*27 覚えておけ
「悪いが、今回ばかりは動けないぞ」
相手は大陸の聖なる組織。それを相手どろうというのだから他の協力は得られないだろう。だが、それを言ったのは司教様だった。
「あ、ロープならほどきますよ」
「そういう意味じゃねぇ」
司教様は私がほどくよりもさきに自分で縄抜けしてしまった。
本当にこの人なんでもできるな。簡単に脱出できるのに付き合ってくれていたのか。面倒くさがりなのか面倒見がいいのかよくわから……いや、実際面倒見いいんだろうな。なんだかんだ言って。
「……やはり、司教様としては聖教会に直接は反抗できませんか?」
「契約がある、古いな。呪いのようなもんだ、俺がなんとかできるもんじゃない。チクチクと反抗はできても、でかいことをすりゃあ契約が破綻する。それは絶対にできねぇ」
「契約……って?」
司教様はそれにつていは黙秘を貫いた。
司教様にも色々あるのだろう。そうでなければこの人が司教様になるわけがない。
「わかりました。もちろん無理強いはしません、私の問題ですから」
本心は少し落胆していた。勝手なワガママみたいなものだが、司教様は孤児院を出てから長く近くにいた人だったから。
本当に、あんまり口にしたくはないけど伯父さんのようなものだと思っている。
家族のない私には血の繋がらない、でも大切な身内だ。
当たり前になり過ぎてたかな。あんまり甘えちゃダメだ。
「……シア」
名前を呼ばれて振り返った。司教様が私を名前で呼ぶのはちょっと珍しい。
「人は、生まれながらに運命を半分決められている。それは生まれる場所や人が大きく影響するからだ。だがもう半分は、白紙であるべきだろう。女神が盤上で好き勝手に定めて覆せないのなら、俺達は生きている意味がない」
「司教様?」
「生きる意味を俺はずっと探している。俺という存在は、ただそれだけに過ぎない。ちっぽけなもんだと……覚えておけ」
それだけ言うと司教様は行ってしまった。
……ちっぽけなもん、か。色々と偉そうな言動とか傍若無人な感じもあるが、結局のところあの人が自分のためだけに動くことはほとんどない。
『兄さんは、昔からわかりにくいんですよ。あれでいて苦労人なんですけどね』
いつだったかシリウスさんがそう言ったことがあったっけ。
言葉の真意は今はわからないが、この言葉はしっかり覚えておくことにした。
「それじゃあ、まずは東側の地下墓地を調べてみましょう。レオルド、このあたりの警備体制はどう?」
「そこはあまり厳重じゃないな。地下墓地の出入り口に聖騎士が一人交代で配備されているだけみたいだ」
そこはあまり重要じゃないってことかな。
「うーん、一人だけなら隠蔽で誤魔化せるかも?」
「いや、聖騎士は全員魔法に対して感知能力が高いらしい。書物にも載っていたし、実際少しためしたがすぐにばれて注意を受けた」
レオルドはどうやら得た情報の正確性をすぐに調べたようだ、さすがだ。
「少なくとも誰かが気を引いて、注意を反らすかしない限り感知されるだろうな」
「囮が必要ってことね。囮役として適任なのは、私かリーナだけど……」
「調査が目的ならシアとレオルドは外せないだろ。ここは俺とリーナで行くのがいいんじゃないか?」
「はい! りーな、がんばるです」
ということで囮をルークとリーナに任せたが。
どっちも嘘とか苦手なんだよなぁ。二人とも素直すぎて顔に出るタイプだ。少し心配だったが、幸運なことに担当していた聖騎士が意外と優しい人だった。リーナが転んでしまったのを見て、すぐさまかけつけて助け起こしてくれたのだ。前に見た聖騎士は感情が大幅に抑制されているような雰囲気だったが、彼はそうでもなさそうだった。
もしかして、聖騎士にも若干違いがあるの?
