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*34 悪夢の先で(sideリーゼロッテ)


 ――――?


 気がつけば、真っ暗な空間に放り出されていた。

 教皇の圧がかかる笑顔に耐えかねて、おねむになっていたリーナちゃんと一緒に酒の宴と化した会場の隣の部屋で休ませてもらっていたはずだった。


 どうして、私だけここに?


「リーナちゃん! リーナちゃん、どこ!?」


 うつらうつらとしていたとはいえ、動いた記憶はない。リーナが横になっていたソファの隣で腰かけていたのに、傍にリーナがいないはずがない。

 だが、どこを探してもリーナの姿はなく、それどころかここは部屋ですらない。暗いが、狭い中に閉じ込められているのではなく、果てしなく遠い空間なのに明かりがないせいで暗いのだと、わずかに歩いて響いた靴音で判断できた。

 でも、こんなに暗いのに自分の姿は視認できる。


 視線を落として手を見ても、ちゃんと自分の手が見えた。

 ということは自分自身が光を発しているのだろうか?


 どうなっているのかわからないが、教皇に誘われた宴だ。教皇がなにかしたのかもしれない。途中までは警戒していたが、数時間もただの飲み会を眺めているとダメだとわかっていても気が緩んでしまう。

 なにもなさそうな広いだけの空間を進んで行く。

 空間に閉じ込められているのなら解除の方法を探さなければならない。


「……リーナちゃん、ルークさん、レオルドさん……お姉様」


 どんどん心細くなっていってしまう。

 一人きりで過ごすことも、部屋に閉じこもることも、十六年の人生の中でほとんどがそうだったはず。孤独は可哀想なんかじゃなかった。孤独こそが私の救いだった。

 だけど、ギルドに入って、いつでも近くに人の気配があった。

 あったかい気配があった。

 それを不快に思わない自分がいつの間にかいた。不安を抱かない自分がいた。食卓で他愛ない話をしながらご飯を食べることの幸福感を知った。

 私の呪いを知っても、石を投げない人間がいることを知った。


 対人恐怖症は、もう二度と治りはしないだろう。

 だけど、すべてを恐ろしいものだとも思わないだろう。


 だからこそ、今が怖くて不安なのだ。

 弱くなっただろうか?

 きっとそうじゃない。怯えて威嚇して、閉じこもった私へ手を伸ばす人間をひっかいていたときより、きっと強くなれた。


 この足の震えは、誇りだ。


 神経を研ぎ澄ませて、私は空間の中になにかないか探りながら歩き続けた。しばらくして、導かれるように動かしていた足を止める。


「ここは……」


 見覚えがある場所についた。

 幼いころに住んでいた屋敷。トラウマの思い出ばかりが詰まった場所。それでもここはよりどころであり、彼女に浸食されまいとずっと抵抗していた場所。


 しかしこの屋敷はもう現実には存在しない。

 記憶と、心の中にだけ残るものだ。だから、ここが現実の世界ではないのだと理解した。


「この風景を見せるってことは」


 屋敷の前にたたずむ人影。

 そう、同じだ。お姉様と一緒に精神の中にすくうアルベナと戦ったときと。


「あなたは、私の中にいるアルベナ?」


 黒い影は、ゆっくりと人の形を成し、白い髪と白い肌を持つ赤い瞳の美しい女性へと変化した。


「そう、私はアルベナ。アルベナの怒りと憎しみから分かれたもの」


 以前は会話をすることが叶わなかったアルベナ。どういう変化があったのか、彼女は自我を取り戻したかのようにこちらを静かに見つめていた。


「なぜ、私がこうも大人しいか、不思議?」

「……ええ、ずいぶんと毎回暴れまわってくれるもの」


 皮肉もこめて低めの声で返答すれば、アルベナは苦笑した。


「抑えることのできない怒りの感情。数百、数千のときを数えても消えることがない……。怒りは苦しみ、怒りを抱き続ける私もまた永遠に傷つき続ける。それでもこの怒りを忘れることはできない。アルベナの思いは強すぎた。アルベナの力は強すぎた」


 アルベナはそっと手を差し出すと、手の中に黒い輝きを生み出した。その黒い輝きは私の元へと飛んできて、この手におさまる。

 これは……。


「ナイフ?」

「ただのナイフではないわ。私を、アルベナを殺せる唯一の武器。魂を消滅させるもの」


 えぇぇ!?

