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■4 すべてを諦め、すべてを決心せよ。(sideグウェン)

 リドレア帝国。

 大陸の北に位置する、大陸の中で一番国土の広い国である。極寒の地でありながら、最高水準の機械技術のおかげで繁栄し、人々は豊かな生活を営んでいる。帝国民のほとんどが異世界出身者の血筋であり、その三割程度が覚醒者である。高い技術力、知識と共に異世界の神より与えらえたチートと呼ばれる、無茶苦茶な異能を持つ人間も存在した。

 そんな者達が住む帝国は、建国時より絶対的力を持つ皇帝家によって支配、管理されている。チートは凄まじい能力だが、ゆえに荒れる原因にもなりそれを抑えるためにはさらに強い力に頼らざるを得なかったのだろう。力には力で、帝国はそうした歴史の流れから実力主義社会となった。

 生きにくい国だと思うだろうか?

 だが実際は特にそうでもない。他より強い力があれば確かに有利ではあるが、生活が苦しくなるということはない。高い豊かさや富を望むならば強いチートは利点だが、帝国は最低水準の生活が他の国よりはるかに高いのだ。まず、なにもせずとも餓死することはない。人間が生きるのに必要な栄養素は過不足なく無償で与えられる。住む場所も、高層ビルの下や地下街になることもあるが、個室を用意されるのだ。生きるのに必要な衣食住は保証されている。趣味趣向やそれ以外の物品を得るために、我々は働くのだ。

 力ある者は羨ましがられるが、なくても死ぬことはない。

 医療機関だって、すべて無償である。それが可能であるのは、ひとえにアンドロイド技術の向上によるものだ。ほとんどの労働がアンドロイドに任せられるようになった昨今、人間が行うのは主にアンドロイドではできない細かい仕事になってくる。アンドロイドの監視、管理や今やなによりも重要なものとなったエンタメ事業。一日中部屋にこもってゲームをしていたって生活できる国である。ネット上でのエンターテイメントは帝国人にとってなくてはならないものになり、芸達者な者達が金銭を集めやすい時代となっている。


 次点で収入が高いのは、国防を司る騎士職だ。

 アンドロイドが国境を監視するが、戦場にでるのは騎士である。高い技術を持つ帝国はそれこそ外の国が主に使う剣などの武器よりも殺傷力、命中力も高い銃や大砲、魔導装置などもあるが国境戦争などには生身の人間が騎士として前時代的な武装で戦う。

 それはなぜか。

 国外に技術をもらさない為である。その為だけに騎士は命をかける。だからこそ収入が高額になる。この国では人の命より技術の方が重いのだ。






 ―――――今から三十年ほど前。



 リドレア帝国、ラディス王国≪国境線≫。



 私は重い鉄の兜をかぶった。視界も悪い、重量も重い。なにもかもが効率の悪い装備。だが外の国ではそれが普通で、隣国のラディス王国との戦闘ではこちらの方が装備が整っているとも言えるほど差が歴然であった。

 外の国には貧困がある。飢えで死ぬことがある。病で死ぬことがある。

 帝国は、人生百年。病を放っておかない限り、治療できない病はほぼない。皆が皆、寿命を迎えて笑顔で死んでいく。寿命以外で死ぬことがあるとすれば、不慮の事故か自殺、もしくは。


「我々のような存在は、頭がいかれているのでしょうね」


 隣で同じような非効率の重装備をした男が言った。

 私はため息をつきながらも、それでも否定の為に首を振った。


「好き好んでこの場にいるやつがいるなら聞いてみたい。私達は、世界の真実の一端を垣間見てしまった。いまさらどこにも戻れやしない。ならば命をとしてでも帝国を守るしか他ない」

「リフィーノ将軍……」


 沈鬱な空気が流れる。

 私はもう慣れたが、彼はまだ騎士として若い新人だった。


「アドルフ・ガードナー。すべてを諦め、すべてを決心せよ。我々はしょせん、この世界にとって異物でしかない。女神と戦う刃を濁らせれば、その隙に容易く異端の民は駆逐されるのだ」


 帝国に唯一足りないとすれば、それは自由である。

 国外に出ることはとてつもなく大変だ。技術を漏洩しないよう呪いまでかけられる。帝国の秘密を守る為に非効率な武装で命を晒さなければならない。

 それでも、命を落としてでも、真実を偶然にも知ってしまった者達は剣をとらなくてはならなかった。なにも知らないのは、無責任でもあり、幸せでもある。


「俺達は生きています、将軍。俺は……死にたくない」


 震える彼の手を、私はどうすることもできなかった。すぐそばで命が散っていく。この戦はなんのために行っているのか? ラディス王国は帝国の敵ではない。ただ、女神の喉元へと鋭い刃を突き立てるための研磨の工程に過ぎない。

 磨き上げられた剣を作るために私達も王国の民も命を燃やす。


 嗚呼、王国の民は知らない。この戦いは生贄の儀式なのだと。

 大地に血を命を吸い込ませて、魔王復活の周期を管理するためだけのものだと。女神の意思への多少の抵抗であるのみだと。


「うあああああ!!!!」


 必死の形相で向かってくる王国兵、そして騎士。

 私はそれらを斬っていく。彼らの胸にあるのは国を守るという大義。


 私達には……なにもない。

 国のため?

