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157/276

*26 よく見たら、結構いつも通り

「せりゃあああああああああ!!」


「おりゃあああああああああ!!」


「ちぇすとおおおおおおおお!!」


 バンバンバンバンバンバン!!


 麺棒を豪快に振り上げて、生地を打つべし打つべし打つべし!

 ひき肉の種を用意して、味付けして、餃子、肉まん、シュウマイ完成。

 餡を用意して、あんまん完成。

 果物を切り分けて、フルーツパイ完成。


 うらうらうらうらうら!

 まだまだ作るぜ! ラーメン、うどん、お蕎麦、スパゲッティ、ミートパイとお惣菜パンも作っちゃおうねっ!


「あーーははははははっ!」


 変なテンションで笑い声が止まらない。ついでに生地をぶん殴る手も止まらない。可哀そうなことに台が悲鳴をあげていた。


「お、おいシア……?」


 背中から恐る恐るといった声で声をかけられたので振り返った。そこには怯えた様子の三人が立っていた。


「あら、どうしたの? 散歩? リゼもいるじゃない、珍しいわね」


 にこにこ。

 右手に麺棒を持ち、左頬に赤い液体(ケチャップ)が飛び散った笑顔の私を見て、三人はなぜか引きつった悲鳴をあげた。


「おおお、お姉様が壊れた! おのれ、教皇っ! お姉様の仇は私がかならず討つわ」

「みゅうぅ……りーなは、どんなおねーさんでもだいすきです。でもきょーこーさまには、めっしてきますっ」

「こ、コラコラコラ! 二人とも落ち着けって! よく見たら、結構いつも通りのシアだから! 若干、キレてるけどっ。あいつが麺棒振り回して料理を大量生産するのはストレス発散してるときだから!」


 仇討ちじゃーー! と今にも戦に赴く兵士のような顔つきをした二人をルークが慌てて止めた。


「あん? いつも通りの私ってどーいう意味かなぁ?」


 バンバン。

 うなる麺棒。目が泳ぐルーク。料理する手は止まらない私。


「し、シア、そろそろ手を止めないと料理の品数がすごいことになるぞ……」

「大丈夫よ。全部食べるから」

「え!? シアってそんな大食いじゃないだろ。俺でも無理だぞ」

「司教様が食べる」

「司教……様?」


 ちらりと目をやるとルーク達がその視線の先を追った。そこには。


「あー……面倒くせぇことになった」

「司教様!?」


 ロープでぐるぐる巻きにされ、椅子に縛り付けられた司教様がいる。


「司教様は、いーーっぱい食べてくれるのよ。ねぇ?」

「はいはい」


 やけくそな司教様。


「あ、あの最恐の司教様をロープでぐるぐる巻きって……」

「たまにな、めちゃくそ怖いんだよこいつ。養父(シリウス)にますます似てきて、伯父さん嬉し悲しい」

「ほらほら、テーブルに乗り切らないほどあるから、みんなも食べて食べて」


 どんどんと、テーブルに次々と料理を置いていく。私のストレス発散法にびびっていた三人だが、美味しそうな匂いにつられてか椅子に座って食べ始めてくれた。


「小娘、手が使えないと食えないだろ。利き手の縄くらい解け」

「片手でも自由にしたら逃げるじゃないですか。あーんしてあげますんで、大人しくしててください」

「うげぇ」


 司教様を捕まえるのは大変だった。

 教皇様に色々と言われて、頭は混乱していたが精神的に何かをぶっ叩きたくて仕方がなかったので、今後の行動のためとストレス発散両方を達成するために司教様を捕獲した。

 ぜぇったいに、まだなんか隠してるんだよね司教様。


「まさか小娘なんぞにこの俺が捕まるとは……」

「シリウスさんにいざというときの司教様の捕獲方法を聞いていたので」

「恐ろしい親子……」

「はい、司教様あーーん」

「ぐほっ! 無理やり口に入れんなっ! ぐっ、美味い」


 そりゃそうだ。司教様の好きなレパートリーだし、味付けも好みのものに仕上げている。


「いっぱい食べる司教様素敵ー(棒)」

「げふぉっ、げふぉっ」

「りーなも、しきょーさまにあーんしたいですー」

「おっけー、リーナおいでー。一緒にあーんしてあげようねぇ」

「ごほっ、ぐほっ」

「「地獄絵図」」


 最終的に悪気ゼロの天使の笑顔なリーナも参加で、司教様にたくさんお召しあがりいただいた。ルークとリゼは静かに合掌していた。








「そういえばレオルドは?」


 司教様にたらふく食べさせたあと、テーブルの上の料理がもう少しで消える頃合いで、私はレオルドがいないことに気がついた。みんなに食べてもらう予定でもあったので、レオルドにも食べて欲しいのだが。


