■6 生きる意味(sideグウェン)
「今からあんたに呪いをかける。もし俺達のことを外部に漏らそうとしたらその時点で死ぬからそのつもりで」
あまりにも強力な呪いだった。
帝国が住民や旅行者に強いる呪いより、かなり強いものだ。どこでそんな呪いを覚えたのか。呪いとは一般的な魔術とは根本的な違いがある。呪いは魔力をほとんど必要としない。必要なのは強い意思の力だ。それが魔力素と反応を起こし、魔法に近いような威力を発揮する。そして呪いはかけたものが強ければ強いほど反動も大きく、代償も跳ね上がることになる。
「君は一体、何者だ?」
「……ガードナー」
「え?」
「俺の名前は、レヴィオス・ガードナー。ここまで言えば通じるだろ」
ガードナー、忘れることなどできない部下の名だ。
「ガードナーの子……か?」
それにしてはあまりにも似ていない。そして年も合わない。だが少年は思わず不審な視線を送ってしまった私に対して迷いなく頷いた。
「最初に言っておく。父と母は死んだ…………事故で」
「死ん……だ……?」
大きな衝撃が全身を襲った。レヴィオスのことだけでも頭が爆発しそうなのに、ガードナー夫妻はすでに故人だと言う。
しかも事故、だと?
さきほどのよどみない姿からは考えられないほど、夫妻の事故死についてはレヴィオスは言葉を濁らせる。まだまだ子供だ。これが演技なら大したものだが、そうとはとても思えなかった。
事故としたいが、事故とも言い切れない部分も含んでいるのだろう。深い事情があるに違いない。なにせ、ガードナー夫妻が失踪した理由すら私は知らないのだから。
「父から、もし自分達になにかあれば、皇都のグウェン・リフィーノ将軍を頼れと言われていたんだ。だから、ここまで来た」
身を潜めて、誰にも気づかれずに。
帝国、特に皇都は異世界からの技術導入によりセキュリティがとんでもなく高い。隠蔽の魔法を使ったとしても見破られる。一度も周回警備兵に捕まらずにどうやってきたのか?
「仕組みはわかんないけど、父さんから皇都に入ることがあればこれを使えって渡されたもんがあったんだ。そいつを使ったらセキュリティってやつが馬鹿になった」
「ウィルスかなにかか? それにしたって痕跡が残ればすぐに調べられそうだが」
屋敷の周囲はまったく騒がしくなっていないし、確認の電話もない。
「知らない。ただ、とんでもなくヤバイブツだから使ったら分子レベルで粉々にしろっていわれてやったから残ってはいない」
そりゃ、最高峰と称されるセキュリティを痕跡も残さず馬鹿にできるものなどヤバイブツのなにものでもない。
ガードナーはそういった技術には疎かった。奥方も普通の人だ。彼らにそれを作れたとは思えない……あの失踪には裏にまだ誰かが関わっているはずだ。とんでもない人物が。
「……リフィーノ将軍」
レヴィオスはゆっくりと私の前に進み出た。少し身構えてしまったが、彼は膝を床につくと額までも床すれすれに近づけて頭を下げた。
「あんたに俺達をかくまう利点はなんもない。けど、俺達はもうあんたを頼るほかなにもないんだ。呪いまでかけて脅して、とんでもないガキだ。呪いが発動すれば死ぬし、都合が悪いことが起きれば俺はあんたをあっさり見捨てるし、殺す。でも……それでも、あんたが俺達を帝国から隠してくれるなら……いつか、借り返すから」
なんて無茶苦茶だろう。
そして、なんて強い声音だろう。
レヴィオスはこの幼い年齢にして、大きなものを背負い、そして決意している。誰に嫌われ罵られようと、彼が優先すべき順番をしっかりと決めている。
「……ひとつ、聞きたい。ガードナーは、最後になにか言っていただろうか?」
レヴィオスは少し驚いた顔をしてから、ちらりとソファに寝かしつけたさらに幼い外見をした灰色の髪の少年を見た。
「生きろ……って、ただ……それだけ」
私はその一言で、ガードナーがなにも変わっていないことを知った。
彼は最後まで、生きることを諦めなかった。生きる意味を求め続けた。どんな理由があったのか、知る由もない。だが、彼は親として子供に生きることを託したのだろう。命の続く先に、私を頼ってくれたのだろう。
「そうか」
思わず私はレヴィオスを抱きしめていた。
まるで血の繋がりを感じない顔と雰囲気。抱きしめてそのぬくもりを確かめても、感じられる魔力はまったく別物だった。
だが、それが一体なんだというのだろう。
私はリフィーノ。
寄る辺ない姓を持つ者。
異質だろうと、正体不明だろうと、強い力をもっていようと、強がりで必死に隠した琥珀の瞳の奥で不安に震える子供を温かい毛布と料理で我が家に迎え入れることなど容易い。
ああ、容易いことだ。
この先、なにが起ころうとも、私は命をとしてこの子供達を守り抜こう。いつか、別れる日が来るとしても。その瞬間まで、彼らにとって安心できる居場所であろう。
それが今日から、私が生きる大切な意味だ。
私が知る、彼らの少ないであろう情報を伝え終えると、ふと問いかけていた。
「リフィーノの語源を知っているだろうか?」
シリウスの娘、孫と言っても差し支えはないだろう少女、シアはその言葉にきょとんとした顔をした。熱燗をすすめたが本来は薄めて一口飲んで蜂蜜を舐めるのが一般的な滋養強壮方法なのだが、彼女は平気な顔をして熱燗をぐびぐび飲んでいた。
うん、まあ平気なら別にいいんだが。
シリウスも極端に酒に強かったし、なんだかんだ似ている部分を見つけるとほっこりしてしまう。酒瓶がその辺に転がろうとも。
「リフィーノは古い言葉で、家族という意味があるらしい」
「家族……」
「皮肉なのか、それとも真理なのか。だが自然とリフィーノの周囲には寂しさを抱えるものが集う。人は孤独に生きられない。どれほど強い能力を持っていても……シア、ひとつ伝えておきたい」
「なんですか?」
「レヴィオスは、『兄』であり『保護者』であり『最強』だ」
シアは当たり前に思っていることを当たり前の単語でわざわざ言われたことにぽかんとした顔をしている。
「兄とか保護者とか、そして誰もが認めるような強い人間というものは……弱いところを隠すのが病的に上手い」
「……」
「あれは、呪いをかけるときも、脅したときも、殺そうとしたときも……視線を合わせなかった。合わせるのを恐れていた。自分の中にある恐怖や不安を見透かされるのが彼にとって一番怖いことだったからだ。兄は弟を守らなければならない。保護者は、庇護すべき者を守らなければならない。強き者はすべてに勝利しなくてはならない。弱くてはなんの意味もない。だからこそ、怖かった。知られることが……あれもまたなにか弱い部分を持つ普通の人間であると」
シアは静かにカップに注がれた酒の水面を見つめて、小さく頷いた。




