*39 ご褒美と同じ
「己自身をあざ笑いたい気分だ……。ここにきて、契約の破棄を決断できるとはな」
巨大な骸骨の姿で、魔人キングは私を守るように覆いかぶさった。白い骨の隙間から、怒りに震える教皇と、少し驚いた表情の司教様がいた。
契約の……破棄?
そうだ、キングも教皇と契約をしているから墓守としてあの場をずっと守ってきた。それは彼にとってとても大切で重要なことで、仇敵の存在を傍に置きながら野放しにしなくてはならない屈辱……それすらも甘んじて受け入れるほどの契約だった。
だから私はてっきり、契約は一度交わしたら破棄することができないタイプのものだと思っていた。
けれど、違った。
契約は……破棄できるんだ。
司教様を見た。
彼は私と目を合わせてくれない。そして、契約を破棄するような気もなさそうで。私を殺してでも契約を守りたいのだ、司教様は。
「いくら千年の時を生き、憎悪をためこんだ魔人の身だろうと、私とレヴィオスを討つことは不可能よ!」
「……そうだろうな」
暗い眼窩が司教様を見下ろす。互いに声をかけることはなく、冷たい風だけが流れていった。
「だが、可能性だけは残されている。ここにな」
「キング」
「仲間のもとへ行け。あとは任せておけばよい」
「でも……なんで貴方が」
「言っただろう、可能性を感じたと。こんなことは魔人になって千年、はじめてなのだ」
キングにうながされ、私はいまだ立ち上がれない仲間達のもとへ走った。キングは魔人で、人間を止めてしまった悲しい人だ。冷たい骸の姿でなお、彼は永遠の憎悪と優しさを秘めている。
「みんな! 立てる!?」
「俺はなんとか……」
「わ、私も……」
「り、りーなも……でも、レオおじさんが」
「ぐっ……情けないな」
仲間をかばう形で攻撃を受けたレオルドが一番ダメージが大きく、自分の足で立つことができない。
「おっさん、肩につかまれ」
レオルド以外だとこの中で一番力があるのはルークだ。だが、ルークもそれなりのダメージを負っている。ここは私が回復魔法と強化魔法でなんとか……。
「ヒール!」
光の粒が輝き、回復魔法が発動した。メグミさんの力のおかげで、制限をされた聖魔法が以前と同じかそれ以上に威力が感じられる。
だが。
「なんで? 魔法は発動したのに」
確かに魔法は成功している。それなのに効果がでない。レオルド達の体を調べると、見たこともない文様が腕にからみついていた。
「なにこれ、もしかして……呪術?」
闇属性の禁忌として用いられる呪術という技がある。呪いと同等で、術者にも反動があることから現在においては使用を禁止されているものだ。こういう呪術系は、魔法効果を阻害する力も多い。
「これが呪術なら、解呪したいけど……こんなの見たことない」
術者は誰? 司教様? 司教様は、色々と魔法が使えたけど、あの人あれで生粋の聖属性だし、使えないことはないにしてもこんな煩雑そうな術式組める?
これは直感でしかないけど、こんな性格の歪んでいそうな術を司教様がやるとは思えない。あの人は、目で見てはっきりと『めっちゃ強い!』と感じる人だ。
解呪自体は聖魔法でやれるが、術式を理解していないと使えない。アギ君のようにその場で解析することができればいいが、あいにく私にそんな高度な技術はない。解析できるとしたらレオルドだったが、一番大きなダメージを負った彼がそれを行うのは無理があった。
どうしよう、キングが時間を稼いでくれているのに!