 とんでもないものを手にしてしまったことを知って私は悲鳴をあげた。


「な、な!? なんでこんなものが!? そして今私に!?」

「あなたが装備している指輪は、二つとも魂の活動を抑制するものよ。今は滅び去った古の術。その術を結集させて作られたのがその武器。いくつか種類はあるのだけど、あなたが装備できるのはそれだけね」

「いや!? だからなんで私に!?」

「それは、あなたが誰よりもアルベナに対して殺意があるからよ」


 さつ……いや、ないといったらウソだけど。

 物理でどうにかする考えはあまりなかった。血から追い出すとか、封印し直すとかそういうことを色々と考えていたのに。


「リーゼロッテ、よく聞いて。アルベナを中途半端にどうにかするなんてもう無理なの。だってアルベナである私自身、自分の怒りを制御できない。永遠に凶悪な呪いとして存在し続けることになる。分かるの、私はアルベナの欠片だから……他のアルベナの欠片達がどう思っているか。皆、皆もう疲れてる。どうしようもなく壊れてしまった感情の果てを」


 美しいアルベナの顔半分がおぞましく溶け歪む。それがすべてを物語っているかのようだった。


「遥か昔、アルベナはたくさんの姿形を持ち、種族として大地に根付いていた。男女の違いもあったし、今の人間とは大きく違う生命体ではあったけど、感情は存在していた。世界は荒廃の一途を辿ってはいたけれど慎ましく、私達は生きていた。なのに、どこからともなくラメラスが現れ、私達は虐殺された。目の前で愛しい家族を奪われた。その怒りが、悲しみがずっとここにある」


 ナイフが鈍く輝く。


「世界の均衡なんてどうでもいい! 滅びるのならば、私達はゆっくりと滅んでいけばよかった! 私達は無為に消され、世界は美しい形を取り戻した。新たな生命が育まれ、緑が育ち、清々しい風が吹く。私達の死体の上で……」


 これは復讐なのだと、アルベナは呟いた。


「新しい生命体を苦しませるのは私達の本意じゃない。最初にして最後のアルベナがラメラスに魂をバラバラにされたのも、いつか復讐のときが訪れるのを待っていたから。ラメラスはそれを恐れて人間の中に封じた。確かに人と混ざって、自我が崩壊し力は以前より弱まったけれど……それでも私達が消えることはない。少しずつ、少しずつ、聖女の力で魔王に仕立て上げられた私達の成れの果てを繰り返し倒しても」

「魔王……?」

「ふふふ、できのわるい笑い話よ。物語を酷く批判することのできる内容なのに、需要が高すぎて誰もが口をつぐむ。安定したサイクルを乱すことが恐ろしい、だからすぐに忘れ去る。ラメラスの思惑通りに、人は踊ってしまう。大いなる母に逆らう人間なんていない。どの種でも母は偉大なものだから」


 言っている意味がわかるような、わからないような。


「教皇……いえ、ラメラスの意思はあなたに魂抑制の指輪を渡した。おそらくは、私が自我を取り戻すことも予測しているでしょう。そしてあなたにそのナイフを授けることも、私があなたに殺されることも。全部が予定調和、彼女のシナリオ通り。それでも私はあなたにこの武器を授ける。アルベナの魂を殺せるということはラメラスの魂の一部である教皇も殺せるのだから」


 復讐が成り立つ。


 色々と話があってまとまりにくいが、教皇が私に魂抑制の指輪を渡した理由がはっきりした。アルベナと女神は敵対している、アルベナを消滅させたいならアルベナの自我を呼び起こして、私に魂殺しの武器をあたえさせればいい。ラメラスを怨むアルベナなら、自分が消滅しようとも武器を授けるだろう。


「私から解放されなさい、リーゼロッテ。その代わり、私が研ぎ続けてきたその武器で女神に復讐を」


 それだけが望みである。

 アルベナはそう強く伝えた。

 ナイフを握る手が震える。ずっと、彼女からの解放を望んでいた。幼いころから怖くて怖くてしかたがなかった存在。浸食されて壊れていく父親を見てきた。自分もこうなるんだと震えながら部屋に閉じこもって、未来を閉ざしていた。

 アルベナと戦い続けると決意したあのとき、背中にはお姉様がいた。勇気がわいた。ここにいたいと願った。自分が自分であるために。誰かに奪われないように。自分の人生を、これからを歩いていきたい。


