*40 それじゃあ行こうか
「さて、キング殿。あなたは嫌だろうが、ここまでしたんだ……今更ノアの手をかりたくないとか言わないですよねぇ?」
少し嫌味な感じでジャックがキングに問いかけた。
キングは、ヒステリックにわめき散らかす冷静さを明らかに失った教皇と、反対に打って変わって不気味なほど静かな司教様を相手にしている。それでも考え、答えを探る間があった。
「もはや仕方あるまい……」
その答えにジャックは微笑んだ。
「メノウ、コハク、そいつは倒す必要はない。シア達を連れてここを脱出できればそれでこっちの勝ち。効率よくいこうか」
ジャックがパチンと指を鳴らすと、彼の姿はたちまち別人へと変化した。それはそれは美しい女性、黒に近い緑の長い髪に、スタイルのいい肢体にぴったりと纏う黒のマーメイドドレス……。
「ラミィ様!?」
見覚えがある姿だと思った。ジャックが変身したのはクウェイス辺境伯ラミィ様だったのだ。
「彼女の能力はすごいからね。ノア経由で、彼女の能力を少々コピーしているんだ。本物には及ばないけれど、まあ精霊の道へ全員を運ぶくらいなら可能だよ」
能力のコピー。ジャックの能力の全貌はまだわからないが、ギルド大会で別人に変身し多彩な力を使っていたことから、その能力の高さは容易に想像はできるが。
あまりにも異端だ。
「じゃあ、逃げようか。キング達のおかげで、邪魔をされずこっそりと転送陣を完成できたし。耳障りな騒音が平静を取り戻す前に――」
「待って!」
耳障りな騒音とは教皇のことだろう。
それはどうでもいい、だけど彼が転送陣を発動しそうなところで私はハッとした。
「ベルナール様! ベルナール様を置いていけない!」
ラミィ様の顔で、ジャックは一瞬背筋がゾッとしそうなほどの嫌悪感を滲ませた表情をした。だが、それは瞬きの間にうっすらとしたいつもの笑みに変わる。
「心配しなくても、あの人形騎士も連れてこいとのお達しだよ。連れてってあげる」
「お達し……って誰の」
「もちろん、ノアの」
ノア、という名は最近あちこちで聞いている。ジャック達魔人の主だろうと思われる人物。邪神とも言われていた。そんなやつが、ベルナール様も助けるの?
意図が読めなくて不気味だ。ありがたいことではあるが。
魔法が発動し、私達の周囲に転送陣が輝く。
精霊の道に飛ばされる直前、私は最後に司教様に振り返った。
あの人は……なんの感情もみえない、死人みたいな顔をしていた……。
精霊の道は、カピバラ様が用意しれくれていた道と同じのようだ。飛んでいる間、カピバラ様が傍に寄ってきた。
鼻をひくひくさせる。
「なんだ、お前メグミの匂いがするな?」
「ああ、うん。教皇の特別な地下墓地で会って……異空間で彼女の魂と会話をしたの。そのときに」
「ふぅん……」
カピバラ様は少し悲しそうな、寂しそうな表情をみせた。
「あいつ、なんて言ってた?」
「……死にたくなかったって。普通の女の子、だったよ」
「……そうか」
俺様もずっと勘違いして、知らぬ間に重荷を背負わせてたんだな。
そう、カピバラ様は呟いて、再びどこかへと消えていった。
しばらくの浮遊感を味わった後、私達は精霊の道から出た。出口はガリオン大聖堂のある山脈のふもと。サラさんとシャーリーちゃんに待ってもらっている集落の近くだった。
「仲間を置いてはいけないでしょう? ここも直に追手がかかるだろうし、早々に準備してもらって」
集落近くに出たのは、ジャックの気遣いだったらしい。そんなことができたのかと、少し意外だったが……。
「って、メノウとコハクとキングに詰め寄られちゃった」
だろうと思いました。
魔人にもわきまえている人がいてとても助かる。
キングは姿で怖がられるからと、深くフードをかぶって忍んでいる。気配りもできるいいご老人である。
「しゃあぁりぃーーーー!!」
「パパーーーー!!」
親子の感動の再会はすぐに果たされた。
涙目と鼻水で顔がぐっちゃぐちゃになったのはレオルドで、シャーリーちゃんはそれをちょっと嫌がりながらも熱い抱擁だけは受け入れていた。サラさんは嬉しそうに笑っていたが、私達とその他に見知らぬ、それもただならぬ者達がいるのを見て、大変な事態になっていることを察してくれた。
「くわしいことは後から聞くけど、出立の準備をしたほうがよさそうね?」
「ええ、早急に頼みます」
ベテラン主婦のサラさんのお出かけ準備は早かった。軽くおにぎりも作ってくれて、軽食の準備もばっちりだ。
私達はサラさん達を連れて、ギルドメンバーが集合したところで再びラミィ様の姿でジャックが転送陣を作り上げた。精霊の道は、カピバラ様などの精霊の力を借りることが必須でさすがのジャックにも自身で精霊の道へ行くことはできないらしい。
「で、ジャック。どこへ行くつもりなの?」
ラディス王国はダメだろう。どこへ行っても教会の息がかかっている。
なんとなく予想はついていたが、問いかけた。
「君の想像通りだと思うよ。女神の力が及ばない場所なんて、遥か遠い南の異教徒の国か、精霊の女王が統治する王国か……もしくは北の大国か」
南の異教徒の国は、あまりにも遠すぎる。そして精霊の女王が統治する王国は強固な結界があり、悪しきモノは出入りができない。
となるとやはり。
「それじゃあ行こうか、君達にとっては未知で……しかし真実が確かに存在する北の大国」
帝国へ。
――第四章・聖教会編――完。