焦りばかりが募る。魔人とはいえ、教皇と司教様の二人を相手にして無事ですむわけがない。時間がかかればかかるほど、キングの身が危ないだろう。魔人の身を案じるなんて、おかしなことだけれど。
「……なんか、酷いのにからまれてるみたいだね」
「え!?」
この場では聞こえるはずのないその声に、私は驚いて振り返った。
なんでここにいるの? という疑問だけが先行する。まったくもって予想外の人物で、ここにいる理由も潜入経路も思いつかない。
「なにその顔、もしかしてもう忘れられてる?」
「え、えっと……あまりにも突然で。え? なんでここにいるの……コハク君」
ふらりと現れたのは、ギルド大会で『闇夜の渡り烏』として参加していた少年。その正体は不明だが、彼は闇夜の渡り烏の名をかたった偽物で、リーダーを務めていた男はギルドマスターに化けていた魔人、ジャックだったはずだ。
「キングがいるんだから、魔人側が聖教会を監視しててもおかしくはないでしょ」
キングは味方ってわけじゃないけど。
ぽつりとコハク君がそう言うと、レオルドの前に膝をついた。
「時間がないから一人だけ解呪するよ。こんなでっかいおっさん担ぐなんて地獄だし」
コハク君が手をかざすと、彼の黄金の瞳が魔力によって輝き、解呪の魔法が発動した。術式を完全に理解しているらしく、スムーズに解呪が終わる。
「はい、これで回復魔法が効くでしょ。僕、そっちは専門外だから」
解呪の魔法は大抵聖属性だが、コハク君からは強い闇属性の魔力を感じる。呪術の方にくわしいから解呪ができているのだろう。
私は急いでレオルドに回復魔法をかけた。
「すまん、助かったマスター。それとコハク、だったか? ギルド大会ぶりだな」
「そうだね。感動の再会ってわけじゃないんだから、とっとと立って逃げなよ。メノウが厄介者の相手をできているうちに」
「厄介者?」
疑問が解決する前に。
「にゃあああああ!!」
ずしゃあーーと顔面から床にスライドしながら、小柄な女の子が転がってきた。
「あー、思ったより短かったね。ほんとお前って役に立たない」
「コハクのバカーー! メノウはがんばってるんだよっ」
顔面から思いっきりいったというのに、元気よく身を起こして反撃したのはメノウちゃんだった。相変わらずの様子である。
「メノウちゃんまで!?」
「あ、シアおねーちゃん達ひさしぶり~」
無垢な少女といった風体のメノウちゃん。全身傷だらけだが、痛みがないのか苦しむ様子はない。
「で、あの厄介な人は?」
「あいつ意地悪なの! コハクやっつけてー!」
ぷんすかと地団太踏むメノウちゃんにコハク君はよく見たやれやれ顔である。厄介者とは? 疑問に思っているとゾッと背筋に寒いものを感じた。これは。振り返って納得がいった。メノウちゃんをボコボコにしたのはどうやら。
「あのときの暗殺者!」
クレメンテ家の別邸に行った時に現れた暗殺者。そしておそらく狂信者でもある。この人物ならば、呪術ができたとしても不思議ではない。
「シアさんはあんまり近づかないで。桁違いにアタマオカシイうちの上司と同じくらいヤバイ人間だから。人間なのが不思議なくらい話通じないからね」
「ほんとだよ! 桁違いにアタマオカシイのは一人で十分だよ!」
酷い言われようですが、ジャック。同意せざるを得ないけどね。
私としてもあまりあの狂信者とは面と向かって戦いたくない。かなりやりづらい相手だ。あのときは子爵がいてくれたから助かったけど。
「レオルド、きついだろうけど立って! 精霊の道にさえ入れれば脱出できるはずだから」
「ああっ!」
ルークと私で両側を支え、リゼがリーナの手を引く。
コハク君とメノウちゃんは、狂信者の相手をしてくれているが突破されるのは時間の問題だろう。コハク君とメノウちゃんは十分強いが、相手がまずすぎる。
まさか魔人一派の助力を得ることになろうとは、まったく予想すらしていなかった。人生なにが起こるかわからない。彼らは絶対に味方ではない。だが、ここは彼らに頼らなければ生きて脱出できないだろう。使えるもんはなんでも使う。後になんらかの代償があったとしても。
「そんな悲壮な顔をしなくても、私達は別に君達からなにか支払いをしてもらおうとは思っていないよ」
「げえぇ!!」
悲壮感とか強い決意とか、その顔を見たら全部吹っ飛んだ。
いや、コハク君とメノウちゃんがいる時点でいるだろうなーとは思ってたけど!
「素晴らしい反応! そして想定通りの顔! ありがとう、素敵だねっ」
彼には気配というものがないのだろうか。空間に突然ぽんとあらわれた。白い髪に赤い瞳のアルベナの特徴を持った魔人、ジャック。先ほどコハク君とメノウちゃんに散々に罵られた桁外れにアタマオカシイ上司だ。
「前回は出番がなくて暇だったから、今回は君に会えることを楽しみに仕事を引き受けたんだ。同じく仕事を受けたかったクィーンと殴り合いの喧嘩になったけど、エースが体を張って漢をみせてくれたおかげでクィーンは引き下がってくれてね。ちなみにエースは半月くらい絶対安静状態になったけど」
なにしてんねん。
「シアに会える絶好の機会を棒にふるなんて、できるわけがない。しかも今回は事が起こるまではシアの様子をじっとりねっとり観察してるだけでいいなんて、ご褒美と同じだよねぇ」
綺麗な顔でにっこり微笑むが、こちとら寒気しかしない。
なに? 実は裏で私、こいつにストーカーされてたの? 怖っ!
「大丈夫だよシアさん。宇宙規模でアタマオカシイ上司のじっとりねっとり監視は僕が阻止したから」
「ありがとうコハク君! 君はなんていい子なんだ!」
アホみたいな会話だが、この間にも狂信者との戦いは続いている。ジャックも含めて、コハク君もメノウちゃんも器用に戦い続けているのだ。
まさか、ジャックにまで助けられるとは。
もう私の頭は、誰が味方で誰が敵なのか、よくわからなくなってしまった。




