■1 ようこそ、皇都トーキョウへ
聖教会から逃れるには帝国に行くしかない。
それはなんとなく予想はついていた。他の聖教会が手出しできないと思われる国は遠すぎるか、物理的に入国が困難過ぎるかのどちらかだ。帝国は厳しい審査があれどそれを乗り越えれば入国自体は可能ではある。守秘義務があるので帝国文化と技術については知れない部分は多いというだけだ。現に雑貨屋夫婦のライラさんは帝国出身だ。彼女は帝国でも首都近くではなく、広い高原地帯で遊牧民をして暮らしていたそうなので、帝国技術については詳しくないそうだがそれでも重い守秘義務は負っており、帝国の詳しい話はまったくしない。
国を出ているしこっそり話したところでバレないのでは? とも少し思ったが、どうやら帝国を出る時に守秘の契約を交わさなくてはいけず、違反しようとすれば途端に口がきけなくなるそうだ。怖い術だが、うっかり話してしまって国際問題に発展し、重い処罰を受けるよりはマシという話だった。
魔人ジャックの話によれば彼らは帝国を拠点にしているうえに、帝国の上部と繋がりがあるようで入国はすんなり行えるということだった。私としては気分のいい話ではないが、聖教会と睨みあっている帝国からすれば魔人を国内に入れて協力関係を結ぶ方に利益があったのだろう。
「まあ代わりに皇帝にはちくいち動向は報告しないといけないけどねぇ」
面倒くさいよね。と笑顔で言うジャックの横でコハク君が渋い顔をした。
「報告とか面倒な雑務は全部エースさんか僕にやらせるくせに」
「メノウはたまに手伝うよー」
黒騎士とコハク君は苦労人位置なんだろうな。やっていることは認められないし、のほほんとしてはいけない相手だが、ここで目くじらをたてても意味はない。目の前に座るジャックははじめて会った一年前に子供達をさらって化け物に変えたり、リーナを実験台にしようとした卑劣な魔人だ。考えは理解できないし、理解したくもない。何人かの魔人と遭遇してきたが、ジャック、それとクイーンの狂気は歪み過ぎていてひとつもその心を感じられないのだ。
『実験』の内容についてや指示は、彼らの主であるノアという存在が出してはいるだろうけど。そのおぞましい行為をまったくなにも感じることなく実行できる時点で狂気の沙汰だ。
キングは違うのか、ジャックとは距離を置いている。コハク君もキングは味方じゃないけど、と呟いていたのでキングは実験には加担しておらず、またノアの考えにも否定的なところがあるのだろう。今回は私がいたから彼は己の信念を崩してまで助けてくれた。彼自身は、狂気に堕ちたと言っていたが他の魔人と比べれば断然、彼の方が信用できる。
「さて、と。この辺でいいかな、止めて」
帝国はまだまだ先であるにも関わらず、揺られてきた馬車をジャックが止めた。
「え? なんでだ?」
御者は馬の扱いになれたルークに任せられており、深い森の途中で止められたルークが首を傾げた。
「入国審査が鬼のように厳しい国境門で、あっさり入国できる外国人がいたら不審がられるでしょう? シア以外のメンバーは全員、帝国人から見れば明らかに外国人だとわかる見た目だからね」
「私以外……? それって私は帝国人に見えるってこと?」
「一見しただけだと普通に帝国人だと思うだろうね。黒髪は帝国では普通だけどそれ以外の国では珍しい方だから。それに君は明らかに『日本人顔』だし」
地味だ地味だと散々言われ続けたこの顔は、日本人らしさが強いらしい。そういえばメグミさんとも容姿の雰囲気は似ているかもしれない。
「私は覚醒者だし、先祖に日本人がいる……ってことか」
「そうだと思うよ。明らかに異世界日本の血筋を感じるし。異世界ごとに特徴が少し違うから、どこの異世界の出身者かはなんとなくわかるようだよ」
異世界日本か。いくつか確認されている異世界だが、日本から来る異世界人は圧倒的に多い。メグミさんの話では贄になりやすい、世界を捨てることに躊躇がないような人……がこちらに来る例がほとんどのようだ。血の故郷は気になるところではあるが、生きづらい世界なのだろうなと想像してしまった。
「だからここから転送陣を使う。一気に国内に入ってしまえば不審がられることもない。彼らも旅行者か移住者だと思うだろう」
魔人達は独自の転送魔法を使うことはわかっている。彼に案内されて辿り着いた転送陣も明らかに未知の技術と術式で組み立てられたものだった。
「魔人の使う魔法や技術は、帝国式がほとんどだ。聖獣の森に作った研究施設にもこの技術と魔法が使われている」
「ああ、あれは確かに解析が難しかったな」