 私は。

 私は。


 アルベナと視線を交わす。

 彼女は静かに佇んでいる。彼女が言ったように、きっともう彼女は疲れているんだろう。終わらせて欲しいと思っているんだろう。そしてそれ以上に、女神への憎悪が強いんだ。


「アルベナ……私ね、ずっとあなたが怖くて、恐ろしくて……大嫌いだった」


 心を殺して。記号のように扱って、自分をギリギリで保ってきたあの頃。

 苦しめられ続けてきた。恨んでもいた。


「でもね、あなたと戦い続けるって決めて、お姉様達と一緒に歩き出して……ここに来てからも、少しだけ色々と見えることもあった。あなたのこと」


 真っすぐにアルベナを見られるようになった。だからだろうか、ようやく彼女の顔がどうなのかちゃんと見える。


「ずっと苦しんでる。苛まれてる。まるで終わらない悪夢を見続けているみたいに。私に最期を願うくらいに……疲れ果てて」


 ねえ、お姉様。

 私、あなたやギルドの皆に出会ってから少し変わったんだ。

 自分しか見えてなかった、余裕なんてひとつもなかったから。


 でも今ならできるかもって、自分に期待ができるんだ。


「私、あなたを殺したくない」

「なにを馬鹿なことを……私を放っておけば、徐々に浸食は強まる。いつまでも抑えられるものでもない」

「戦うって決めた。それはあなたを殺すってことじゃない。あなたを制するってこと。前例がなくたって、私がそうなればいいだけ。期待したいの自分に、はじめて。できなかったら潔く自分ごと地獄に落ちてやる。でも最後までやり遂げたい」


 私の言葉にアルベナは黙ってしまった。

 相変わらず私の手も足も震えてて、我ながらかっこうがつかないなと思う。なんなら今にも膝から崩れてしまいそうだ。

 私ってやつは本当にどうしようもない……。


「りーな、てつだいます!」

「ほあ!?」


 急に可愛い声で声援され、柔らかで温かな小さい手が震える手に添えられて驚いた。視線を下に向ければいつの間にか愛らしい天使……いや、リーナがいた。のんちゃんも一緒に。


「リーナちゃん!?」

「ここにいたか!? 探したぞ、怪我はないな!?」

「ルークさんも!?」


 すぐ後ろからルークさんも登場。


「うおおおーー! そこにいるのはリーナとルークとリゼじゃないかぁーー! おっさん、一人で暗くて怖かったぞぉーー!」

「ぐうぇっ!!」


 ギルドで一番年上で見るからにガチガチに固そうな壁のおじさん、レオルドさんが誰よりもヘタレた顔で飛びついてきた。ルークさんにガードされたが、それでもつぶれた声が漏れる。


「え、ここって私の精神的な空間かと」


 聞けば全員、この空間に飛ばされてしばらくさ迷っていたらしい。


「りーなはりぜおねーさんのこえが、きこえたので!」

「なんも気配がなかったのに、急に全員の気配がわかって走ったらここに」

「おっさんは、全力疾走して転んだらここに」


 それぞれの理由でたどり着いたようだ。


「……どうやら、あなたの思いが彼らを呼んだようね。どうなるか、私にもわからない。希望なんて本当は考えてはいけないのかもしれない。でも未来は決まってはいない……。リーゼロッテ、その武器は私を喰らって大きな力を発揮する。そのままではラメラスを傷つけることはかなわないでしょう。それでも先に進むなら、私はもう止めない。あなたの終わりまで、再び私は終わらない悪夢を見ましょう……それじゃあ、また。悪夢の先で」


 そう言うとアルベナは消え去り、屋敷も幻のように霞んで消えた。

 呆然とそれを見ていた私達だったが……。


「なんかよくわからないが、シアが見当たらない」

「そうです、おねーさんもさがしにいかないと!」


 なんか嫌な予感がすると、レオルドさんが唸った。

 うん、私もすごく嫌な予感しかしない。最初から、教皇はお姉様が狙いだったと思うから。私とアルベナのことは、二の次なはず。私がアルベナを消滅させられたなら、儲けもの……みたいな。


 まだ私の中にアルベナはいる。

 私とアルベナ自身を苦しめ続ける壊れた存在。

 楽な道を断った。馬鹿だなぁとも思う。だけど納得しきれてないから、私はまだ彼女の思いと共にいよう。


「必ずあの性悪教皇から、お姉様を救出しましょう!」

「「「おーー!」」」


 気合の入った声が空間にこだました。


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