 女神への反攻のため?

 一般市民同然の我々に、それらを強く実感せよという方が無茶である。決死の覚悟で迫ってくる敵兵達に私の同胞達は戸惑い、恐れ、虚無に陥り……死んでいく。


 帝国が負けることはない。

 それでも少しずつ、同胞は減っていく。

 真っ先に死んでいくのは新兵であるが、ガードナーは生き残っていた。死にたくないと誰よりもみっともなくあがき、だが誰よりも誠実に生き残った。

 ガードナーは、友人であったのだろう亡骸の手をとって泣いていた。


 我々の存在意義は、秘密を守ることである。

 いつか女神を倒し、本当の自由を手に入れる戦いである。

 犠牲は、一がいいだろうか。百がいいだろうか。


 戦う意味を、その選択を己で決められたのなら、進みがいもあったものを。私達を無作為にもてあそび縛り付けた帝国は……運命の糸を操る女神といったいどこまで差異があるだろう。





「将軍は己の人生に、英雄譚を求めますか?」

「なんだ急に……」


 あれから数年が過ぎ、ガードナーも己の運命に諦めがついたのだろうか冷静に仕事をこなせるようになっていた。そんなある日の仕事場での出来事である。


「近所の子が言っていたんですよ。困難を乗り越えて、試練を越えて、使命を全うし人々に称えられる。そんな人生はかっこいいと」

「……ああ、そうか。小説の物語は素晴らしいものだからな」


 綴られる物語は、憧れてしかるべきである。そこには需要があり、その先に売り上げがあり、利益がある。だからこそ定番と流行があるというものだ。


「俺は頼まれたって英雄や勇者にはなりたくないですけど」

「それはそうだな」


 人々に語り継がれ、今でも称えられる英雄。そんな象徴の銅像なんか見た日には失笑しか浮かばないのが私達である。英雄譚に憧れられないとは、なんとももったいない人生だ。


「魔王の復活は……」

「予定通りならば、後三十年後くらいだそうだ」

「そうですか……」


 どこかで生贄(ゆうしゃ)が選ばれ、道連れ(せいじょ )と共に旅立つ。


「魔王というシステムが大陸を大戦のない平和な場所にする。皮肉なものです」

「大衆ほど操作されやすいものだ。カリスマ性が一つの巨大な力ともなり得るとされるように……言葉は時に魔法より美しく魅力的なものだからな」

「……ああ、そうだ……」


 そんなことを話しているとガードナーは思い出したかのように机のすみにあった書類を渡してきた。


「遠く西の方で邪悪な魔女が一人処刑されたそうです。広場で晒し者にされ、鞭打たれ、火あぶりにされたとか」

「あの国は、いくつか内戦が発生していたな」

「はい。ですが諸悪の根源である邪悪な魔女が討伐され、国は平和になりました。現在目立った争いは起きておりません。いつまでもつかは知りませんが」


 犠牲が、ゼロで選べないのならば一か百を選ぶしかない。

 一を選ぶのは賢いことである。

 賢いことである。


「将軍は……己の人生になにを求めますか?」

「……」


 その質問には答えられなかった。きっと今も答えることはできないだろう。意味を見出そうとすればするほど惨めになる気しかしない。けれどあっさりと人生を終わらせるのも(しゃく)だ。


「ガードナー、お前はどうだ?」

「……」


 自分が答えられないというのにそう返すのは意地悪だったかもしれない。すまないと質問を取り消そうと口を開きかけたが。


「……生きがいが欲しいです。俺は死にたくないので、生きるためのモノが欲しい。生にしがみつくのがどれだけみっともないと笑われようと、俺は絶対に死を選ばない」


 真実の一端を知る私達は、どこか生に対して虚ろだ。だからこそ、必死に生きようと剣を向けてくる敵兵がなによりも恐ろしく、こちらが死ぬべきなのではないかと思ってしまう。あっさりと戦場で命を散らす同胞が多いのはそういう心理もあるからだ。

 だが、いくつかの場数を踏んでもガードナーの生への執着は薄れることはなかった。同胞からは理解されず、何も知らぬ者達からはみっともない男だとなじられる。


 私は……ガードナーのような男こそが、人間であるように思えた。みっともないとは思わない。


 生きがいを求めて日々を生きるガードナーは、しばらくして生涯を共にする伴侶と出会い結ばれた。それはとても幸福なことであっただろう。一つの彼の生きがいともなったはずだ。そんなことを彼の表情でなんとなく思った。

 だがそれは長くは続かず。


「グウェン・リフィーノ将軍に勅命。失踪したアドルフ・ガードナーを捜索せよ」


 彼は、妻と共に姿をくらませたのだった。

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