■2 空を飛んでいるよう
慣れない乗り物に身を固くしながらも、乗り心地は快適なリムジンタクシーはするりと都心へと辿り着いた。階層が螺旋状にわけられており、おそらく徒歩での移動は困難だろう地形で、地面は土がほとんどなく未知の素材でできている綺麗に舗装された道が続く。馬車でガタゴト揺られる感覚とはまったく違う、音もうるさくなくて振動もあまりない。気がつけばウトウトしてしまうくらいだ。
私は緊張してて、ウトウトはさすがにしなかったけど。
この黒い箱がどうやって動いているのかまったくわからない。車輪は前と後ろ四つついていて、馬車と似てはいるけれど馬車は馬力で動く。しかしこの車というやつは前方に運転手が一人いて小さな車輪のようなものを動かして操作しているようだった。どうやって動力を得ているのだろうか?
色々と気になるものは多いが、説明を聞いたところでまったく理解できない予感しかしなかったので特にしつこく運転手に問いかけることはしなかった。ただ、動力部だけは聞いてみた。
エンジンっていうものがあるらしい。それが車の心臓部であり動かす為のエネルギーとなるようだ。そのエンジンがなんなのかというところは置いておく。
「うあっ!? なに、あれ」
車だけでも驚きものだったのだが、空中を進んでいるかのような乗り物が目に入り思わず声をあげてしまった。
「モノレールだね。空を飛んでいるんじゃなくて、上のところにレールがあってそこにそって走っているんだ。昔よりかなり細い構造になったから、ぱっと見ただけだと本当に空を飛んでいるように見えるよね」
ジャックは、いちいち私達の反応が面白いのか丁寧に返答してくれる。ルークとレオルドはたまに無視するが、そのときはコハク君が答えていた。ちなみにリゼは石になっておりぴくりとも動かない。大丈夫かな?
立派な建物が並ぶ住宅街に入ると、車のスピードは落ち、しばらくして止まった。どうやら目的地に着いたようだ。ジャックにうながされて車を降りる。
目の前には立派なお屋敷が建っていた。白壁のお屋敷で屋根は落ち着いた暗い青。王都の貴族の屋敷よりも少々小さく地味な造りだが、十分建物として立派である。屋敷の主がしばらく留守にしているのか、庭は少々荒れており、屋敷はシンと静まり返っていた。シンプルな箱型の背が高い建物が多く目に入っていたが、ここは王都に近い形状の建物が多いようだ。
「ここが……魔人達の拠点……?」
「残念だけど私達の拠点ではないよ。ここの主は私達が中に入ることは歓迎しないだろうしね」
「え?」
ジャックが拠点にできそうな場所があると言って案内してきた場所なのに?
「私達はいったんお暇するよ。さすがにこっちのアジトがバレるのはよろしくないからね」
そう言ってジャックは早々にぶぅぶぅ言っているメノウちゃんを連れてここを離れるようだ。彼らとはどうやら別行動になるらしい。まあ、彼に正直信用なんてまったくないからそれはいいんだけど。
「そう訝し気な顔しないで、ご心配の騎士様ならもうここで預かってもらっているよ」
そうだ。助けているから大丈夫と言葉では聞いていたが本人の姿を一度も見ていなかった。だからその辺も若干疑っていたのだが、それは杞憂だったようだ。それは一安心。
「でも、ここがあなた達の拠点じゃないなら誰の……」
「シア!」
聞いたことのある声が聞こえて、逆に驚いた。そこに現れたのは知人であったが、この場にいるには違和感しかない人物。
「「「イヴァース副団長!?」」」
私達は声を揃えてその人物、イヴァース・テイラー副団長の名を呼んだ。イメージカラーである黒の衣装を着ているが騎士装束でもなく、一般的な身なりのよい服装をしていた。顔が強面なので一瞬強盗犯かとも思ったが、見知った顔で良かった。驚きすぎていきなり失礼かますところだった。
副団長は、私達を見てからギロリとジャックを睨みつけた。ジャックはやれやれと肩をすくませると。
「じゃあ、またね」
すっと身を引いて。
「キング、逃げないでね。次は嫌でも遊んでもらうよ」
キングを連れて消えた。骸姿であるキングの表情は想像するしかないが、ジャックについていくのはとても不本意そうだった。だが、私を助け、ジャックを頼った時点で彼の今後は決まってしまったのだろう。
キング……ちゃんとお礼したかったけど。
今はこちらで手一杯だ。彼がもし私の力をかりたいようなことがあれば、なんとかできたらいいと思う。キングはこちらの不利になるようなことはしないように思えるから。
「シア、そしてギルドの面々……無事でよかった」
ジャックが消えて私達だけになると副団長はようやく落ち着いた表情を見せてくれた。
「色々ありましたけど、無事です。でも、あの……?」
「ああ、なぜ俺がここにいるかだな。くわしい話は中でしよう」
副団長にうながされ、私達は背丈が高くなった雑草の小道を抜けて屋敷の中へと入って行った。
しばらく放置されていたようだが、それほど埃や汚れはなく、とり急いで掃除をしたのか中は荒れた様子はなかった。貴族の邸宅にありがちな高価そうな絵画や置物はなく、代わりにあったのは子供のらくがきみたいな絵と不格好な模型などだった。子供の工作を飾っているのだろうか。屋敷の主は子煩悩なのかもしれない。
それほど大きくはない屋敷だ、少し進んだところに広間があり中に入った。そこには質素なソファとテーブルがあり、大きな窓辺には一人の老人が立っていた。背筋がぴっと真っすぐで背も高く体格がいい。白髪と白髭、顔の皺からなかなかお年だろうとは思うが、若いころに武の道にいたのかもしれない。
…………。
老人と目が合った。
少し怖そうな面立ちだけど、その目はどこまでも優しかった。じっと見つめられれば反らすことができなくなる。会ったことはないはずなのに、たまらなく懐かしく、泣きたくなるのはどうしてだろう?
声も出せず、動くこともできなくなっている私に副団長は教えてくれた。
「この方は、グウェン・リフィーノ殿。この屋敷の主であり、シリウスの養父であり、そしてシア……君のお祖父さんだ」
リフィーノ姓。
血の繋がらない者達の寄る辺。
疲れていたのかもしれない。伯父のように思っていた司教様との対立。母親のこと。いっぺんにのしかかったものが、滝のように降ってくる。いまさらの実感。
気がついたら私は駆けだしていて。
小さい子供みたいに、初対面のお祖父さんに抱きついて声をあげて泣いてしまっていた。