「それが大聖堂を調べるって一人で出て行ってから見かけてないんだ。俺達も探してるんだが」

「え? それってどれくらい?」

「ニ、三時間はたつかな……」


 ニ、三時間か。しっかりと調べようと思ったらそれくらいは軽くかかるだろう。ガリオン大聖堂自体が一つの集落みたいになっている以上、かなり敷地面積は広い。

 だが一人で探索するなら、それほど広範囲にはしないと思うが。


「この状況下で単独行動するなら、人気のあるところを回って地理を頭にいれる程度にするわよね?」


 少しでも危険な香りがする場所なら一人で入ったりしないだろう。レオルドはうちで一番頭が回る人なのだ。たまに性格の良さが災いしてぽかするけど。


「お姉様を探している間、それなりの範囲を歩いたけど情報もなにもなかったの」

「しんぱいなのです……」

「んー、確かに心配ね。すぐに探しに――」


 と、耳に重みのある足音がこちらに近づいてきていることに気がつき、顔をあげた瞬間。


「マスター! ここか!?」


 バーンと勢いよく扉を開けたのはレオルドだった。

 肩で息をしているところを見ると急いでここまで来たらしい。


「レオルド、よかった何事もなさそうね。でもどうしたの? そんなに慌てて」

「いや、慌ててというかマスターが教皇様から解放されたって道中で聞いたから無事かと心配になってな」


 レオルドー! 心のオアシス。


「おっさん、ずいぶん姿が見えなかったがどこ行ってたんだ?」

「ん、少し大聖堂の中を探索したあとにでかい書庫があることを知ってな。閲覧可能だってんで漁ってたんだ。このあたりの地図と歴史はあらかた漁れたと思う。全部暗記したし、なんならこのあたりの地図を書き写すこともできるぞ。気になった蔵書も百冊ほど部屋に運んだし、なんかの役には立つだろ」


 さすがインテリ系筋肉魔導士、暗記力と運搬力が桁外れである。


「それとざっと聖騎士の配置と教会関係者名簿もさらったから、どっか行きたいなら簡単な警備体制も予測できるぞ」

「お、おう……こういう方面は本当に有能なおっさんだな」

「ははは! 壁の薄い場所も把握したから、警備の穴をつくために文字通り壁に穴もあけられるぞ、パンチで!」


 めちゃくちゃはりきってるな。

 少しテンションがおかしい気もするが気のせいではないだろう。レオルドは敏感な人だからこの圧迫感は肌に刺さるほどだろうし、魔力脈の影響も受けているはず。それでも能力を発揮しようと一生懸命なのだ。

 レオルドに椅子をすすめてご飯を食べてもらった。テーブルのうえのものは残り少なくはあるが、十分な量がある。


「レオルド、食べながらでいいんだけど、大聖堂で……気になる場所ってあった?」

「もぐもぐ……んー、気になる場所か。俺、そもそも信仰にあつい人間じゃなかったから教会関係のあやしい場所って見当つけづらいんだが……」


 レオルドは食べながら器用に懐から白い紙とペンをとりだして、すらすらと地図を書いた。


「大聖堂の東側、この地下のとこに一つ墓地があるんだが……。墓地って地下に作ったりもするのか?」

「珍しくはあるけど、地下墓所(カタコンベ)が作られることはあるわね。土地の問題がある場合がほとんどだけど」

「だよなぁ。でも、地図を見ると地上にも墓地はいくつかあるんだよ。英雄伝として語り継がれるような有名な墓標もあるし、そもそも土地自体はかなりある。なんの意味があって地下に作ったんだろうって、少し気になったんだ」


