできないようなとんでも口汚いワードが羅列されていた為、セルフでシャットアウトした。

 わかってはいたけど、本当シリウスさん尖りまくりですな。

 やんちゃ過ぎる雰囲気を存分に醸し出したノートをすっともとに戻した。あんなことを書いてはいるが、無駄ではないかと思いつつも本がくたびれるまで読んでいるんだからなんだか可愛くも感じる。


 部屋にシリウスさんの気配をなんとなく感じながら、ぼうっと立ち尽くしていると。


 ?


 誰かに呼ばれたような気がして振り返った。でもそういうときって誰もいないもんだ。確かに誰もいなかった。だけどぴんと張り詰めたような空気に伝わってくる焦燥感。辿るべきだと思った。

 静かに部屋を出る。まだみんな寝ている時間だ。立派なお屋敷だが、人の出入りが少ないせいか傷みがあちこちにみられるし、足音もそれなりにしてしまう。注意しながら進んだ。

 二階の東側端の部屋。シリウスさんの部屋の丁度反対側で、気配は途切れた。一回だけノックした、少し反応を待ったが中から返事はない。一瞬迷って、開けた。

 客室だろうか。個人的な置物はないように感じられ、整えられているけれど必要最低限の調度品が置かれている程度だ。その部屋に誰かが寝ていた。ベッドの上で死んだように眠っている。


「……ベルナール様」


 銀色の髪に白い肌、絶世の美貌はそのままだが綺麗すぎて逆に人形か死体にも見える。嫌な予感がして小走りで駆け寄って呼吸を確かめた。


「息、してる……」


 ほっとした。生きていてはくれているらしい。

 でもなんでこんなにも、生きている感じがしないんだろう? 無防備に寝ている彼を見たことはないが、人ってこんなに生気を感じられない寝姿になる?


「シア?」


 胸騒ぎに心臓がドクドクしていると、扉の方から声をかけられた。


「お、おじいさま。すみません、勝手に」

「いや。だが、彼がこの部屋にいるとよくわかったな?」


 おじいさまもどうやら早起きの人らしい。きっちりと身支度を整えた様子でやってきていた。手にはお湯の張った桶とタオルがあるから、彼の世話をしようとしたのだろう。


「ジャックという魔人から預かってな。彼は憔悴してはいるが外傷はなく命に別状はない。だが、目を覚ますかはわからない。などと言っていた」

「それはどういう……」


 おじいさまは首を振った。


「理由はわからないが、一日預かってまだ目を覚ます気配がない。まるで生きた死体のようだ」


 私が思ったようなことを、おじいさまも思ったらしい。


「まあ、だがまだ一日だ。もう少し休めば自然と目覚めるかもしれない。どこも悪くないんだ、大丈夫だよ」


 そう言って、おじいさまは私の頭を優しく撫でてくれた。

 私は一度、ベルナール様の顔を見て、ゆっくりと頷いた。






「朝ご飯だぞーー! 起きた起きた!」


 モーニングコールと共にルークとシャーリーちゃんが眠そうに降りてきた。おじいさまから台所の許可をもらい、準備されていた食材で朝食をこしらえた。途中でリーナとサラさんが起きてきて手伝ってくれて、レオルドとイヴァース副団長は庭で朝の体操をしてからモーニングコールで食堂に来てくれた。

 リゼはお寝坊である。新しい環境だから適応できないのだろう。あとで持って行ってあげよう。


「ベルナール様は、大丈夫なのか?」


 朝食の席で、みんな気になっていたらしくベルナール様の話を少し出したらルークが身を乗り出した。


「憔悴はみられるみたいだけど外傷はなくて、命に別状はないって。私も少し脈とか確認したけど、問題はなさそう」

「きしおーじさまのおみまい、いっていいです?」

「いいわよ。ちょっとだけ、静かにね」

「シャーリーもいくー!」


 子供達はご飯の後、折り紙でツルを折って部屋にお見舞いにいくそうだ。折り鶴のお見舞いは確か異世界発祥だったけ。帝国でも定番らしく、折り紙は常備されていた。


 私は朝食を持って、リゼの部屋を訪れた。何回かのノックのあとに。


「ああぁぁぁ~~~~」


 という絶望的なリゼの声が聞こえてきて、どうぞを言われた。部屋を開ければ寝間着のリゼがベッドの上で膝を抱えて蹲っている。


「失態だ。よそ様の家で寝坊なんて」

「なかなかの移動距離だったし、環境もまったく違うから疲れてて当然よ。今からやればいいじゃない。はい、ご飯……食べられる?」

「……ん」


 リゼの準備を手伝ってあげながら、彼女の柔らかな銀髪を結い上げているとぽそりと言った。


「疲れてはいたんだけど……なんか、すごく調子はいいの」

「お? そうなの?」

「うん……なんでだろう、すごく安心する」


 屋敷の雰囲気で、なのか。それとも帝国という土地だからだろうか。この国は女神の加護がない。加護がないということは女神の力がまったく及ばない場所ということだ。リゼはアルベナを宿しているから、女神と相性が悪い。


「この国でなら、もしかしたら……」


 もしかしたら?

 言葉の続きを聞こうとしたが。


「シア、少し話があるんだが」


 扉の外からおじいさまの声が聞こえた。


「あ、はい! リゼ、髪はやったからご飯食べたら台所にさげてね!」


 パタパタと足早に廊下に出て。


「どうしました?」

「昼過ぎに、知り合い……というか、私が不在時にこの屋敷の管理も頼んでいる部下、いや身内……が来る。紹介したいから屋敷にいて欲しいんだ。彼が帝国での活動を支援してくれる」


 おじいさまの身内?

 シリウスさん以外に身内と呼べる人がいるのか。リフィーノという孤独な姓のせいで、考えがなかったがなにも姓を与えた人物が一人とは限らない。

 私は少し緊張しながらも頷いた。


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