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*31 血の繋がらぬ者達

 老人の嘆きは深く暗く悲しい。

 眼球のない黒い穴から涙が流れる様は、異様な光景ではあったがこちらの胸を痛ませるには十分だった。老人は確かに狂人なのだろう。だが、それを誰が責められるだろうか?


「あ、あの……」


 相手は魔人。けれど気がつけば私はハンカチを老人に差し出していた。嘆きの時間が、暗い沈黙が耐えがたい。こちらもなんだか泣きたくなってくる。

 老人は少しだけ私の差し出したハンカチを見つめて、そしてそっと骨の手で受け取った。


「……温かイ。その心を、気が狂おうともわしはまだそれを受け取ることができるのだと、安心すル」


 老人はハンカチで涙を拭うことはしなかった。ただ、手に握りしめていた。


「名を、聞いてもよいカ?」

「シア、シア・リフィーノです」

「リフィーノ……?」


 なにかが引っ掛かったのか老人はシリウスさんから継いだ家名を呟いた。


「シア、汝の父の名ハ? 母の名ハ?」

「え? えっと私、孤児で本当の親は知らないんです。リフィーノは養子先のもので……」

「どちらでもよイ、名ヲ」

「よ、養父の名前はシリウス……です。養母はいません」


 老人はしらばく沈黙した。

 レオルドと顔を見合わせる。なぜ、こんな質問をされているのだろう。


「リフィーノ……シリウス・リフィーノ。そうカ」

「それがなにか?」

「リフィーノは、血で繋ぐ家系ではないのダ。そういう運命の元にあると言えるかもしれヌ」


 老人は少しだけ語ってくれた。

 リフィーノの姓を持つ者達の話を。

 老人の近しいところにリフィーノ姓の人物が時折現れていた。彼らは血の繋がりのない家族を形成していた。リフィーノ姓を貰う者はなぜか、そのほとんどが子孫を残せない者ばかりだったという。わけありの者達ばかりだったという。皆、孤独ゆえか互いに惹かれ合うように出会い、親子兄弟に形を変えていく。血の繋がりよりも強い、絆の繋がりで。


「不思議なものダ、そうあろうとしてそうなったわけではなイ。自然と集まり、リフィーノは血の繋がらぬ者達に受け継がれていっタ。その先が、お前なのだナ……シア」


 老人は昔の記憶を思い出してしみじみした感じだったが、私はその言葉の真の意味に気がついてしまっていた。


 え? それってつまり……私――結婚できない!?


 一応これでも乙女なんで、結婚願望ちょっとはあるんですがぁ!?

 シリウスさんはアルベナだから、人間みたいに子孫を残せないけど、私は!? いたって普通の人間だと思うんだけど! 血を残せないのがリフィーノ姓なら、それ継いだ時点で私は結婚できない呪いにかかったみたいなもんじゃね!?


 まさかリフィーノ姓にとんだジンクスがあって絶望する。


「だガ……ふム、違和感があるナ」

「い、違和感……?」

「マスターどうした? なんか、一気に元気がなくなったな?」


 レオルドが心配そうに見てくる。

 ふん、美人な奥さんと可愛い娘のいるレオルドにはわからんよ! という、八つ当たり100%理不尽の極みなセリフが飛び出そうだったので、口を塞いだ。


「シア、汝にはもっとふさわしい姓がある気がするのダ。汝にリフィーノの気配は確かにあル。リフィーノの絆を感じられル。しかしそれに隠れて、埋もれてはいけない本当の汝の姓と運命ガ――」


 もごもごと口の中で言葉を繰り返す老人。

 私は……耳を塞ぎたい気分だった。本当の姓を知るのが怖いのだ。ろくなものじゃないとなんとなくわかるから。それを知って、そちらの姓の運命に引きずり込まれるくらいなら、結婚できない呪いにかかっているらしいリフィーノ姓の方がいい。

 万が一のときは、リーナやシャーリーちゃんみたいな可愛い養子をもらえばいいんだ。


「あの……キング、でいいんでしょうか?」

「よイ、本当の名は忘却したからナ」

「ではキング。あなたは私達の敵ですか?」


 気になることも多いが、目的は果たさなければいけない。老人に色々と話を振り回されたが、ようやく話を切り出せた。それ以上、姓の話を進めたくなかったからでもあるが……。

 話題を切り替えた私に、老人は私の心を悟ったのか姓の話は打ち切ってくれた。


「敵……わからヌ。だが、敵意はなイ。今後、芽生えることもないだろウ。しかし立場的に立ちはだかることはあるかもしれヌ」

「今、違うならいいです。ここが贄の墓場なら、キングあなたは誰が贄なのかわかるの?」

「わかる。贄は選択されル……贄の候補があり、一番贄にふさわしい者が贄となル。わかりやすく言えば、勇者の選定カ。勇者としての贄候補は三人だっタ。リンス王子、ベルナール、クレフト。女神はリンス王子が贄に一番ふさわしいとしていたが、結果はクレフトが贄となっタ。思わぬことでも起きたのだろウ、そうそうないことだガ」


 言葉がでない。

 その思わぬこととは、私が選定のときに女神の声が聞こえなかったことだろう。


「贄になれば、贄は無意識に贄としての行動を行ウ。いや、少し違うカ。贄として昇華されるように動かされル。今回は、勇者としてではなく聖女の成長のためだけに彼は費やされたようダ。そもそも勇者となり魔王を倒す力はクレフトにはなかったのダ。ゆえに贄の使用目的を女神が代え、勇者の贄を別に挿げ替えて踏み台としたのだろウ」


