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■3 教えてください

 気がついたらふかふかのベッドの上で眠っていた。

 あれ? 私、どうしたんだっけ……?


 ぼうっとした頭のままベッドから起き上がって周囲を見回した。広い室内で、それなりにお金をかけていそうな装飾品がそこそこあり、壁際にはいくつかの本棚が並ぶ。薄暗いため、タイトルはわからないがかなりギッチリと本が入っていた。

 装飾品の質や色、種類から想像すると男性の部屋なのかもしれないと思った。無機質で飾り気がない。娯楽物のひとつも見当たらない。無趣味な人。けれど知識だけは詰め込もうとしたのだろうか? 本ばかりが目に付く。

 あとは……棚の上に写真立てがたくさんある。

 だが、それらはなぜかすべて伏せられていた。それに手を伸ばしてハッとする。ここは自分の部屋ではない。ましてやギルドの建物ですらない。そう、私は私達は帝国へ来た。そして拠点になるであろうお屋敷へ……この屋敷の主は。


 静かにノックの音が鳴った。

 こちらへ来る足音すらまったく聞こえなかった。気配を察する能力はそれほど高くはないが、この静寂な夜の中、まったく靴音がしないというのも不思議だ。


「……目が覚めたようだな」


 ほっとしたような声がドア越しに聞こえた。じんわりと目元が熱くなる。

 そうだった。私、初対面の人に対して大泣きしてしまったんだった。どうやらあの後、気絶したらしい。みっともないところを見せてしまった。おじいさまとの対面はもう少し上品にやる予定だったのに。

 頭を抱えながらも、私は呼吸を整えて扉を開いた。そこに立っていたのは予想通り、強面な顔立ちだがとても目が優しいご老人。手元には湯気のたった陶器の乗った盆を持っている。


「疲れているだろう、熱燗だ。寒冷地である帝国ではよく飲まれる酒でな……ぐっすり眠りたいときにはよく効く」


 差し出された酒を覗き込んだ。透明な液体で、確かに酒の匂いがする。熱しているからか香りが強い。


「……温めるお酒って珍しいですね」

「そうだな、帝国ならではかもしれん。テーブルの上に置いておく、まだ火傷する程度には熱いから、もう少し冷ましてから飲むといい」


 おじいさまは、手際よくテーブルに盆を置いた。


「…………」

「…………」


 お互いの間に沈黙が流れる。おじいさまはおしゃべりな方じゃないんだろう。口下手な感じがする。でもなんだかちょっと懐かしくて。


「……ふふっ」


 笑みがこぼれてしまった。


「どうした?」

「いえ、すみません。みっともないところをお見せしたのに、こうして気遣っていただいて……それでなんて会話したらいいか迷って黙って立っている姿が懐かしくて。シリウスさんもそうでした」

「……そうか」


 シリウスさんの名前を出すと、おじいさまは少し返事に声を震わせた。


「私達に血の繋がりはない。似ているところを探す意味も……本当ならないのだろう。だがやはり、『似ている』と感じる部分はある。それを見つけて、とても嬉しくなる。似ているはずがないというのに」


 血が、その繋がりを似させるのだろうか。

 容姿や特徴は血が色濃く似させてくれる。家族だと、兄弟だとわかりやすく教えてくれる。


 家族なのだと証明してくれる。


 けれど、血の繋がりのない私達は?

 リフィーノにわかりやすい繋がりはない。

 だからこそ、必死に探そうとするのかもしれない。大切な人と似ている部分を。


「シア、お前はリフィーノの意味を知っているのだな?」

「……はい」


 キングが教えてくれた。血の繋がらぬ者達の寄る辺の姓だと。


「その姓は……やはりシリウスが?」

「いえ、最初に言いだしたのは司教様でした。私がシリウスさんの養子になってリフィーノ姓を継ぐことをシリウスさんははじめ戸惑っていた様子でしたし」


 今でもよく覚えている。姓を貰ったあの日のことを。

 シリウスさんは、この姓を私に与えることを自分の養子にすることをあの瞬間、どう思っていたのだろうか。


『その家名を彼女に名乗らせることの意味を分かってますよね?』


 感情の見えない顔だった。

 司教様はそれ以外の選択肢を提示しなかった。一応私に司教様とシリウスさんどちらが父親がいいという質問を投げかけたが、私が食い気味にシリウスさんと答えたのでそのままだ。


「そうか、レヴィオスか。そうだろうな……あれがわざわざリフィーノ姓を継がせる子を持とうとするとは思えない。私も孫ができたと伝えられたとき、夢でもみていたのかと思ったくらいだ」