 確かに、わざわざ地下に作る意味もない。


「司教様、聖教会って地下に墓所を作るようななにか特別な習慣があるんですか?」

「特にないな。つーか、どちらかというと女神の教え的に天に近い場所に埋葬するはずだ。大聖堂が山脈の高めのところにあるのもそういう理由もあるしな。地下は女神から遠い場所、加護が薄い場所とされてる」


 食べさせられすぎてぐったりとしながらも、司教様は答えてくれた。


「となると、ちょっと不思議ね。他にはなにかある?」

「他か……一応なにがあるかわからない、無記載のでかい空間がある場所がある。だがここは」


 描かれた場所は、かなり難易度の高い場所だった。


「教皇様の塔の場所か……難しいわね」


 あやしさ満点の空間が確かにある。


「司教様、ここに覚えは?」

「知らねぇ。だが、調べたことはある……な」

「ほほう? なにかでましたか?」

「……」

「え? まだ食べ足りない? いいですよぉ、いくらでも追加で作りますから」

「そこもおそらく地下墓所(カタコンベ)だ」


 素直な司教様、口が割れるの早い。


「また地下墓所(カタコンベ)?」

「理由はわからねぇーが、地上に埋葬できない死者でもいたんじゃねぇーのか。お前も教皇の話を聞いたなら、聖教会の上の連中がどんななのか察せられただろうし?」


 口をつぐむ。

 あまりにも教典に忠実な人々。教えのためならば、なにをしてもいいという極端な正義感。私には到底理解できない。


「……教皇様の話を聞いて、少し他人事のように思っていた部分もありましたが、私も無視できないところまで大きく自分が関わっていると知りました。……私は、クレフトを勇者にしました。女神の声が聞こえないまま、能力だけを見て」

「……ああ、あの件か」

「結果、静かに消えていくだけだった彼を最悪な結末に導いた。彼の生い立ちとか、性格とか関係ない。彼の運命はあの一瞬で決まったんです」


 私はなにも知らなかった。

 知らないまま、彼に苛立ち、導かれるがままけじめをつけた。あのままいけば彼が大きな危害を加えることは明らかだったのだから。

 でも最初からそれが仕組まれていたのなら、歪んだ形で、そして最悪な形で終わってしまったのなら。

 クレフトは最初から、それこそ生まれたその瞬間から、私と正当な勇者となるはずだったリンス王子の成長のために消費される存在だったとしたら。なにもかもうまくいかなかったという彼の半生。全部、全部、決められていたというのなら。


「私は、私でありたい。誰だってそうです。知らない方が幸せかもしれない、でも私は知ってしまった。麺棒ぶっ叩いて、腹は決まりました」


 今ならリゼの気持ちが痛いほどわかる。私も同じだった。理由となる存在が別だっただけで。


「私は、完全には操ることのできない『黒い子』だそうです。ゆえに、美しくクレフトを退場させられなかった。彼を地獄に落としたのはなんでもない、私自身です。女神の告げるままなら、私は正しい光の聖女だったかもしれない。間違えなかったかもしれない! でも、それでも嫌だ……」


 クレフトは聞いたところによると国外追放となったらしい。もし今後、彼が復讐してきたとしてもそれは仕方のないことだ。自分の罪を受け入れて迎え撃たなくてはならない。我を通すしかない。美しくなくても。


「私は、女神に喧嘩を売る! なので私になにかあったら司教様、みんなを頼みます」

「……なんで俺だ」

「司教様が一番強くて、一番信用できるからです」


 深いため息をつかれた。


「簡単に信用するな、阿呆。てかお前、このごにおよんでひとりで喧嘩するのか?」

「え?」


 目を瞬かせると。


「お姉様! 女神と喧嘩をするなら私も行くわよ。アルベナについて色々と言いたいことも聞きたいこともあるんだからっ」

「俺も置いてかれると困る。クレフトの件……俺も無関係じゃねぇーしな」

「おっさんも行くぞ! もしなんもできなくても壁にはなれるからな!」

「りーなもいくですっ。ちからになるのです」


 体が震える。

 本当に阿呆だなぁ、私。頭が固まるといつも一人でやろうとしてしまう。


「そういうところまで養父(シリウス)に似なくていいんだよ。お前の強みは、気のいい連中が周囲に集まったことだろ」


 本当に、私みたいなちょっとまがった人間のところに集ったとは思えない。

 仲間達の力強い言葉に、私は勇気をもらった。

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