*32 ばっくれてぇ
静かだった墓地。
騒がしいわけではないが、凛と佇む緋色の騎士はこの場にあまりにもふさわしくない。胸のあたりがざわざわとして、緊張の糸が張り詰めた。
「……ほう、お前がここに降りてくるか『黄昏』」
黄昏……?
言葉をそのまま受け取るならば、夜に近づく夕方の時間をさす単語だけれど。
「ここは殉教者達の聖地。お前のような歪なる者がそもそも踏めた場所ではない。女神様の赦しで墓守としてここにいることを忘れるな」
少しばかり強い口調でカーネリアさんは言った。
表情には感情を浮かべていないが、そのとげとげしい口調から彼女がいかにキングを毛嫌いしているかわかる。
「殉教者の聖地だと? 笑えん冗談だ」
キングもまた、その言葉ににじむほどの怒りがみえた。双方、理性的なのだろう。いきなり殴り合うような事態にはなっていないが、放たれる敵意はこちらの肌が痛いくらい強い。
「聖女殿、レオルド殿。勝手に立ち入りが禁じられている場所に入るのはやめていただきたい」
「す、すみません」
一応謝っておく。反省はしてない。
なんなら次の潜入場所についてこのあとキングに探ろうとも考えてました。
「ルーク殿とリーナさんは、こちらで丁重にお部屋をご案内いたしました。お二方も速やかにお戻りください」
有無を言わさないカーネリアさんの態度に、私は一度レオルドと視線を交わした。
レオルドが困ったように首を振った。
「わかりました」
ここでカーネリアさんと一戦交えるわけにはいかない。彼女の実力がどの程度かは未知だが、その身のこなしと地位を予想すればおのずと二人で太刀打ちできるとも思えない。キングがどうでるかもわからないし。
視線を感じてそちらを向いた。キングがじっと私を見つめていた。
なにを伝えたいのか、その暗い眼窩では表情は読み取れなかった。
「墓守、お前が教皇様との契約を反故にしない限り、お前に自由はない。他の魔人共と接触があるようだが邪神ですら女神様のお膝元に対して大それたことはできないだろう。無駄な足掻きは見苦しいぞ」
吐き捨てるようにそう言って、カーネリアさんは私達を追い立てるように出入り口の階段へと促していく。仕方なく私達は上を目指した。
一度だけ振り返ったその墓地に一人、ぽつんと残された骸のキングは……ゆっくりと墓地の奥へと消えていった。
「晩餐会を開きたいと、教皇様が」
「……えぇ」
正直な口が、正直な感情を表に出してしまった。けれどカーネリアさんはあまり気にした様子もない。キングに見せたとげとげしい感じも今はなかった。
「また私一人とか?」
「いえ、ギルドの皆様とどうぞと」
全員ご招待か。
「リゼ、体調は?」
「絶好調で! 最高に! 具合が悪いです、お姉様!」
ですよねー。
でもなんでそんな具合悪いのに気合が入っているのだろうか。
「司教様が言っていたのです! 私の具合が治らないのは私の中のアルベナと戦っているからだと! 私、負けないので! 引きこもりにも意地がある! マルチダ様の恋の行方を見届けるまでは死ねませんしっ!」
マルチダ様ってなに?
「ああ、あの恋愛冒険活劇≪マルチダ嬢は絶対死ねない≫だっけか。面白いよなぁ、あの漫画。俺も続刊楽しみにしてるやつ」
なぜかルークが理解を示した。
そういえばルークは漫画好きだったな。推しの漫画家さんがいるんだっけ? ファンレター出してるくらいだし。
ルークから反応がくるとは思わなかったのかリゼが目を丸くした。
「え? ルークさんって漫画を読む人なの?」
「文字の読み書きの勉強になるし、結構読むぞ。漫画家の知人がいて、漫画市の手伝いとか原稿の手伝いとかしてるうちにかなりはまった感じで――」
「「原稿の手伝い!?」」
リゼとはもってしまった。
漫画をよく読んでいるのは知っていたが、原稿の手伝いしてるのはさすがに知らん。
「やってみたら背景上手いって言われて、たまにその手伝いを」
「あー、そういえばルークって美術得意だよねぇ」
リーナの母親を探したときも似顔絵がすごい上手かった記憶がある。背景も描けるとか、漫画家アシスタントとも名乗れそうである。
「っと、話が脱線したけど、リーゼロッテが満足に楽しめないなら晩餐会には出席できません」
「……大丈夫ですよ」
はっきりと告げた彼女は、指輪を取り出した。赤い宝石のついた指輪だった。それを見ただけで背中がぞわりとする。
「その指輪……」
「封じの指輪です。教皇様よりお預かりしてきました。これを装備していれば、薬を服用するより強力な力でアルベナの力を抑えられるでしょう」
リゼはじっとその指輪を見ていた。
あまりいい感じはしない指輪だ。それにこれ、リゼがしている黒紅の指輪ととてもよく似ている。宮廷魔導士長フォウン様ですら、製造過程も材料もわからないとされる未知なる指輪。それは魔人達によってもたらされたものだ。
まさか、それと同じような指輪なのだろうか?