「それでもあなたは突破した。あのときは目的と違っていたからスルーしたけど、本当は少しあなたの能力には興味があったよ、レオルド殿」
あまり男には興味を示さないジャックが珍しく探るような目つきでレオルドを見た。
「男の解剖は綺麗じゃないからあまりしたくないけど、一回はばらしてみたいかも」
「やめてぇー! おっさんまだ死にたくないっ。娘が嫁にいって号泣して孫を甘やかすまで死ねないから!」
「土地の呪いの影響かな? それとも巫女の座を無理やり移されたことによる突然変異? 強化魔法と違って魔力と筋力が直接リンクすること自体が変異ものだし、あなたの体はどうなっているんだろうね?」
「言いながら小刀出さないで!」
家族三人抱き合って震えていたので最終的に私がきつく言って、コハク君が小刀をとりあげてくれた。サラさんは震えながらも威嚇してたけど。
「ははは。ま、男に興味がないからすぐに忘れると思うけど」
あっさりそう言いながら、そうであってくれと私達は全員祈ってしまった。こんなやつに覚えられるなんてずっと死が喉元にあるくらい怖いことだ。
背筋がゾッとする会話をした後、私達は未知なる転送陣に乗って帝国へと飛んだのだった。
ぽかーーん。
辿り着いたその場所で、帝国に入ったことのない私達はあまりにもの景色の違いに呆然とするしかなかった。
転送先は帝国で一番大きな都、皇帝の住まう城がある皇都だった。道はとんでもなく広く、固い鼠色の物質で舗装され、真ん中の方にはカラフルな鉄の塊が走り、そのわきに人の通る道があるのだが。
「道が、動いてる!?」
人々はゆっくりと歩いてはいた。だが、道も同時に進行方向に動いており、それなりの速さで進んでいるのだ。普通に歩くより二倍は早く目的地に辿りつけるだろうし、疲労も半分になるだろう。
「オートウォークだね。私も最初見たときは驚いたなぁ」
車やバイクと呼ばれる乗り物も驚くが、そのオートウォークやらエレベーターやらに一番度肝を抜かれた。魔法を使わずにここまでできるのは便利だ。転送陣は遠い距離を一気に縮めることができるが、コストが馬鹿みたいに高い。こういう小さい移動でも、楽になるのは日々の暮らしにとても重要だ。
「ようこそ、皇都トーキョウへ。皇都内へは住民ID、または旅行券ナンバーIDのスキャンをお願いいたします。ゲートを通り、右手に商店街、左手に森林公園、レジャーパーク施設――」
聞き取りやすい通る声で、セリフの一語一句よどみなく周囲の人々に伝える女性が、丁寧に案内をしていた。ここまではスキルの高い案内所のお姉さんなのだが……。
「ま、待って!? 同じ顔と同じ服のお姉さんがいっぱいいるんだけど!?」
多少の色違いはあれど同一人物としか思えないお姉さんがいっぱいいる。二人や三人なら双子などで通じるかもしれないが、ざっと見回しても広い空間内に十人はいる。
「オートマタだったかな。全員機械仕掛けの人形だよ。人間そっくりだし、動きも細やかだから間違えやすいけど近づくと肌の間につなぎ目があったりするし、決まった言動しかほぼできない。職場や用途によってはもっと細かい芸のできるオートマタもある。今一番性能のいいオートマタは人間とほぼ変わらない言動ができるらしいよ。数体しかいないだろうけど」
どうなってるの、帝国技術!
異世界の技術は想像もできないほどはるか彼方にあるらしい。ラディス王国は長年帝国とバチバチしているが、帝国が本気を出せばいつでも王国をつぶせるだろう。それをせず小競り合いにとどめるのは色々と考えがあるのだ。はっきりいって技術で大陸を支配できそうである。
帝国は黒目黒髪が多い。それはつまり覚醒者が多いということに他ならない。司教様みたいなチートな能力者がゴロゴロいるのだとしたら、帝国はほんとうに恐ろしい国だ。
「さっきスマホでタクシーを呼んだから、来たらそれに乗って皇都の中心まで行くよ。そこに拠点にできそうな場所がある」
「すまほで、たくしー?」
疑問符でいっぱいの私達の前に、鉄の塊が止まった。扉がパタッと誰もいないのに開いたのを見て、帝国初見勢は思わず「ひっ!」と喉を引きつらせてしまった。
乗れと!? これは乗れということか!?
ジャック達が乗り込んでしまったので、逃げられず私達はマネをしてタクシーとやらに乗り込んだ。タクシーは他の車と違って少し車体が長いタイプだ。人数がそこそこいるが、全員が一台に乗り込めた。
「リムジンタクシーだから快適じゃないかな。運転手もベテランだから、車がはじめてでも乗り物酔いしにくいと思うよ」
うっすらとは思っていた。
リムジンタクシー、なかなかお高い匂いがする!