 それはそうかもしれない。シリウスさんという人の本当の顔を知っていればなおさら。


「リフィーノは確かに寄る辺だ。人は孤独に耐えられない。血の繋がりはすべてではない、現に他に同じ血を持ちながらそちらを断ってリフィーノを選んだ人間もいる。リフィーノを選べば、先はない。いや、リフィーノになる人間は先がない。後になにも残せない者だけが絶対の孤独を背負いリフィーノを寄る辺とするのだ」


 結婚できませんジンクス。

 わりとわざとふざけて思っていたが、実際はもっと重いんだろうな。


「結婚できない女だからとかそういうレベルの話じゃないということですよね、それって」

「ああ、愛する者とは絶対に結ばれず、絶対に子を残せない。それはそういう体質であり、運命である」


 体質はもうしょうがないとして、運命までそう断言されるのは理不尽な気もする。


「司教様、なんか知ってたんでしょうね。私がリフィーノにふさわしい存在であるということ」


 そうだよね。だって司教様は知っていたはずなんだ。

 教皇が、私の母親の体を使っていることを。


「……私は、三十年ほど前にレヴィオスとシリウスを保護した。色々とあったが……最終的にシリウスを養子にし、レヴィオスはガードナー姓のまま屋敷で一時的な家族のように過ごした」


 おじいさまは伏せられていた写真立てを一つ、立て直した。そこに写っていたのは三人、若い頃のおじいさまであろう男性と、小さな少年二人。黒髪の美少年と灰色の髪の女の子みたいな少年。

 司教様の少年時代はかなり美少年だったらしい話は聞くし、黒髪といえばなのでこっちが司教様だろう。そして隣の可愛らしい灰色の髪の子はシリウスさんだ。


「このような顔をして二人ともとんでもなく狂暴でな。それなりに帝国では名を馳せもした将軍だったのだが……二人を抑え込むのに何度死にかけたことか」


 実際、命の危機があったと思うがそれを語るおじいさまの顔は優しい。懐かしい思い出のひとつになっている様子だ。


「ガードナーのことは知っていたのだ。レヴィオスの父、アドルフ・ガードナーは私の部下だった。詳しいことは知らなかったが、彼は周囲になにも告げず、妻と二人で失踪した。私は皇帝陛下の命でガードナー夫妻を捜索したが見つからなかった。次に私がガードナーのことを知れたのは夫妻が亡くなり、そのことを息子のレヴィオスに知らされたからだ。ガードナーはなにかあれば、私を頼るようレヴィオスに言っていたようだ」


 ガードナー夫妻。

 とても強く優しいご夫婦であったようだ。シリウスさんが話してくれた二人は、理想的な父親と母親だった。でもそれもすべて暴走したシリウスさんが壊してしまった。

 でも失踪……って?


「失踪の理由は未だにわからない。皇都にいられなくなる事情だったのなら、最後に私を頼るよう息子に言いつけたのも筋が通らないのだ。それに……どう考えても不自然なことが一つあった」


 不自然なこと?


「ガードナー夫妻が失踪して八年後に私は二人を保護した。レヴィオスはどう見ても十を超えていたし、彼も十二であるとしていた。そうすると合わないのだ。ガードナー夫人は失踪直前まで子供がいなかった。腹にもだ。失踪してからできた子ならば八つ以下でなくてはならない」

「それってつまり……司教様は」

「うむ、おそらくはガードナーの実子ではない。失踪の理由はレヴィオスにあるのではと思い至った私は、念を入れて素性を隠して育てたのだ」


 思えば司教様も不思議な人である。覚醒者であり、強力な能力を持つ天才肌の人。体は普通に人間だろう。若作りだが老けていってはいるし、年々能力も衰えているらしい。だからシリウスさんみたいに特殊な生まれではないはずだ。

 シリウスさんの話を聞く限り、司教様はガードナー姓に誇りを持っている。ガードナー夫妻のことも親愛の情があっただろう。


 司教様は一体何者なのか。

 それが紐解ければ、教皇と交わした契約も……もしかしたら。


「おじいさま、お願いです。シリウスさんと司教様のこと……もっと教えてください」

「……私も多くは知らない。だが、知り得るすべてを話そう」


 満月が灯る夜、おじいさまはもう一つの写真立てを片手に話はじめた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 司教の謎!(笑)
[良い点] シアはいい女だから、そんなジンクスぶっ飛ばして幸せになってほしいな… 問題は相手だけど! [一言] 司教様は秘密が多すぎてなにがなにやら
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