「これを装備し、“ぜひ晩餐会にお越しください”だそうです」
もう強制命令じゃん、それ。
リゼは装備には躊躇したが、カーネリアさんの圧が強くて震えながら装備した。効力は言っていた通りで、リゼの体調も落ち着いた。だが装備がはずれないとかいう呪いの装備だったらどうしようとリゼは不安がったが普通に着脱可能だった。特に副作用みたいなものもないらしい。
ということで、地獄の教皇様主催晩餐会に出席することになってしまった。
ばっくれてぇ。
聖教会の晩餐会は、お城の晩餐会とは違って質素で落ち着いたものだ。豪勢な料理や装飾品が並ぶこともないし、ダンスを踊ったりもしない。音楽もない。
固い顔をした神官達に囲まれ、異様な空気に満たされた場所で味の薄いご飯を食べるものだ。
笑えないほど面白くない。
偉い人に囲まれて美味しい料理の味がわからなかったーという経験はあったが、胃を痛ませてくる教皇様の笑顔に突き刺されながら、本当に味が薄すぎてわからない料理を口に運ぶ作業をする経験はさすがにないわ。
ルークは浮浪者時代が長いせいか、出されたものは全部食べる主義だから食べているが、他三名、リーナ、レオルド、リゼは全部食べる気にはなれない様子。私もそれ。
「あら、シア手が止まっているけれど?」
「あはは、私元々食は細い方でしてぇ」
嘘は言ってない。大食いじゃないもの。
「あ、それじゃあお酒はどう? いっぱい飲むって噂で聞いたのよ。なんでもクウェイス卿の強いお酒も全部飲んだって」
「えーっと、出禁になるくらいのレベルで飲んだ記憶は……ありますね」
ラミィ様は喜んでいたけど、そのあと不名誉な呼ばれ方が出回っていた。
「聖職者は普段お酒を飲めないのだけど、こういう特別な席では飲んでいいの。シアはお客様なのだし、遠慮せずにどうぞ。色々なお酒をたくさん用意したから」
あれだけ質素なメニューが並ぶテーブルに、不釣り合いな量の酒瓶が追加されていく。
銘柄だけ見れば、本当に各地のお酒を用意した感じだ。クウェイス領の地酒グレゴリアまであった。レオルドがちびっと口に含んで倒れたあの強烈に強いやつ。私は平気で飲んだが。
「酒盛りしましょう。聖教会の料理は味が薄くて進まないでしょう?」
教皇様も味が薄いと思ってはいるのか。
「男性陣もどうかしら?」
「じゃあ……少しだけ」
「俺は遠慮しておきます」
お酒が激よわなレオルドは今回は辞退した。ラミィ様のところで好奇心に負けて地酒グレゴリアを飲んでしまったが、この中にレオルドの好奇心をくすぐるものはなかったようだ。好奇心に負けないならレオルドはちゃんと冷静な判断をする。
「ルークはどのくらい飲めるんだっけ?」
「シアの100分の1くらいかな」
「どーゆうたとえなのかなぁ、それ」
ルーク、普通に飲めるでしょ! 王都の職人街ののんべぇなおっちゃん達と付き合いで飲まされてたの知ってんだからね。結構飲まされたらしいけど自力で帰ってきたし、足取りもしっかりしてたから強い方だと思う。
「シアの足もとにも及ばない強さだと思う」
「きりっとした顔で言わない! 私が化け物級に強いみたいじゃない」
ルークとレオルドに遠い目をされた。
「ほらほら、皆さん思いっきり飲みましょう! リーナちゃんはジュースをどうぞ」
なんだか積極的にお酒を進めてくるな教皇様。まさかなにか入ってる? それとも酔わせてへろへろにさせてからどこかに閉じ込めようとしているとか?
横目で彼女を見れば、いつも通りニコニコしている。自分の杯にも並々とお酒を注いでいた。しかもよりによってあのグレゴリアを。
ふんっ、やってやろうじゃない。
どんな作戦か知らないけど、酒豪ラミィ様をうならせた実力試させてもらう!!
そして私以外、まったく楽しくなくなる酒盛りパーティーがはじまってしまったのだった。