 頭がくらくらする。

 教皇が言っていた。クレフトはそもそも私やリンス王子のちょうどいい成長の相手、踏み台にする予定だったと。それが私が彼を勇者にしてしまったがために、盛大な踏み台になってしまったのだ。

 ……彼は今、どこでなにをしているのだろうか。

 ひとり、大陸のどこかを彷徨っているのだろうか。


「クレフト……は、もう贄の役目を終えた……んですよね?」


 もう、彼が表舞台にあがることはないはずだ。ルークに敗れて、国外追放になったのだから。もう、女神の贄として好き勝手に人生を狂わされることもない……はず。

 老人は静かにたたずみ、そして。


「ついてきなさイ」


 なぜか小屋を出て行った。

 私達は慌てて老人を追い、小屋を出る。老人が示したのは、彼が先ほどまで掘っていた墓石だった。


「名ヲ、見るといイ」


 心臓が早鐘を打つ。

 嫌な予感しかしない。墓石の名を見ろだなんて、このタイミングで。

 あってほしくない。あいつのことは嫌いだが、人生を好き勝手にされていいとも思わない。

 震える足で進んで、墓石の前に膝をついた。目線の先には、綺麗に名が彫られている。


「……クレ……フト……アシュリー……」


 クレフト・アシュリー、女神に魂を捧げここに眠る。


 うそ……でしょ……。


「なんで!? あいつが死んだなんて、誰も言ってない!」


 でも、無事でいるとも……ベルナール様は言わなかった。なにげなく聞いたとき、曖昧な顔をしていた。国外追放処分になったとしか言わなかった。そういう判決になったとしか……。


「マスター!」


 ぐらりと視界が回って、倒れそうになった私をレオルドが支えてくれた。

 嘘だ。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ!

 こんなの……こんなの。


「私が……私が殺したようなものじゃない――!」


 視界が霞む。感覚が遠ざかる。

 同時に、一年半前の彼とのやりとりが思い出された。



『お前との婚約は破棄するから』


 思えばずっと、彼は私を避けていた。邪険にして、罵って、扱き使って、いかに自分と私の相性が悪いかを知らしめた。


『勇者は聖女と結婚すべきっていう風習は悪だよなぁ。お前みたいな地味な女と婚約させられてこっちは迷惑だったんだ』


 勇者と聖女の繋がりを、異常なほど嫌悪していた。


『お前が聖女だなんてかなり疑わしい話じゃないか』


 私が偽物の聖女であると信じ込もうとしていた。


『あ、そう。じゃあ、私は荷物まとめて出ていくから。さよなら勇者様』


 私がしびれを切らせて、そう返したとき……。


『おう! 二度とその地味な顔を見せるなよ!』


 ほっとしたような声音が混じっていた気がした。


 彼はずっと怖かったんじゃないだろうか。

 真実を知らなくても、私から得体の知れない恐怖を感じていたのではないだろうか?

 のちに私に対して執拗に追い詰めようとしたのも。


 私が生きている限り、最後は私の踏み台として屈辱的に死ぬことになると……どこか本能で察していたのかもしれない。

 結果的には、彼の強い劣等感などが悪辣な行動を起こさせ、罰を受けることになった。

 自業自得?

 そう、自業自得。

 でもそれは、贄として計算し尽くされた自業自得なのだ。


 誰が悪いの?

 誰が……クレフトを殺したの?


 私? クレフト自身? それとも……女神?


「……シア」


 優しい声が聞こえた。

 老人の声だった。


「贄は悲しイ。仕組まれて、堕ちル。選ばれた贄が悪いわけではなイ。だが……それに自然と抗い、贄から脱する稀有な者もいル」

「?」

「ルーク、レオルド、リーナ……この三つの名は、ここに刻まれるかもしれなかった名ダ」


 その言葉に私とレオルドは絶句した。


「皆、贄候補だっタ。クレフトの場は、少し違えばルークであっタ。他二人も、なにかの贄候補となっていタ。だが、贄にはならなかっタ。贄としての道を歩かされながらも、抗ったのダ。贄としてここに刻まれるかもしれなかった運命を持つ者達。この地に来たことは気づいていタ。これもなにかの縁かもしれヌ。贄でありながら贄から外れた者は、女神は操りにくくなるはずだからナ」


 骨の手が私の白くなった手を握った。

 ぬくもりは感じない。骨の冷たく固い感触。それでもその手は優しいと思った。


「誰が悪いと、考えるべきではなイ。決めるのは本人だけダ。わしは、恨みすぎて堕ちたが、同じようなことをする必要はなイ」


 人は、自分のためにしか生きられない。

 狭いものだ。

 老人は静かにそう言った。


「……少し、落ち着きました。ごめんなさい、急な話だったので」

「いいや、だがクレフト・アシュリーについては腑に落ちないこともあル」

「え?」

「贄は光に喰われル。ここデ。だが、わしはまだ見ていないのダ。クレフト・アシュリーの魂を」


 死んだはずの魂が、最後に通るはずのここを訪れない?

 それはどういうこと?


「墓守、あまり口が過ぎるとその身を斬るぞ」


 凛とした声に私達は振り返った。

 そこには、ルークと似た赤い髪の女聖騎士。


「カーネリアさん――!?」


 静かだった墓場に、緊張が走った。

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