カーネリアさんも自我がしっかりとしている感じだった。感情は強くみせなかったが、他の聖騎士よりは抑圧が少なかったように思えたのだ。
少し疑問を抱きながらも、そっとレオルドと共に隠蔽で扉をくぐったのだった。
階段はとても長かった。
地図を確かめてもそうとう深い場所に地下墓地はあるようで、途中で明かりをともしながら歩みを進める。今は下りだからいいが、戻るときにこの階段を上らなければならないと考えると気が滅入る。
「かび臭いし、空気の通りも悪そうね」
「ああ、明かりもろくにない。階段に埃が積もってるから、あまり行き来がないんだろう」
入口に聖騎士を一人置いただけの警備だ、長く半放置されているのかもしれない。
地下深くに潜り、延々と階段を下り続けた先に、ようやく開けた場所に辿り着いた。
「……うわ」
そこは一面墓場だった。
地下墓地なのだから当たり前ではあるが、規模が想像以上だった。広大な地下空間にところせましと建てられた墓標が、どこまでも続いていく。明かりもともしているし、なぜか墓地には淡く青い光がふわふわと浮遊しているため、それほど視界が悪いわけでもない。それでも地下空間の終わりが見えなかった。
「この青い光、鎮魂光ね」
聖なる光や炎の明かりは、死者の眠りを妨げるとして避けられており、代わりに鎮魂光という闇属性の青い光を灯すのがマナーとされている。
私は光の明かりを消し、鎮魂光を灯した。聖属性ではあるが、鎮魂光くらいならば扱える。
「にしても広いな。地図に記載されているのよりも広いんじゃないか?」
「うん、どこまで続いてるんだろ」
近くの墓地に光を近づけ、墓標に刻まれた文字を読んでみた。
「エルダ・シラー、女神に魂を捧げここに眠る……八百年くらい前の人みたい」
古い文字だったが、聖教会で習った旧型文字で古代語ではないため正確に読めた。かなり古い墓標だが、朽ちずに残っているのは放置されているとは思えないくらい保存状態がいい。
「こっちは千年前後の人間だな。女神に魂を捧げここに眠る」
年代は様々だった。古いもので千年前後、近年では一年前とかもある。しかし建てられている場所はまちまちで年代ごとに墓標がたてられているわけではないようだ。
しかし不気味なのが。
「刻まれた文句が全部、女神に魂を捧げここに眠るって……背中が寒くなるんだけど」
普通、墓標の文句といったら『清らかなる魂ここに眠る』といった感じなんだが。
教皇様をみていると、この文句すら空恐ろしく感じられる。
「なんか、生贄に捧げられたみたい」
奥に進んでも、どの墓標にも同じ言葉が刻まれている。
ひとつひとつに真新しい花が添えられ、墓標が綺麗なものも多い。
階段に人が通っているような痕跡はなかったけど、もしかしたら管理している人間がいる?
そう疑問に感じ始めた頃。
カン、カン、カン。
高い音が聞こえて、思わず震える。こんな薄暗い墓地で自分達以外の音が鳴るのは怖すぎる。しかも怖がり二人、不動のルークがいない!
二人で互いの服の布を握りながら、それでも若干レオルドは前に出て音の出所を探った。
「……人?」
音を鳴らしているのは、人間のようだった。
黒い装束をまとっているが、足はしっかりとあり地面に立って一心不乱に石をノミで削っていた。背中しか見えないが、背格好からしてそうとうお年を召したご老人であろうことがわかる。
ご老人がこんなところでノミ持ってなにを?
しばらくその光景を見つめていると、ふいに音が止んだ。そしてゆっくりとご老人がこちらへ振り返る。
息が詰まった。
見えた顔は、包帯でぐるぐる巻きにされており目が見えない。白髪だと思っていた部分もほとんどが包帯だったようだ。のぞく両手も、首元も足も、すべてが包帯でぐるぐる巻きだった。
靴すら履いていない。
「……客人か、生きた客とは珍しい」
しわがれた声が響く。目は見えていなさそうだが、私達のことは認識しているようだ。
「あ、あなたは……?」
「わしか? わしは、墓守だ。終わることのない、世界のための贄を弔う者」
立ち話もなんだ、と墓守と名乗った老人は私達を小さな小屋に招き入れた。
私はレオルドと顔を見合わせて、ここは老人の誘いにのることにした。